15 入り口
「分かっているとは思いますが、森の中は危険なので十分注意して下さい」
三日目、朝食のゴブリンの焼肉を食べた後。
ジュン、エリーナ、ユキの三人は、元の世界に戻るための手掛かりを探すために森の中に来ていた。
初日にオークと遭遇した場所を避けながら、視界の悪い場所を避けながら、森の深いところへと向かっていく。
「本当に森の奥に何かあるのかしら?」
エリーナは海岸線から探索しようと言っていたが、ジュンとユキが森の方から探索したいと言ったので、多数決で今は森の中にいるのだった。
心配そうに尋ねるエリーナに、ユキは頷いて答える。
「たいていの重要なものは奥の方にある傾向があります。それに、私たちが出会う前にそれぞれ海岸線を歩いていたんですよね? それでも見つからないということは海岸線に何かがある可能性は低いと思います」
ダンジョンの宝箱は階層の最奥、ボスを倒してさらに進んだところにあることが多いらしい。
魔王城の立地が最前線なんて聞いたことは無いし、たいていは世界の果てにあるはずだ。
同じように、異世界から帰る方法が森の奥にあったとしても、何もおかしなことはない。
「エリーナ、ユキ。向こうからゴブリン来てるぞ」
「はい」
「わかったわ」
ジュンが指をさす先には3匹のゴブリンがいた。
ジュンとエリーナはゴブリンアクスを手に取り、ユキは魔法を使うために精神統一をしはじめる。
「ジュンはユキを守ってちょうだい。私はそこのゴブリンを片付けてくるわ」
そう言ってエリーナが前方に駆けだす。
いきなり突っ込んで行ったエリーナを見てゴブリンたちは少し怯んだようだったが、それでも気を取り直して三匹ともにゴブリンアクスを構える。
エリーナは右端の一匹に向かい、ゴブリンアクスを大上段に構え、振り下ろす。
狙われたゴブリンは何とか自身の武器で攻撃を防ごうとするが、勢いに乗ったエリーナの一撃を受け止めきれず攻撃をもろに頭から食らい、倒れた。
しかしエリーナも大上段からの攻撃を放ったせいで胴ががら空きになり、残りの二匹のゴブリンから攻撃をもらう。
一瞬エリーナが顔をしかめるが、すぐさまゴブリンアクスを横薙ぎして、二匹のゴブリンから距離を取る。
それにより、エリーナに攻撃が当たる恐れが無くなったユキが魔法の詠唱をする。
「緑の聖霊よ 木の葉の刃を リーフカッター」
空中に葉の形で鋭い刃先のものが4個ほど宙に浮かんだ。
ユキが一匹のゴブリンの方に右の掌を向けると、全ての葉の刃が一直線にその方向に飛んでいく。
エリーナがそれを見て、もう片方のゴブリンを相手にする。
ユキの魔法を食らったゴブリンは葉の刃に貫かれ倒れ伏し、エリーナの方はもう一度大上段からの攻撃が決まったらしく、こちらも無事にゴブリンを倒す。
三匹のゴブリンが動かないことを確認して、エリーナはユキとジュンの方に戻ってくる。
「このゴブリンアクス、思ったよりも使いやすいわね。これならもっとゴブリンの数が多くてもなんとかなりそうだわ」
そう言いつつも脇腹の辺りを押さえるエリーナに、ユキは「無理しないでくださいね」と苦笑いしながら詠唱を始める。
「白の聖霊よ 身体に癒しを ヒール」
エリーナの脇腹の辺りに翳したユキの右手から、白い光が発せられる。
10秒くらいその状態が続き、光が収まるとユキは右手を下ろす。
今のがユキが得意とする治癒魔法というやつだろうか。
「ユキ、ありがとね」
「いえ、困ったときはお互い様です」
そうしてまた歩き始め、森の奥へと進んでいく。
だんだんと地面に届く日光が減っていき、薄暗くなってくる。
「そういや、どういうものを探せばいいんだろうな」
ジュンはふと疑問に思う。
ダンジョンなら宝箱を探せばいいし、探偵なら証拠を探せばいい。
だが、異世界から帰る方法を見つけるには何を探せばいいのだろうか。
「帰る方法が書いてある石板とかあればいいんですけどね。ここに誰かが来たという形跡がないので望み薄ではありますが」
「もしそんな記録があったとしても、文字が読めなければどうしようもないわ。もっと簡単な……例えば乗るだけで元の世界に帰れる魔法陣とかがあればいいんだけど」
ユキとエリーナも首をかしげて考える。
具体的に何を探すのかが分からない探し物。
それを見つけるのは、かなり酷なのかもしれない。
ジュンはそんなことを考えながらぼんやりと前方を眺めていたら、二足歩行の大きめの魔物が目に入って、慌てて立ち止まる。
「二人とも、ストップ。あそこにオークがいる」
各々で考え事をしていて注意が散漫になってしまっていたせいで、少々オークに近づきすぎたようであった。
幸い、オークの方はこちらに気づいていないようで、何事もなかったかのように森の奥の方へゆっくり歩いている。
「あっ」
「ジュン君、すみません。私がしっかりしなきゃいけないのに……」
エリーナは硬直し、ユキはジュンに謝ってくる。
ジュンは「悪いのはユキじゃない」と首を横に振る。
もとはと言えばジュンが変な話題を振ったからだ。
森の中で考え事をするのはよくないことがわかった。
今度からは森の中を歩くときは他のことは考えないようにしなければ。
「オークと遭遇しても嫌だし、ちょっと迂回していくか」
「そうですね。こっちの獣道で行きましょう」
ユキの提案にジュンもエリーナも頷き、右折して細い獣道へ入る。
さっきの道よりも見通しは悪いが、オークに見つかる可能性を考えたら仕方がない。
可能な限り周囲に気をつけて、魔物が隠れられそうな草藪は出来るだけ早く通りすぎるようにして、進んでいく。
「そろそろ先ほどの道に戻りましょうか」
「そうね。オークももう通りすぎたことだろうし……ぎゃあっ!」
「ん? 虫でも出たか? ……えっ」
エリーナの目の前に虫が通りすぎて慌てているのだと思って右を見ると、さっきまでいたはずのエリーナが消えていた。
「エリーナさんッ?!」
先頭を歩いていたユキが振り向き、慌てて周囲を見渡す。
しかし、どこを見渡してもエリーナの姿は無く……
「ひゃっ?!」
「うえっ?!」
ユキとジュンは、地面の陥没に巻き込まれて落ちていった。




