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仲夏のみぎり



あっという間に気象庁から梅雨明けが発表され、季節は順調に夏に向かっていた。間も無く7月に入り、学校での授業も残り半月程度といったところだ。その後すぐに夏休みがやってくる。

(今日も暑いなぁ……)

美都は歩きながら照り付ける陽射しを遮るように手を翳した。梅雨が明けてからというものフェーン現象のせいか気温は増すばかりだった。今年の夏は猛暑日が多くなりそうだと気象情報でも言っていた。

美都たち3年生は部活動の引退もある。中学最後の試合だ。気合いを入れて臨まねばならない。中学に入って初めてラクロスに触れた日のことを思い出す。引退すればしばらく触れる機会もなくなるだろう。だから一つでも多く勝ち進まなければ。グッと握り拳を作っていると隣で歩く四季がふっと笑んだ。

「なんか気合い入ってるな」

「うん。部活頑張らないとって思って」

「じきに引退だもんなぁ」

美都の言葉で思い出したかのように四季は空を仰いだ。彼は初冬に第一中学に転校してきた。4月から今のサッカー部に所属したので歴は長くないが立派な戦力らしい。体格にも恵まれており動きも俊敏だ。加えて頭の回転も早い。幼馴染みでありサッカー部の副主将を務める和真はいち早く四季を目に付け、主要戦力に仕上げた。彼の先見の明も大したものだと思う。

和真と言えば今月はいつも以上に面倒をかけた。修学旅行に始まり、愛理のこと、四季とのことも。そしてついに四季と同居していることを知られてしまった。隠していたわけではないのだがちょうど四季と付き合い出した直後だった。そのため少し後ろめたさがあったのは事実だ。とは言えその前に守護者の務めがあるため同居せざるをえない状況だったのだが。それに和真はいち早く事情を察知していたようだ。

『まぁなんか事情があんだろ?当然円佳さんも知ってるんだよな?』

『もちろん』

『じゃあ俺が口出すことじゃねぇよ。驚きはしたけどな。そこまでは面倒見てやれねぇから上手くやれよ』

理解が早くて助かった。持つべきものは幼馴染みだなぁと改めて実感もした。いつか彼にも恩返ししなくては。

「今日、なに食いたい?」

「うーん……冷たいもの」

「素麺はこれから嫌という程食うことになるぞ」

「だよねぇ。なにがいいかなぁ」

今日は何の予定もない休日だったため午後は二人揃って外出していたところだ。帰りに夕飯の材料を買って帰ろうという話をしていた。彼の作るものは全て美味しい。なので彼が食事当番の日はいつも楽しみなのだ。彼のレパートリーは底知れない。四季を見ていると神様は不公平だなと感じてしまう。

自分から見て四季は非の打ち所がない。背も高く顔立ちも整っている。頭の回転も早いため勉強も出来る。おまけに美味しい料理も作れるときた。きっと普通の生活をしていたら接点のない人物だったに違いない。唯一守護者という点においては平等な立場だ。そうでなければ彼が自分を目に留めることもなかっただろう。そう考えると巡り合わせは不思議だなと思う。

四季と付き合うことになったのはつい先日だ。同じ家で暮らす以上、何かの役に立てるように「親戚」という体裁を取っていたのがいきなり「恋人」に変わったのだ。もちろん周囲もざわついた。ここ一週間は動物園の動物の気持ちだったがようやくそれも落ち着いてきたところだ。それに生活が大きく変わることもない。学校に行けば学生の本分を全うし、宿り魔が出現すれば守護者として戦い、家に帰れば今まで通り四季と生活するだけだった。

「どうした?」

そう考えながら歩いていると急に無言になった自分を気にかけて、四季が覗き込むようにして様子を訊ねてきた。

自分よりも背の高い彼を見上げる。劣等感というほどではないが、自分と彼とは違いすぎる。何より自分は至って普通だ。なぜ四季が自分に好意を寄せたのか、たまに不思議になってしまう。

「四季は……不思議だなぁって」

「俺からすればお前の方がよっぽど不思議だぞ」

「どの辺が?」

「突然そう言うことを言い出すところとか」

彼の返しに言葉を詰まらせた。頭の中で考えることが多いのでいつも言葉足らずになるのは否めない。気をつけよう、と彼から目を逸らしながら心に決める。本来ならばそういったことも口に出すべきなのだが。

「ぅわっ⁉︎」

「! ……と。──ほんっとにお前は……」

「ご、ごめんなさい」

余所見をしたせいで段差に躓いたようだ。転びそうになる寸でのところで四季が腕を差し出し身体を支えてくれた。危なっかしいから注意しろと言われている手前、またやってしまったと反省の意味を込めて謝罪する。

「見てて飽きないからいいけど」

「いいのかなぁそれ……」

彼の腕を支えに体勢を整える。お礼を言って再び歩き出した。見てて飽きないと言うくらいなのだから観葉植物くらいの役には立てているのだろう。それはそれで複雑だが。

「そういや、テストはどうだったんだ?」

「え…………聞く?」

そうなのだ。私生活の忙しさにすっかり頭を持って行かれていたが、数日前に期末考査というものがあった。1学期を締め括る確認テストだ。期末考査は中間と違って主要5科目に加え専門分野の4科目が追加される。美都はどちらかと言えば専門分野の4科目の方が得意だった。なぜならそれらは感性によるところもあったからだ。特に音楽に関しては最近音楽教師である高階と良く話をしているおかげで苦手意識が薄れてきた。だがおそらく四季が訊いているのはそちらではない。主要5科目の方だ。美都の返しに四季は薄目で苦い表情を浮かべていた。

「あ、でも!ちゃんと平均点は取れてると思う!」

ラクロス部は一つでも平均点以下を取れば試合はださないという鉄の掟がある。文武両道を掲げているため毎回必死なのだ。だから部員は死にものぐるいで勉強する。終わった瞬間に全て忘れるのだが。考査が終わった今、もはやどんな問題を解いたのか覚えていない。

「苦手なところは判っておいた方がいいぞ」

「そうだよね。ちゃんと見直さないとなぁ」

「帰ったら全部洗い直すか」

「えぇー⁉︎ やるのー?」

「そうしないとお前いつまでもやらなそうだし」

こういうところが四季はキッチリしているなと感じるところだ。考査が終わって解放されるかと思いきや、四季は既に頭を切り替えている。それに彼は自分のことを考えて言ってくれているのだ。ならば逃げることは出来ない。眉間にしわを寄せて渋々と承諾するとそんな自分を宥めるように頭に手を乗せ優しく撫でた。

「好きなもの作ってやるから」

「……ご飯で釣るのずるい」

「釣られる方も問題あると思うけどな」

そう言ってふっと四季は笑った。如何せん子ども扱いされているように感じる。実際年齢的には1つ違うので彼から見て自分は幼く見えるのかも知れない。

ちょうどその時四季のスマートフォンが鳴った。着信を確認するためにポケットから取り出し画面を表示する。瞬間彼が「うわ」という表情を浮かべた。

「大丈夫?」

「……じゃないな。秀多から。近くにいるらしい」

「あらー……じゃあ一緒に帰るのはやめといた方がいいね」

四季がスマートフォンの画面を美都に見せる。そこには冷やかすような文章が綴られていた。ということは今も近くにいるのだろう。そうであるならば念の為帰りは別の方が良い。無闇に騒がれても面倒だという互いの意識が働いているのだ。

「買い物は俺が行くから」

「うん、お願い。じゃあ先に帰ってるね」

時刻はちょうど夕暮れに向かう頃だ。同じ年頃の男女であれば解散するには良い時間帯だろう。とは言え同じ家に帰るのだから一旦離れるだけだ。

美都は四季に夕飯の買い物を任せて、一人家路に着いた。





いつの間にか夏至も過ぎた。これからは陽が落ちるのが早くなる。黄昏時の時間も早まるはずだ。以前国語の授業で、担任である羽鳥は「夕暮れの薄暗くなる時間帯を黄昏時と言う」と解説していた。黄昏時には別称がある。逢魔が時だ。文字通り怪異や魔物といった良くないものに遭遇しやすい時間帯だったからと言う理由で名付けられたのだそうだ。この名は古の時代から取られたものだが、現代でも犯罪の起こりやすい時間帯とも言えるだろう。

実際、美都はたまに不安に思うことがある。沈んでいく夕陽を怖いと思うのだ。暗くなっていく空に伸びる赤色に飲み込まれてしまうのではないかと。そう考えることがある。だが最近はその意識が薄れてきた。帰り道に公園があるせいだろうか。常盤家までの帰路は街灯の少ない細道を通るしかなかったが、こちらは違う。マンションの前にある大きな公園はいつも子どもたちの元気な声が聞こえている。それが心を安らげてくれるのだ。

(公園……)

自分で考えたことを口の中で復唱し、ピタッと立ち止まる。宿り魔の出現場所だ。今まで学校外で宿り魔が出現した場所で公園は圧倒的に多い。十分な広さがあるからだろうか。それとも他に要因があるのだろうかとふと考えを巡らせる。

(初音とも……ちゃんと話したいんだけどな)

キツネ面を被った少女。初音は鍵を探している。だが鍵は人の心のカケラの中にあるのだ。それを取り出すのは本来ならば神の領域だ。人が手を出すことは許されない。だが宿り魔はそれを可能にしてしまった。絶対不可侵を破ったのだ。心のカケラは人間を動かす核のようなものである。言うなれば機能は心臓と変わらない。だからこそそれを結晶化させる時には、相当な苦痛を伴うのだろう。今までの対象者を見る限りそうだった。初音はそのことを知って尚、鍵が必要だと言う。誰を犠牲にしても厭わないと、以前はっきり言われたことがあった。

(やっぱりダメだよ……)

守護者である前に、自分は一人の人間だ。目の前で苦しんでいる人がいるのに、それを見過ごすことは出来ない。だから初音のやり方には絶対に賛同出来るはずがない。やめさせたいとずっと考えている。初音が鍵を欲する理由がいまいちよくわかっていない。以前対峙した時、鍵を欲しているのは自分ではないと言っていた。ならば誰かの命令で動いているということなのだろうか。

美都は息を吐いて再び歩き出した。ダメだ。一人になるとどうしても考えることが多くなってしまう。考え出せばキリがない。そして大抵答えは出ないのだ。ひとまず家に帰ろうと公園の角を曲がったところだった。

「!」

「わっ!」

角を曲がった先にいた人物とぶつかってしまった。完全に自分の不注意だった。正面からぶつかったため反射的に目を瞑り一旦足を留める。

「ごめんなさい……大丈夫ですか?」

「いや──こっちも不注意だった」

ゆっくりと目を開きながら目の前にいる人物に謝る。爪先から順に目線を上に動かした。声からどうやら若そうな雰囲気の男性だなと思い、該当の人物を確認する。

(う……わぁ……!)

目の前に佇む人物を見て美都は思わず息を呑んだ。目を惹いたのは水色の髪、そして金色の瞳。身長は美都より少し高いくらいだった。既存の言葉で表すとしたらまさしく「美少年」だ。こんなに絵に描いたような儚げな美少年が世の中にはいるのかとまじまじと見てしまった。

「……何か?」

「あ……! すみません、邪魔ですよね」

無言で見つめる美都を不思議に思ったのか、少年から第二声が発せられた。なるほど声も透き通っている。

美都が立っていた場所を避けると少年は軽い会釈をして彼女の横を通り過ぎていった。思わずその後ろ姿を見つめる。年齢的には同い年くらいか。だが第一中学には見ない顔だ。と言うことはこの辺りの私立に通っているのだろう。

(なんか高階先生に初めて会ったときみたいだなぁ)

はぁーと息を吐いた。

高階と初めて会ったのは学校の渡り廊下だった。たまたま自分の足元に落ちた楽譜を拾い彼に手渡したのが初めての会話だ。あのときは互いに名前も知らない状態で、今のように数言言葉を交わしただけだった。それが今やCDの貸し借りを行う仲までになるとは。

思えば高階も、息を呑む程端麗な顔立ちをしている。それは学校内でも話題になっていた。特に女子生徒からの人気は絶大だった。とにかく彼は容姿も整っている上に授業もわかりやすい。年齢もまだ若かったはずだ。雰囲気的には先ほどの少年と似ているなと思った。

(……あるのかもしれない。センサー的なもの)

それは以前、友人である春香に言われた言葉だった。四季も高階もその容姿ゆえ他人からの目を惹きやすい。彼女は言及していなかったが、言いたかったことは理解できた。それに今さっきの出来事も加えると否定は出来なくなってくる。うーんと顔を赤くしながら美都は再び歩き始めた。誰にも迷惑をかけていない上に目の保養にもなる。悪いことではないはずだ。そんなことを口にしたら四季には怒られそうだが。

真っ直ぐに進みマンションの中へ入る。ちょうど止まっていたエレベータから見知った顔が手を振っている姿が確認出来た。美都は駆け足で開いている扉から飛び乗る。

「ありがとう弥生ちゃん」

「どういたしまして。四季くんは一緒じゃなかったの?」

「いろいろあって別行動。あ、でもケンカしたわけじゃないから」

そう言って大袈裟に手を横に振ると弥生はクスクスと笑った。

「付き合ってからの方がケンカは多くなるわよ」

「そういうものなの?」

四季と付き合い出したことを弥生にもつい先日報告した。彼女には修学旅行前に一度相談に乗ってもらったことがあった。そうでなくとも、弥生には私生活を始め守護者の先輩としても世話になっている。頼れる隣のお姉さんだ。

「まあでも美都ちゃんたちは大丈夫そうね。四季くんなんだかんだ甘そうだし」

「瑛久さんはそうじゃなかったんだ?」

「ぜーんぜん。那茅が生まれるまで毎日のようにケンカしてたわ」

おどけるように弥生は肩を竦ませた。彼女の夫であり同じく守護者の先輩である瑛久は、自分から見ればすごくしっかりとした好青年だ。それもそのはずで彼の職業は市の病院に勤める研修医なのだ。人当たりが良いのはもちろん、清潔感もある。同じマンションで暮らす住人からの人気も高い。瑛久が声を荒げるところは当然目撃したことがないため想像がつかないのだが、それ程弥生と信頼関係が高いのだなと思う。だからこそ彼らの娘である那茅も健やかに育つのだ。

目的の階について、彼女と一緒にエレベータを降りる。隣の家同士なので向かう先は同じだ。

「そう言えば、美都ちゃんたちの隣の部屋、住人が決まったみたいよ」

「そうなんだ。っていうか空き部屋だったんだね」

「まあこのご時世、ご近所付き合いっていうのもほとんどないものね。仕方ないわ」

彼女のいう通り、殊東京に関してはそうだ。いくらオートロックのマンションとは言え、時世的に近所付き合いは減少していると言って良いだろう。櫻家との付き合いがあるからうっかり忘れがちだが現代日本においては普通のことだ。

弥生に言われて、確かに隣の住人と会うことはなかったなと思い出した。あまり関わることはないと思うが念の為気を付けなければと思う。四季と同居していることは、なるべくなら学校では公にしたくないからだ。周りの目線というものもある。どんな人が住み始めるかはわからないが注意しなければと心に留めた。

「それじゃあね」

と彼女に別れを告げ、お互いの家の扉を開く。玄関で靴を脱いだあと、一直線にリビングに向かい篭ったままの空気を入れ替えるため窓を開けた。ちょうど夕陽が沈む手前だ。空が濃紺になっていく様をしばし見つめる。この家は風がよく通る。少しだけ涼しくなった風が頬を横切った。

間も無く夏が来る。過ぎればまた歳を重ねることとなる。今年はどうなるんだろうとふと考えてしまう。これまでとは違う日常に、ほんの少しだけ期待する。しかし。

──────本当に?

自分の奥底に燻っている感情を必死に抑え込んでいる。暗い暗い靄のようなものが、忘れた頃に問いかけてくるのだ。わかっている。期待しすぎてはいけないのだと。自問自答したところで意味はないことも。美都はふっと息を吐いて首を横に振った。

この思考は良くない。呑まれる前に行動しようと、強引に自室へ足を動かした。先程四季と約束したことがあるのだ。期末考査の苦手分野を洗い直す。そう思い出して、考査が終わってから一度も取り出すことがなかった問題用紙を探した。勉強机に置かれている本棚から一つのクリアファイルを手にして再びリビングへと引き返す。歩きながら改めて問題用紙を確認した。

(……どうしよう、全く記憶にない)

だいたいいつもその場凌ぎの勉強で考査に挑んでいる。これをもう一度解けと言われても同じ解答が出来るか自信がないのは明らかだ。うーんと唸りながらリビングのソファーに腰掛ける。

そう言えば中間考査の時も四季に数学を見てもらったな、と思い出した。あの頃は全く恋愛感情など無くて──彼にあったのかは定かではないが──ただ家庭教師のように解らない問題の解説をしてもらったものだ。たったひと月前のことなのに懐かしく感じる。

しまった、と少し後悔した。日中歩き回った事による疲労が肌に届く心地よい風に刺激される。四季が帰ってくるまでに少し問題を見直そうと思っていたのに。しかしダメだ。睡魔には抗えない。彼に怒られそうだが少しだけ、と思い美都はそのままソファーへ身を預けた。

ほんの少しだけ眠るだけだ。そう自分に言い訳した時には美都は既に瞼を閉じていた。






第4編、スタートです。どうぞよろしくお願いします。

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