08 全滅
「これはまずいな……」
夜の森の中、灯りの無い状況で、ゴブリンに囲まれている。
その数は、見えているだけで10以上。
そしてその全てのゴブリンの手には、真ん中がくり抜かれた斧のような武器――ゴブリンアクス。
一方のこちらは、戦闘なんて微塵も知らない高校生と、一国の王女様と、ゴブリンにトラウマがあるらしき冒険者。
武器などは持ち合わせておらず、確実に不利な状況であった。
「これはもう、戦うしかなさそうね」
後方から、意を決したエリーナの声が聞こえた。
振り向いてみると、エリーナは地面に落ちていた太めの木の枝を拾って、素振りをしていた。
「エリーナ、戦えるのか?」
「嗜み程度に、剣術を習っていたわ。ただ実戦で使ったことは無いから、どこまで通用するか分からないけどね。黙ってゴブリンに食われるわけにもいかないでしょ。ところで、ジュンはどうするの?」
「俺は、そうだな……」
さすがに、エリーナとユキの戦闘を黙って見ているというわけにもいかない。
女に守られる男というのは嫌だ、みたいな体裁の問題もあるがそれ以上に、ジュンもみんなのために行動したいと思っていた。
自分が助かるために戦うのはもちろんであるが、それ以上に、みんなで助かるために自分も力になりたいと、そう思っていた。
エリーナは、地面に落ちていた木の枝を剣として戦うと言った。
使えそうなものを周囲から見出し、危険な役を買って出てくれると言う。
ならば、ジュンも何かできることがあるのではないか。
剣道やボクシングなど武術系の習い事をしていなかったことを少し後悔しつつも、それでも何か役に立てることはあるのではないか、と思考を巡らす。
ふと視線を下げると、地面に硬そうな木の実が落ちている。
そうか、これを使えば。
「Gyaaaaaaa!」
最初に叫び声をあげたのは、ジュンの真正面で立ちはだかっていたゴブリンだった。
その鳴き声とともに、一斉に周りを取り囲んでいたゴブリンが斧のような武器を掲げて迫ってくる。
一気に、森はゴブリンの鳴き声で包まれた。
「青の聖霊よ 水の刃を ウォーターカッター!」
ユキが鬼気迫った表情で呪文を詠唱すると、空中に一つの水で出来た球体が現れた。
それが、まるで飛沫が飛び散るように各方向へと飛んでいく。
そして、武器で受け止め損ねたゴブリンが数匹、身体が刃に切り裂かれ、地面に倒れた。
しかし、一回の攻撃ではほとんどゴブリンは減っておらず、むしろ見えないところからゴブリンがさらに現れていた。
「私も戦ってくるわ!」
エリーナは太い木の枝を持って、ゴブリンのところに突っ込んでいった。
一瞬ゴブリンが怯んだ隙に、木の枝をまるでメイスのように扱って1匹、2匹とゴブリンを仕留める。
しかしそれは不意を打ったからこそできたことであるらしく、3匹目のゴブリンと相対して、斧と木の枝をお互いに交え合って拮抗している。
しかし、一匹との戦いに集中していては、他のところから援軍が来るわけで。
エリーナの方に、もう1匹のゴブリンが向かったのが見えた。
そろそろジュンの出番である。
「これでもくらえッ!」
ジュンは、足元に落ちていた木の実を全力で投げる。
方向は、エリーナの方に向かうゴブリンへ。
見事に木の実はゴブリンの額の辺りに当たり、そのままゴブリンは倒れ伏す。
ジュンは、投石には多少の自信があった。
というのも、小学校の時によく野球をして遊んでいたのだ。
やはりクラブチームに通っている人には敵わなかったし、ブランクもそれなりにあったのだが、それでもゴブリンという大きな的に小さくて丸い木の実をぶつけるくらいならば何の造作もなかった。
今度は足元に転がっている毬栗を拾って、今度は自分の方に向かっているゴブリンへ思いっきり投げる。
毬栗の棘が指に刺さって痛かったが、それはつまり、飛んできた毬栗にぶつかったらもっと痛いということ。
案の定、一匹のゴブリンが腹部を抑えて蹲った。
それを見たからなのか、俺の方に向かってきていたゴブリンが少し怯んで後退する。
それと同時に、ユキが詠唱を始める。
「緑の聖霊よ 木の葉の刃を リーフカッター!」
今度は、木の葉の形で鋭い刃先のものが5個ほど宙に浮かぶ。
そしてユキが真正面に右の掌を向けると、一直線にその方向に飛んでいく。
それが三匹のゴブリンに命中し、頭部に当たったものと胸部に当たったものがそれぞれ倒れ、脚部に当たったゴブリンは足を引きずってなおも前進してくる。
それをめがけてジュンは足元にあった小石を投げると、無事に命中し、地に伏せる。
ジュンは後ろから何か気配を感じたので急いで飛び退くと、元居た場所はゴブリンの斧で切り裂かれていた。
落ち着いてそれを投石で倒しつつ……と思ったらゴブリンアクスで器用に弾かれた。
一瞬驚いたが、今度は二個の木の実を握りしめ、ゴブリンに向かって投げる。
すると、一つは弾かれたが、もう一つはゴブリンの頭部に当たり、そのゴブリンは倒れた。
なおも向かい来るゴブリンを見て、足元の小石を拾った、その時。
「痛ッ?!」
エリーナの叫び声が聞こえ、急いで振り向くと、右足を抱えて倒れているエリーナが目に入る。
剣のかわりに使っていた木の枝は、真ん中で二つに割れてしまっている。
「エリーナ?!」
「エリーナさん?!」
ゴブリンからすれば獲物が弱っているように見えたのか、三人の周りを囲っていたゴブリンが一斉にエリーナの方へ向かう。
まずいと思い、ジュンは手当たり次第に足元に転がる物をゴブリンへ投げつける。
1匹倒れたが、2匹こちらに狙いを変えたが、まだ足りない。
もっと、もっと倒さないと……。
ユキも慌てて、別の魔法を詠唱する。
「黄の聖霊よ 土の呪縛を アースバインド!! ……え?」
しかし何も起こらず、ユキは焦った声を上げる。
その異変に気付いたゴブリンが、3匹ほどユキの方へ斧を振り上げながら走る。
ユキは急いで同じ詠唱を繰り返す。
「黄の聖霊よ 土の呪縛を アースバインド!!!」
しかし、やはり何も起こらず、エリーナの方にゴブリンが集まっていった。
エリーナは折れた木の枝で応戦しているが、一対一で互角だったにもかかわらず、数で攻められてはどうしようもなく……。
「ふぐうぅっ!」
くぐもった叫び声が聞こえて横を振り向くと、ユキの腹部にゴブリンアクスが直撃し、ユキが後方に飛ばされて倒れていた。
それを見て、ジュンの方に向かってきていたゴブリンもそちらへ走り出し、数の暴力で攻め立てようとしている。
ユキも痛みをこらえて必死に魔法を詠唱しているが、声にならずただ呻きにしかなっていない。
ジュンが石を投げてゴブリンの数を減らそうにも、密集していたのでは味方に当たる可能性もある。
ならば、エリーナがさっきやったみたいに、適当な木の枝を見繕って剣の代わりにして突っ込んで行くのか。
しかし、剣を嗜んでいたエリーナでさえ、あの状況だ。未経験者の俺は返り討ちにされて終わりだ。
その刹那、ジュンは嫌な予感がして、左へ飛び退き、エリーナやユキがいる方向の逆の方へと振り向いた。
すると、ジュンの目の前には、斧が振りかざされ、為す術もなく崩れ落ちるジュンの姿が見えた。
そして、その視線の先には、エリーナが、ユキが、ゴブリンに滅多打ちになってぐったりと倒れている。
発情したゴブリンが彼女らを抑え込み、ゴブリンの斧で衣服を剥ぎ取り、それから――
――そんな全滅の世界線が、見えた気がした。