いあ!温泉旅館!4
それからかれこれ2時間ほどしての事。
「呼ばれて飛び出てニャル様参上! で、クリスちゃんにナコっちゃんこの邪神様に何用かな? 悪だくみならいつでもウェルカムだぜぃ!」
騒がしい邪神がルルイエ探偵事務所で堂々と酒を飲み始めていた。
ちなみに飲んでいるのはルルイエの私物である。
「ニャルさん、お久しぶりです。先日はたいそうお世話になって……」
珍しい事に、普段人当たりのいいクリスが悪意を前面に押し出した邪神らしい笑みを浮かべて他人行儀な挨拶を述べる。
「ラビィとかいう獣人になんか吹き込んだ詫び入れてもらおうと思ってねぇ」
ゴキゴキと関節を鳴らすナコトも、影のかかった笑みを浮かべている。
「おおう、怖いねぇ。でも俺様ちゃんはちょっとたぶらかしただけでなーんも悪い事してないよ!」
ビキッという音がこだまする。
クリスとナコトの額に青筋が浮かんだ瞬間である。
「とはいえ二人には迷惑かけたのも事実。俺様ちゃんクトゥルフの奴にだいぶ絞られてねぇ……あ、モルディギアンにも撫でられたなぁ」
実際は絞られた、撫でられたというレベルではない制裁を加えられたが本人はどこ吹く風である。
邪神にも序列があり、それは知名度や戦闘力で決められることが多いがニャルラトホテプはその中でも上位に位置する。
主に質の悪さによるものだが、知名度という意味では神々の間でもトップクラスである。
逆に普段はアイドル業などで無辜の民から金銭を巻き上げているので、一般人の間ではあまり存在を知られていない。
本人が黒幕に徹したがるのも理由の一つである。
しかしその最たるは、1000の顔を持つという異名になぞらえての不死性だろう。
邪神は誰もが殺しても死なない化物の集まりだが、その中でもニャルラトホテプに関してはずば抜けている。
だからこそ手に負えないという所もあるのだが……。
「まぁ迷惑だったし、無駄にお金使う羽目になっちゃったけどさ。今日呼んだのは他にお願いがあったからなんだよね」
冷蔵庫から取り出したビールを片手にナコトが口を開く。
ニャル相手に怒りをあらわにしても無意味だと、久しぶりの邂逅で思い出したからである。
「お願い? やっぱり悪だくみかい? ナコっちゃん! そう言う事なら俺様ちゃん頑張っちゃうよ!」
「んーん、サイン頂戴。アイドルの姿でブロマイドで」
「……えー、つまんないなぁ」
「くれないとクトゥグアさんに頼んで、またニャルさんの家焼きますよ」
クトゥグアとは邪神の一角で、生きている炎と称される者である。
普段は太陽代わりにこの世界の周りを飛行し続けている。
カオスは天動なのだ。
ちなみにニャルとクトゥグアは不俱戴天の間柄で顔を合わせれば喧嘩をしている。
「それは勘弁してほしいなぁ……あいつ手加減知らないから」
「嫌ならください」
ずいっと手を出すクリスにニャルは苦笑いを浮かべる。
ここまで臆面無くニャルに物事を要求できる相手は少ない。
「まぁいいけど……そこで拘束されているのは?」
ここまで始終無言を貫いていた誰かさんに焦点が当たる。
クリスの水とナコトがどこからか持ってきたワイヤーでぐるぐる巻きに拘束された女。
びくっと肩を揺らすのは、言わずと知れたルルイエである。




