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04 敬語よ、お前はここで待っていろ! 俺は先に行く!



「ところで、エリーナ様、ユキさん。お二人ともそれぞれ別の世界から来たようですが、ここはどこなのかとか分かりますか?」


 これからどうするべきなのか、どうするつもりなのか。

 ぽんと放り込まれるようにしてここに来たジュンは、できるだけ多くの情報を知りたかった。


「いえ……全くわからないですわ。ユキさんはどうですか?」


「申し訳ないんですけど、私も気づいたらここにいたので……」


 三人の間で嫌な沈黙が流れる。

 誰も、何も知らないという事実。

 そんな非情な現実を突きつけられ、口を閉ざすしかなかった。


 今まで気にしていなかった海の波の音が、やけにうるさく聞こえた。

 先ほどまで照っていた太陽も、今では雲に隠れてしまっていた。




「これから……どうなさいます?」


 しばらくして、少し不安そうな目で言葉を紡いだのは、エリーナだった。

 エリーナに目線を向けられたジュンは、思ったことをそのまま口にする。


「……一人でいるより、三人でいた方が良いんじゃないですかね……。ここにどんな危険が潜んでいるかもわかりませんし……」


「三人で協力して、それぞれ元の世界に戻れるように頑張る、ってことですか?」


 ユキが首をかしげてエリーナを見る。

 エリーナはそれに頷いて、言う。


「それが最善なのではないかと……。ユキさんも、ジュンさんも、どう思います?」


 それが最善というか、それしか選びようがないというか。

 ジュンもユキも、他の手段が無いか思考を巡らせた後に、頷く。


「……そうですね。これからもよろしくお願いします」


「わ、私も大丈夫です。よろしくお願いします」


 ということで、三人はそれぞれの世界に戻るために行動を共にすると決めたのであった。


「となると、私から一つ注文があるのですが」


「はい、エリーナ様、何でしょうか」


 反射的にジュンが応答する。

 言ってから、何かこのやり取り、王女様とそれに仕える従者みたいだと思った。

 というか、まあ、本物の王女の前で、ありふれた庶民であったジュンが無意識に畏まってしまうのは、仕方が無いのだが……。


「私のこと、呼び捨てにして頂いてもよろしいですか?」


「結構ハードル高いこと言いますね……」


「私も、ちょっとそれは……」


 一国の王女のことを呼び捨てにしろと言われても、どうしても遠慮してしまうジュンとユキ。

 確かに、これから一緒に行動する仲間に対して、堅苦しいのは無しにしようという言い分は分かるが、相手は、世界が違うとは言え、王族である。

 場合によっては、不敬と言われてもおかしくない。


 いや、ジュンに関して言えばそれ以前の問題かもしれない……。

 名前で呼び合う男女の関係って、それは……。


「物は試しと言うでしょう? では、まずはジュンさんからお願いしますね」


 いや、名指し?!

 しかも俺からかよ! 普通はエリーナと同性のユキからだろ?!

 ってか、俺に名前呼びさせて何がしたいのか――仲良くなって、それから、あんなことやこんなことを……??


 いや、忘れろ。この手の妄想はたいてい外れる。

 たいてい、じゃない、100パーセント外れるから、大丈夫だ。大丈夫だから、安心しろ。


 落ち着け、落ち着け……


「い、いや、まあ、じゃあ、やってみますけど。……その代わり、エリーナ様も俺のこと敬語使わないでくださいね」


「そうしていただけると助かります。……あ、もしかして照れてます?」


 エリーナは少し顔を俯けたジュンを見て、いたずらっぽく目を細めた。


 とはいえジュンが動揺するのも仕方ない。

 何せジュンは、今まで幼馴染のカノンを除くとほとんど女子と会話をしたことが無かった。

 容姿に恵まれ、地位的にも様々な人と接してきたであろうエリーナとは違い、ジュンは異性と話した経験がほとんどない。


「言えば楽になりますよ?」


 エリーナは微笑ましいものを見る目でジュンを見る。

 ジュンには、新しいおもちゃを見つけたような、どうやって面白く遊んであげようか、といった邪悪な笑みに見えていた。


 しかし、ジュンも意地がある。


「わかったよ、エリーナ」


 ジュンはやけくそになって、全力で顔面に笑顔を貼り付けた。


「…………」


 エリーナはびっくりして目を大きく見開いたまま固まっていた。

 そのまま、エリーナは何も言葉にすることができずに時間だけが経っていった。


 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ガッツポーズをしていたジュンであった。


「な、なによ! ちょっと驚いちゃっただけだからね!」


 ツンデレなのか? 実はこの王女様ツンデレ? と思っていたジュンであったが、あることに気づきジュンは戦慄する。


――こいつ、敬語使ってない……!


 赤面しているエリーナと、戦慄しているジュンという混沌とした状況下で、ずっと無口を貫き通してきたユキは小さく拳を握る。


(よし、私に敬語使わせないこと、忘れてる……!)


「こ、こうなったら……。ユキ! あんたもジュンのこと呼び捨てで呼びなさい!」


「はひぃぃ!」


 こうして無事、ユキも混沌へと巻き込まれることとなった。

 めでたしめでたし。




 ★ ☆




 ということで、一行は無事に名前呼びの試練を乗り越え、今度は内陸部の森へと向かっていた。

 先ほどまでいた砂浜は後ろの方に小さくなっていき、歩いている場所は草原から次第に木の密度が増えてきている、森の入り口のような場所であった。


 ちなみに、ユキには呼び捨てへの刺激に耐えきれなかったのか、それとも敬語をつけないことに慣れていなかったのか、間違いなく後者だが、ユキは「ジュン君」「エリーナさん」と呼ぶことで妥協が成立したのであった。


「それで、どうして森に向かってるんだっけ?」


 すっかり敬語をつけないことに慣れたエリーナがジュンに問いかける。


 それにしても、エリーナの口調の変貌には驚いたが。

 口調だけじゃなくて性格まで変わったような気がするのだが、エリーナ曰く「王女として舐められるわけにはいかないから、プライベート以外では無理して真面目令嬢キャラを作っているんだよね」とのこと。

 王女様というのも大変そうだ。


 それはそうとして、今は森に向かっている目的を聞かれたんだったか。


「まあ、目的は色々あるんだけど。まずは食料を見つけるためだね。魔法で水を出せることはあっても食料は出せないでしょ?」


「私は無理だわ。そもそも私、魔法はちょっとしか使えないし。ユキはどう? 自己紹介の時、魔法使えるって言ってた気がしたけど」


「さすがにそんな魔法は聞いたことないです。水なら魔法で出せるんですけど……」


 そうやって喋りながら森の中を歩いていると、ふとユキが立ち止まった。


「……今、何か聞こえませんでした?」


 元の世界で冒険者をしていたユキの言葉で、ジュンとエリーナは辺りを警戒する。

 辺りは、木々が乱立していて、雑草が生い茂っていて、その他には特に……。


「いや、特に何も聞こえないけど――」


「私も、何も――あっ」


 エリーナが驚きながら指をさしたその先には――





――二頭のオークが、じっとこちらを見つめていた。




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