第19話 憎しみの行く先
恨みや憎しみはそう簡単に消えません。
「地獄に落ちろベイル」
消えたベイルの場所に向かって、手向けの言葉を言い放つ。
そして俺は、リアナ達がいるメルビアに向かって、転移魔法を唱えない。
隙を見せても出てこないか。
「いるのはわかってるぞ⋯⋯ベイルを助けたこともな」
俺は上空に向かって話かけると、直ぐ様相手から返答が返ってくる。
「フォッフォッフォ⋯⋯よく見破ったのう」
ボルデラが、気絶したベイルを魔法で浮かせて俺の前に現れた。
「ベイルは燃え尽きたというよりは、消滅したように見えたからお前が転移魔法で逃がしたんだろ」
だがなぜそんなことをした。
もし始めから守るつもりであるなら、俺の攻撃魔法を邪魔するなり、防御魔法でベイルを助けてやればいいだけだ。
「さすがじゃのう⋯⋯止めを刺す瞬間も冷静に物事を見ておる」
「だったら次は、2人まとめて燃やし尽くしてやるよ」
俺は右手に魔力を込め奴の隙を伺う。
けれどここで魔法を撃っても、また転移魔法で逃げられることは俺もボルデラもわかっている。
「せっかくこやつの命を救ってやったのに、殺されるのは勘弁願いたい」
「なぜあのタイミングで助けたんだ」
俺が質問をするとボルデラは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ理由を語る。
「お主はわかっていると思うが、ベイルは性格に難があり、自分勝手な行動をとることがあるからのう」
ベイル⋯⋯お前魔族にも性格に問題があると言われているぞ。
「こやつは【悪魔の種子】に適合した貴重なサンプル⋯⋯簡単に手放すのはおしい存在じゃ⋯⋯今後こやつの行動を制御するためにも、1度死ぬ思いをしてもらった方が良いと思ったのじゃ」
ベイルの性格をちゃんと分析しているじゃないか⋯⋯だが甘い。こいつはそんなことで自分を変えるような男ではない。
わざわざ教えてやる義理はないので、黙っているが。
「へえ、そうなんだ⋯⋯それでこれからどうする? ベイルを起こしてまた戦うか?」
俺の言葉を聞いてボルデラの殺気が膨らんだ。
今まで飄々としていたが、初めて俺に対して明確な殺意を向けてきた。
これが本気の魔導軍団団長か!
「いや、やめておこう⋯⋯目的を達成したので今日は帰るとしよう」
「リアナを殺そうとしたお前を逃がすと思うか?」
この場に一触即発の空気が流れる。
ボルデラとベイルの2人をここで逃すと、将来俺に害を成す存在になることが予測されるので、必ず始末しておきたい。
「【風短剣魔法】」
透明の風の短剣が、俺の頭上に数多く生まれる。
転移魔法で逃げられない為にも、ここは威力ではなくスピード重視の魔法を放つ。
無数の風の短剣が、空気を切り裂く速度でボルデラとベイルに襲いかかり、見事に命中する。
しかし当たった瞬間、その短剣は向こう側へとすり抜け、2人の姿はまるで幻のように消えていった。
「くそっ! また幻影か!」
再び姿ベイルと姿を現した時には、既に幻影だったようだ。
俺は初歩的な魔法に騙され、苛立ちを覚える。
自分では冷静でいるつもりだったが、リアナを殺されそうになったことで、心を乱されていたのかもしれない。
「フォッフォッフォ⋯⋯残念じゃったな。この場は引かせてもらうぞい」
ボルデラの声だけを残して、2人の気配は完全に完全にこの場から消えていった。
俺はボルデラを逃がしてしまったことで、苛立ちを覚え、呆然と立ち尽くす。
いつまでもここにいてもしょうがない。残念だが引き上げるか。
リアナとグレイの具合も気になるし、メルビアに戻るとしよう。
俺はみんなの元へ行くために、転移魔法を唱えようとしたその時、王都の東門が突然重厚な音と共に開きだ出した。
東門側にいた魔物は全て俺が倒したから、安全かどうかの斥候に来たのだろうか。
しかし東門から現れたのは、隊列が組まれた騎士団だった。
そしてその中でも馬に乗った、一際目を引く鎧を着た人物がおり、何やら兵士達に命令をしている。
「こいつら今頃来やがって!」
騎士団の対応の悪さに、煩わしさを覚え、俺の中で憎悪の思いが膨らんでいく。
「ラン⋯⋯ス様!」
距離があるため、ハッキリとは聞こえなかったが、騎士の声が平原に響き渡る。
まさかあの命令している奴は!
俺は馬上にいる者に対して鑑定を使うと、奴の名前が判明した。
ランフォース⋯⋯あいつがリアナを魔物達の元へ行かせたのか。
俺は魔力を左手に込め、ランフォースに照準を合わせる。
「お前の⋯⋯お前のせいでリアナは死にそうになった。たった1人で大勢の魔物と戦って⋯⋯その判断を下したお前を生かしておくわけにはいかない!」
死ね!
「そこまでにするんじゃ」
突如背後に現れた者に、俺は左手を掴まれる。
っ!
誰だ! 全く気配がなかったぞ! まさか転移魔法か!
俺はゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはルドルフさんとマグナスさんがいた。
「気持ちはわかる⋯⋯だがお主がそれをしてはダメだ」
「ルドルフさん離して下さい⋯⋯俺は⋯⋯リアナを見殺しにしたあいつを許すわけにはいかない」
俺の仲間に手を出す奴らは必ず始末すると決めたんだ。
もし止めるというなら2人と戦うことも辞さない。
「ヒイロくん落ち着きなさい。そんな感情的になって人を殺したら、リョウトとユイが悲しむぞ」
父さん⋯⋯母さん⋯⋯。
「私達だってランフォースの行動は許せない⋯⋯だが断罪する時は今ではない」
ルドルフさんとマグナスさんも俺と同じ気持ちなのか⋯⋯。
俺は、魔力を込めていた左手をゆっくりと下に下ろすと、2人は息を吐き安堵する。
「まずは東門以外にいる魔物を、3つに別れて追い出すのじゃ」
「この時気をつけてほしいのが、騎士団ではなく、全て我々で倒すということ」
「それってどういう⋯⋯」
「詳しい話は後で話す⋯⋯全てが終わったらどこかで落ち合おう」
気になることはたくさんあるが、2人はとても急いでいるように見えたので、質問は後にした方が良さそうだな。
「それでしたらメルビアにしてください。ラナさんやグレイもいるので」
「わかった」
「承知した」
ルドルフさんもマグナスさんも孫や弟子のことが気にかかるだろ。
「マグナスは南門、ヒイロは北門、わしは西門の魔物を殲滅する」
「終わったらメルビアで会おう」
「はい!」
そして俺達は各門へと向かった。
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