表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/16

06 毒味する王女とはいかに



 一旦、これからの方針を決めるために砂浜に戻ったジュン、エリーナ、ユキの三人。

 周りを警戒しながら森を抜けてきたので、森に行った時よりも帰還に時間がかかってしまったが、安全第一と考えたら、森から海辺まではこのくらいの所要時間が妥当なのかもしれない。

 厄介な生き物に見つかるくらいならば、速度を落としてでも周囲を警戒した方が良い。

急がば回れ、というやつだ。


 戻ってきた場所――ジュンたちが出会った砂浜では、陽が傾き、海の彼方に見える水平線の上に綺麗な夕日が沈むころだった。

 青い海に、橙の夕日が映りこみ、空は水色から群青色へと変わっていくグラデーションが広がっている。

 そんな幻想のような景色を眺めている女子二人を、ジュンが現実に引き戻す。


「そういえば、ユキって水を出す魔法使えるんだっけ?」


「はい。使えますけど……どうしました?」


「魔法で出した水って飲めるのかなー、って思って。生きていくために飲み水が必要、みたいな話を聞いたことがあっただけど……」


 どこかのサバイバル番組で、人間は水だけで3週間程度生き延びられるという話を、うろ覚えながら思い出そうとする。

 まさかサバイバルの当事者になるとは思ってもいなかったため、ジュンはほとんどその番組を覚えていないのだが……。


 あとは、エリーナがお腹を空かせているから、水を飲めば少しはお腹が膨れるんじゃないかっていう狙いもある。というか、こっちの方が主目的なのだが。

敢えてそうやって言わなかったのは、エリーナに恥ずかしい思いをさせないように、ちょっとした思いやりと言うやつである。


 ユキもそれに気づいたようで、ジュンにだけ見えるように微笑んで頷いた後、何事もなかったかのように、エリーナの方を向いて返答をする。


「たぶん飲めると思いますよ。私も仕事で野営をするときは魔法の水を重宝してましたし。あ、エリーナさん。手を、水を掬うような形にしてもらっても良いですか?」


 いきなり名指しされ戸惑ったようではあるが、ユキに言われた通り、手をお椀の形にしてユキの方に差し出した。


「……? こう?」


「はい。そのままでお願いします」


 そう言ってユキは一度深呼吸してから、エリーナの差し出した手の上に右手をかざす。


「青の聖霊よ 水の流れを ウォーターフロー!」


 そんな魔法の詠唱とともに、ユキの右手から水が流れ始める。

 小さく絞った蛇口のように流れるそれは、エリーナの両手に落ちてゆき、手で掬った一杯の水が現れた。


「それを飲んでみて下さい」


「……あ、うん。わかった」


 いきなり目の前に水が現れ呆気にとられていたエリーナであったが、恐るおそる、手に蓄えられたみずを口許くちもとに持ってきて、ごくごくと水を飲んだ。


「冷たくて、美味しいかも」


 エリーナが微笑むと、ユキは安心したように顔を綻ばせる。

 炎天下で運動後に飲む冷たい水が最高においしいことは言うまでもないだろう。


 って、ちょっと待てよ。

 これってつまり、王女様エリーナが水の毒見をしたってことになるよな?

 王女様が毒見ってなかなかのパワーワードだと思うけどな。

 まあ、本人が気にしていないんだから気にしないでおこう。


 そういえば、俺も、のどが乾いたかもな。


「ユキ、次は俺にもお願いしていいか?」


「はい、もちろんです!」




 水飲み休憩を終えると、陽は完全に沈み、辺りもかなり暗くなってきた。

 休憩、と言ってもユキはずっと魔法を使いっぱなしだったので、むしろ体力を使ってしまったのかもしれないが。

 これまでずっとユキばかりに頼ってきてしまっていたので、そろそろ俺もみんなの役に立ちたいところである。


 あれ? そういえば、俺ができることって何があったっけ? と悲しくなりかけていたところに、ユキの声が聞こえてきた。


「ふと思ったんですけど、水が必要なら海水でいいんじゃないですかね?」


「あー、確かに。なんで海の水って飲んだらダメなんだろう?」


 ジュンは、家族と一緒に海でキャンプをしたときのことを思い出しながら首を傾げた。

 確かにあの時は、海水ではなく炊事場の水を使っていた。

 でも、なんでそうしたかと言われると……。


「海水の中に含まれている塩が多すぎるせいだって私は習ったわ」


 先ほど水をがぶ飲みして少し元気になったエリーナが答える。


 確かに、塩分を取りすぎるとよくないという話は聞いたことがある。

 醤油を直接飲んだら駄目なのも、塩分が原因だったとか。


 というか、さっきのエリーナの水のがぶ飲みシーンは凄かった。

 エリーナが上を向いて口を開けて、ユキが背伸びをしてエリーナの顔の上に右手を持ってきて蛇口のように水を流し、直接エリーナが水を飲むっていう……。

 長身のエリーナの顔の上に小柄なユキが手をかざすために、ユキがかなり背伸びを頑張っていたのはわかるけど……。

 確かに水を零すことはないし、一番それが効率良いんだろうけど……。

 俺のほかに誰か見ている人もいないから別にいいんだけど……。


 もうちょっと王女様って優雅に立ち振る舞うべきなんじゃないですかね。


 俺が「エサを与えられる鳥の雛みたいだ」って言ったらすぐに止めたけどね。

 二人揃って顔を真っ赤にして俯いてたよね。

 やっぱり自覚あったんだね。



「おーい、ジュン、聞こえてるー?」


 結構大きな声でエリーナに呼ばれた。

 気が付かなかったけど、何回か呼ばれていたっぽいです。すみません。


「あー、ごめん。何の話だっけ?」


「だから、何が食べられるものでどれが食べちゃダメなものなのか、って話」


 エリーナの話を、ユキが引き継ぐ。


「暗くなっちゃったのでちょっと分かりづらいかもしれないんですけど……。こういう、茶色のとげとげした木の実は触ると痛いですが、中身はおいしく食べられます。あとは、こういう赤くてつぶつぶした木の実。これも大丈夫です。ただ、こういう黒いくて大き目のつぶつぶの木の実は毒があるので気をつけてください」


 要するに、毬栗いがぐりみたいなやつと、ラズベリーみたいなやつが食べられて、ブラックベリーみたいなやつには毒がある、と。

 辺りはほとんど真っ暗で、夕日の沈んだ方向の僅かな橙の光と星明かりだけの明るさで色を見分けるのは少々苦労しそうだが、そこは頑張るしかない。

 最悪、とりあえず有象無象を集めて、朝になってから選別するのでも問題ないだろうし。


 というか、既にユキはいくつか毬栗いがぐりを手に持っている。行動が早いね。

 と感心していると、白いドレスが夜の闇に目立っているエリーナから質問が飛んだ。


「木にってるやつだけじゃなくて地面に落ちてるのも食べられるの?」


「はい。食い荒らされたり腐ったりしてなければ大丈夫です。……あ、あと、これ以上森の方には絶対に行かないでくださいね! 夜の森は危険なので」


「もちろんそのつもりよ。もうオークは懲り懲りだもん」


 エリーナは首を横に振りながら苦笑いする。


 現在地はというと、草原地帯から少しだけ森の方へ進んだ、林のような場所。

 木々が集まって生えているが、深く生い茂るというほどではなく、少し歩けば草原まで出ることができる。


「それじゃあこの辺で別れて、それぞれ木の実を…………あ」


 ガサッ、という音とともにユキが立ち止まる。

 ユキが手に持っていた、毬栗いがぐりのようなものとラズベリーのようなものは、地面に落としてしまっていた。

 そのまま固まって動こうとしないユキを不審に思い、ジュンは問いかける。


「ユキ、どうした?」


「……ごめんなさい」


 少し涙ぐんだ小さな声だけが、夜の静かな森に響いた。

 漂う悲壮感に、何事かとエリーナも心配そうに声をかける。


「え、ユキ、どうしたの?」


「本当に、ごめんなさい……。私のせいで…………」


「私はユキを責めるつもりはないわ。ただ、今何が起こっているのか、教えてくれたら嬉しいな、ってだけだから」


 泣きそうになってしまっているユキに、優しくエリーナが背中を撫でる。

 ユキは、消えてしまいそうなほど小さな声で言う。

 夜の静寂には、その声が、虚空に漂うように響いた。


「ごめんなさい……。わ、罠に、引っかかったみたいです…………」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ