14 大丈夫だ、問題しかない
「到着しました。あれならちょうどいい扉の素材が見つかるんじゃないでしょうか」
ユキが指をさした先には、瓦礫の山が出来ていた。
帆の骨組みのようなものが若干原形をとどめているので、これがもともと大きめの帆船だったということが窺える。
「さっそく探してみるか」
瓦礫の山に登り、ちょうど良さそうな木の板があれば引っ張り出し、傷の具合を確認する。
大破した船の瓦礫ということで、多くの木の板で損傷が激しかったが、それでもたまに出会うあまり傷ついていないちょうどいい大きさの板を横に分けておく。
木の板を瓦礫の山から引っ張り出し続け、そろそろ腕が疲れてきたというところで、ユキがジュンを呼んだ。
「ジュン君! なんか不思議なものを見つけました!」
「今行く。ちょっと待ってろ」
ジュンが瓦礫の山の下の方で木の板を漁っていたのに対し、ユキは瓦礫の山の上の方に上って作業をしていた。
ジュンが見上げてみると、ユキが何かを指さしているのが見えた。
ちなみにユキはスカートではなく、ショートパンツにガーターベルト、革の膝当てという動きやすさを重視した装備なので、スカートの中身が見えるみたいな展開はない。
いや、そもそも期待なんてしていないけど。
「んで、不思議な物ってどれ?」
「これです。なんかこれだけ、傷がついた形跡がなくて、私の見たことのない素材で出来ているみたいなんです」
そう言っているユキの指さす先を見ると、確かにこの瓦礫の山から見つかるにはおかしなものがあった。
「傘だな、これ。でも、どこかで見たことがあるような……」
「知っているんですか?」
「……ああ、そうだ。カノンの傘だこれ」
透明の下地に水玉模様の描かれた、開かれたままの傘。
黒い歪みから逃げるときに、走る邪魔になるからと真っ先に放棄したあの傘。
風に揺られて、黒い歪みに吸い込まれて、そのまま消えたと思っていたカノンの傘だ。
確かに、黒い歪みがここの付近につながっているのならば、ここにあってもおかしくないのかもしれない。
「さっき俺、仲の良い幼馴染がいるって話したよな。そいつが持っていた傘だ」
「ええと、傘って何ですか?」
「そこからか……。まあ、簡単に言えば、雨の日に外を出歩くとき、自分が雨に濡れないようにする道具だ」
そう言ってジュンは傘を手に取り、自分の上に持ち上げた。
「こうすれば、雨には濡れないし、晴れているときはこうやって畳むこともできる」
ジュンが実演すると、ユキは目を輝かせながら「すごいですね」と呟いた。
というか、傘が無いのならユキの世界では雨の日に出歩くときはどうしていたのだろうか。
ユキの反応からすると「雨の日でも関係なく普通に外を歩いていました」とか言われそうなので、聞くのはやめておくが。
「これって、水や砂を入れてもこぼれませんよね?」
ユキが目をつけていたのは、雨具としての性能ではなく、ビニール素材の方だったらしい。
まさか雨具に水を貯めようとは思ってもおらず、ユキの斜め上の発想にジュンは苦笑した。
「まあ、そうだな。穴も開いていないし、できなくもないと思うぞ。ただ、この骨組みはそんなに強くないから、あまり重くしない方が良いとは思うけど」
「それは直接透明の部分を持ってあげればいいんじゃないですか?」
「まあ、確かにそうだが……」
結局、手頃な木の板を一枚選んだあと、この傘も拠点に持ち帰ることになったのだった。
「エリーナさん、お待たせしました」
ユキとジュンの二人で、2メートル四方の木の板と、その上に乗せた傘を洞窟まで運んできた。
「ユキ、木の上に置いてある透明のものは何なの?」
「これは傘といって、砂浜の砂を運ぶのに良いんじゃないかと思って持ってきました」
もはや雨具と言ってもらえない傘さん、ご愁傷様です。
「確かに穴とかも開いていないし、これなら砂も運べそうね。日が暮れないうちに運んじゃいましょうか。扉もあるし、今度は洞窟の見張りをしなくてもいいわね?」
今回もエリーナだけ別行動にする気はもとからなかった。
そんなことをしたらさすがにエリーナがかわいそうだし。
もし次に何かがあれば、今度はジュンが名乗りを上げようと思っていた。
ユキも何かを察したのか、うんうんと頷く。
「そうですね。今度はみんなで砂浜に行きましょう」
結果、何事もなく砂運びが終わり、柔らかい寝床を獲得することに成功した。
木の枝で補強したため傘の骨が折れることもなかったし、ビニールが破けることもなかった。
途中で日が暮れて魔物に襲われることも、途中で誰かが転んで砂を頭からかぶることもなかった。
何事も、無事が一番である。
というわけで、今日一日を使って洞窟を拠点化することに成功したわけだ。
入り口は木の板で蓋をして、中が見えないようにした。
とは言っても真っ暗になってしまっては不便なので、適度に木の板に穴を空けて窓をつけたのだが。
そして、寝床もしっかりと整備された。
昨日の足つぼマッサージシートの上で寝るような寝心地とはおさらばだ。
とは言ってもジュンはその時、意識を失っていたのでほとんど覚えていないのだが。
そんなわけで、夜である。
夕食のゴブリンの焼肉を食べ終わり、日が暮れて、窓の外からは星空が見えるようになっていた。
そんな窓の外を眺めているジュンの背中を、エリーナがつついて注意を向ける。
「ジュン、信じてるわよ」
「え、どういう……?」
「いや、だから……。なんというか、男と女が一緒に寝るわけじゃない? そしたら、さあ……」
「あ、そういう。俺、そんな勇気も甲斐性もないから心配しなくていいよ。
それでは聞いて下さい。大丈夫だ、問題ない」
「それ、ダメなやつじゃない……」
エリーナが苦笑する反面、ジュンはネタが通じたことに感動していた。
「高校生」や「傘」が伝わらないのに「大丈夫だ、問題ない」が通じたのは謎ではあるが、深くは考えないでおこう。
もしかしたら「ここは俺に任せて先に行け!」とか「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」とかも通じるかもしれないと思うと、これはもう夢がひろがりんぐ。
ふとユキの方を見ると、顔を真っ赤にして俯いていたのが見えた。




