09 小さい子って何も考えずにプロポーズとかしがちだよね
★ ☆
――それは、ジュンが幼き日のことだった。
季節は秋。
場所は、近所にあった小さな公園。
小さい頃、ジュンとカノンでよく遊んだ場所だった。
ペンキの禿げた、滑り台やシーソー。
誰かが遊んだ後なのか、砂の山が作られている砂場。
風で少し揺れているブランコ。
地面には落ち葉が敷き詰められ、公園の外周に植えられた木々は赤や黄色で彩られていた。
空は、少しずつ橙の色を増してきていた。
そんな、夕暮れ時の閑散とした公園。
そこは、ジュンとカノンの二人きりの世界だった。
「逆上がりはね、こうやってやるんだよ」
ジュンは一番低い鉄棒を握り、勢いをつけてくるりと回った。
幾分か不格好だったが、それでもしっかりと一回転出来ていた。
「ジュンくん、すごいね! わたしも頑張らないと!」
そう言って、カノンも鉄棒の前に立ち、ジュンの動きを真似して勢いをつける。
しかし、少し鉄棒に体を引き付ける力が足りないのか、上手く回れなかった。
もう一度、鉄棒を掴んで勢いをつけて回ろうとするが、またしても回転せずに地面に足がついてしまう。
「どこがダメなのかな……?」
カノンは首をかしげながら、ジュンを見つめる。
しかしジュンも、カノンがなぜ失敗するのか分からずに首を捻った。
「うーん……。ぼくはいっぱい練習したらできるようになったから、カノンもいっぱい練習すればできるようになるんじゃないかな?」
「そうなんだ。じゃあ、私もいっぱい練習してみる!」
そうして、カノンは一番低い鉄棒の前に立ち、逆上がりをしようと試みる。
その隣の二番目に低い鉄棒では、ジュンは前回りを始めていた。
そのまま、しばらく二人は鉄棒で遊んでいた。
鉄棒を握る手が痛くなってきたとジュンが感じ始めたあたりで、カノンがジュンに声をかけた。
カノンも同じように、掌が痛くなってきていたのだろうか。
「ちょっと疲れちゃった。あのベンチで休憩しよう?」
「うん、そうだね」
二人は鉄棒から離れ、近くのベンチに腰を下ろした。
ジュンは、長く伸びる自分たちの影を不思議そうに眺めていた。
ふとカノンの方を見ると、カノンは地平線の方へ視線を向けていた。
何かがあるのかと思い、ジュンもそちらを見てみることにした。
すると、空が綺麗な橙色で染まっていた。
地平線と雲の端が、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
立ち並ぶ家の窓から夕日が反射して、幻想的な景色が広がっていた。
そのまま、地平線に太陽が隠れていくのを、二人でずっと眺めていた。
二人きりの世界で、そのきれいな景色がずっと続くような気がしていた。
しばらくして、太陽が地平線に隠れたころ、カノンが独り言のようにつぶやいた。
「一生懸命になにかを守る男の人ってかっこいいよね」
公園に来る前に、二人のどちらかの家で一緒に、騎士の物語をテレビで見たのだろうか。
それとも、超能力を持った主人公がヒロインを守る物語だっただろうか。
どんな物語だったのかは覚えていないが、きっと、どちらかの家で物語の鑑賞会をした日だったに違いない。
今では、その物語の主人公がかっこよかった、という記憶だけが残っている。
「そうだね。ぼくもそういうのに憧れるな」
「わたしも。
……ねえ、ジュンくん。わたしのこと、あの物語みたいに守ってくれるかな?」
そう言って、カノンは純粋な目でジュンを見つめた。
じっと、じーっと、カノンはジュンの目を見つめていた。
……そういえば、このカノンの問いに、どうやって答えただろうか。
きっと幼き日の俺のことだから、何も考えずに肯定したに違いない。
恥ずかしさも何も考えずに告げたであろう、幼き日の俺。
カノンはきっと、こんなこと忘れてしまっているだろう。
でも俺は、昨日のことのように、あの時の情景をはっきりと覚えている。
ああ、そうだ。
あのカノンの問いにはこう答えたんだった。
「もちろんだよ。ぼくは、大切な人を守るヒーローになるんだ」
★ ☆
あの約束は、果たすことができただろうか。
あの時、黒い歪みが現れたとき、咄嗟の判断で俺はカノンを守った。
いや、守ることができたのかはわからない。
だがここにたどり着いていない以上、カノンは無事だったのではないか――という考えは甘いだろうか。
カノンは今、どうしているだろうか。
無事だったとして、どこで何をしているだろうか。
確かに、あの黒い歪みからカノンを守ることはできたかもしれない。
カノンの身は無事だったのかもしれない。
だが。
あの日々の平穏は。
学校帰りのカノンと俺の平和な雑談は。
今度の日曜日にデートもどきをしようと言っていたあの約束は。
結局、何も守れていないじゃないか。
約束をしたのに、ちっとも果たせていないじゃないか。
けれど、過去のことはどうしようもない。
過去に戻ってやり直すことなんてできない。
過ぎ去ってしまって、もう何もできないからこそ、過去というのだ。
だから、変えられるのは未来だけ。
未来は、未だに決まっていないからこそ未来という。
そして、もし未来を、自分で決めることができるのならば。
これ以上、何も失いたくないから。
あの時と違って、守るのはカノンではないけれど。
大切な人と呼ぶには、少し出会ってからの期間が短いけれど。
いや、期間の長さは関係ない。
エリーナ、ユキ、そして俺。
右も左も分からない中、みんなで一緒に相談をした。
名前を呼んで、ふざけ合う仲になった。
三人で協力して、この異世界から脱出しようと誓った。
それだけで、十分じゃないか。
十分、大切な人と呼べるじゃないか。
きっと俺は、このまま何もしなかったら後悔する。
失いたくない、大切な仲間だと思っている。
大切な仲間を、救えるかもしれないのに見殺しにするなんてことをしたら、俺は自分が許せない。
だから、俺は――
『ぼくは、大切な人を守るヒーローになるんだ』
――エリーナを、ユキを、守ってみせる。