13 はじめてのともだち
洞窟にゴブリン肉とゴブリンアクスを運び込み終わったころ、仮眠をとっていたエリーナも起きていた。
全員が揃ったところで、ユキが言う。
「やっぱり、見知らぬ場所を探索するためには、拠点が必要ですよね」
生活の基本となるのは、衣食住。
衣で言うならば、どういうわけか服が汚れないので着替える必要がないらしい。ゴブリンの返り血も服についていないし、汗臭いわけでもないから問題ないということにしている。
ジュンは学校の制服を、エリーナは白いドレスを、ユキは革の防具をそれぞれ着ているが、衣服に関しての問題は今のところ起きていない。
食事に関しては、先ほどゴブリン肉を大量に仕入れたので、栄養バランスは偏るかもしれないが、飢えて死ぬことは無いだろう。その気になれば木の実の採集をしてもよい。
ということで、問題は住居である。
ジュンからしてみれば、この洞窟を拠点にして問題ないと思っていたのだが。
「この洞窟を拠点にしていいんじゃないか? 何かダメなところでもあるのか?」
「いえ、私もこの洞窟で大丈夫だと思います。ただ、中のものが丸見えだと魔物に狙われるかもしれないので、整備をしなければいけないと思っていました」
「確かに、岩でできたボコボコの地面で寝るのも嫌だし、そこら辺の整備もした方が良いわね」
エリーナの言う通り、寝心地というものも最悪だった。
足裏マッサージシートの上で寝ているかのような……と言えばわかりやすいだろうか。
「そしたら、洞窟の中には海辺のサラサラした砂を敷き詰めるとかどうかな?」
ジュンが提案すると、ユキは首肯する。
「良いと思います。あとは、海辺に打ち上げられた難破船の廃材を使って、洞窟のドアを作るのはどうでしょう?」
ゴブリンアクスで森の木を切って扉を作るよりは、かなり現実的ではないだろうか。
洞窟の入り口は直径2メートルくらいなので、ちょうどいい廃材もあるかもしれない。
とは言っても、蝶番のようなものがあるとは限らないので、かなり簡易的な扉になるだろうが。
ユキの提案にジュンが頷いているのを見て、エリーナがさっそく立ち上がった。
「そうと決まれば、即行動ですわね。暗くなる前に終わらせてしまいましょう」
それを合図にユキとジュンも立ち上がったが、何かを思い出したのかジュンが立ち止まる。
「あ、エリーナは洞窟で見張りな。食糧を魔物に奪われたら困るし」
「なんで私なのよ?! ユキでもジュンでもいいじゃない!」
「いや、重いものを運ぶんだろうから男手が必要かなって思って。あと、拠点作りは冒険者をやってたユキが得意なんじゃないかと思って。ってなると、エリーナしかいないわけ」
「うっ……」
「あとは、エリーナが一番、洞窟を守ることを考えたら強そうだなって。ユキは後衛タイプだから一人で戦うのは向いてないだろうし、俺は戦闘に関しては素人だ。その面エリーナはそういう訓練もしてきたって言ってたし、ここにゴブリンアクスもあるから武器には困らないだろうし。そう考えるとエリーナが適任じゃないか?」
「ま、まあそう言うことなら仕方ないわ。早めに帰ってきなさいよ」
「善処する。エリーナの方も、頼りにしてるぞ。ってことで、ユキ、行こうぜ」
「は、はい!」
というわけでユキとジュンは、今日も陽の光が容赦なく照り付ける海辺の砂浜に来ていた。
もしこんな場所が地球にあったのならばビーチとして賑わっているのだろうと思うような綺麗な景色だ。
「さっそく、洞窟の扉から作りましょうか。さすがに長い間エリーナさんを放置するわけにもいきませんので」
「そうだな。何かちょうどいい廃材で心当たりでもあるのか?」
「はい。私がエリーナさんと会う前に適当に海辺を歩いていた時に、大きめの船の瓦礫を見つけました。たぶん、あれがちょうどいいと思います」
そう言ってユキが歩き出したので、ジュンも後をついて行く。
ジュンが一人で探索した方向とは逆の方向に、二人で進んでいく。
青い空、青い海、白い雲。そんな中で、眩しく煌めく砂の上に足跡をつけていく。
しばらく黙ったままで歩いていたが、沈黙に耐えられなくなってジュンがユキに尋ねる。
「そういや、ユキはどうやってここに来たんだ?」
それを聞いたユキが少し暗い顔をしたのを見て慌ててジュンは「嫌なことを思い出させちゃったならごめん」と謝る。
ユキは首を横に振り「謝る必要は無いです」と示しながらも、どこか寂しそうな表情を浮かべているような気がした。
「いきなり黒っぽい空間が現れて、そこに吸い込まれたとしか……すみません。ちょっと、心の準備ができてなくて、これ以上は……いつか話したいとは思っているんですけど……」
そう言ってユキはため息をつく。
何か、よくないことを経験したのはユキの様子を見れば明らかだが、それを無理に暴き立てようとするのは下策だろう。
こればかりはジュンの問題ではなくユキ個人の問題だ。
すぐにでも手を差し伸べてあげたいと思ってしまうが、こういう類のもので急ぐのは禁物だ。じっくりと時間をかけて向き合って、初めて解決するものだ。
いつか、ユキのタイミングで話してくれれば、その時には相談に乗りたいと思う。
「ってことは、ユキも黒い歪みに吸い込まれたってことか。俺もそうだったから、エリーナもたぶんそうなんだろうな」
「ところで、ジュン君はここに来るまでどういうことがあったんですか? 差し障りのない程度でいいので……」
「うーん、多分、ユキが思っているほど壮絶な人生は送ってないと思うな。学校帰りに仲のいい幼馴染と歩いてたらいきなり黒い歪みが現れて吸い込まれただけだし。それで気づいたらここに来ていたわけだし……」
そういえばカノンは元気でやっているだろうか。
あの場所から緑丘ジュンという一人の人間が消えたわけだけど、周囲ではどうなっているだろうか。
カノン以外に仲のいい友達もいなかったので、それほど変わりなく日々が進んでいるのかもしれない。
両親には心配をかけてしまっているだろうが。
「私には仲の良い人間がいなかったので、ちょっとうらやましいです」
やはり、その言葉を聞くと、ユキの過去が凄絶なものであったことが想像できる。
先程、寂しそうな顔をしていたように感じたのは、気のせいではないのかもしれない。
ユキは全く悪い人には見えないのに、なぜ友人ができなかったのだろうか。
「……あの、ジュン君?」
「どうした?」
「できれば、でいいんですけど……私の友達になってほしいな、なんて……。こういうの初めてなんで、どうしたらいいのか分からなくて……」
「ん? そんなことなら全然構わないけど」
「ありがとうございます!」
さっきの暗い顔が嘘のように、そこには満面の笑みを浮かべたユキがいた。




