11 知らない天井
……知らない天井だ。
ジュンが目を覚ますと、真っ先に目に入ってきたのは岩を切り出したようなごつごつとした天井だった。
ジュンが寝転がっているのは、これまたごつごつとした岩の地面で、長時間寝転がっていたのか身体が痛い。
こういう時に柔らかい布団やベッドが恋しくなるのだが、それを言っても仕方がない。
針の筵の上で寝転がっていなかっただけよかったとしよう。
それよりも、ここはどこだろうか。
もしかして、また転移したのだろうか。
一度目はカノンを助けようとして黒い歪みに飲み込まれて異世界転移し、二度目はエリーナとユキを助けようとして気を失ってまた転移した。
うん。ありそうで怖い。
まずは周りの様子を見てみないとな。
そう思って右の方を見たら、白いドレスを着た見慣れた人影が見えた。
「ジュン? ジュン!」
エリーナが飛ぶような勢いでこっちに来る。
ということは、少なくとも一人だけで転移したっていう線はなくなったわけだ。
というか……あれ? ちょっと泣いてる?
「呼んだか?」
「間違いじゃないわよね? 生きてるのね?!」
「そりゃ、生きてるけど」
「よかった……! よかったわ!」
そう言いながらエリーナは寝転がったままの俺に抱き着いてきた。
ぎゅっと、ぎゅーっと抱きしめながら、よかった、よかった、と繰り返しながら泣き笑いしていた。
というか、あの、胸が当たってるんですけど。
経験がない身としてはやっぱり気になっちゃうわけで……。
いや、そんなこと言うのは野暮だから言わないけどさ。
感動シーンをぶち壊しちゃうのもよくないしね。
ともかく、こういう時はきっと、そっと抱き返してあげればいいんだよね?
「心配したんだからね! あんなに一人で無茶しちゃって! 見捨てて逃げてよかったのに!」
「いや、見捨てないから! だってさ、俺たち仲間だろ?」
「なかま、なの……?」
「そうだよ。助け合って、相談して、この異世界から脱出しようと誓った、かけがえのない大切な仲間じゃないか」
やばい。自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
慣れないことは言うべきじゃないな。
「私なんか、みんなの足を引っ張ってるだけなのに……」
うーん、そんなこと無いと思うんだけどな。
エリーナがいるからこそ人間関係が上手く回っているんだと思うし。
あの時「敬語使うのやめましょう」ってエリーナが言っていなければ、今頃はギスギス無人島攻略が繰り広げられていただろうし。
というか、なんでエリーナが足を引っ張っているとか言うんだ?
ということで、昨日のハイライトを振り返ってみましょう。
オークと遭遇してエリーナが叫んじゃった結果見つかって逃げて、エリーナがお腹空いたってことで木の実を集めていたらゴブリンと戦うことになって……あ、これは気にするわ。
「そんなに思い悩む必要は無いと思うけどな。むしろ俺は助かってるよ。エリーナのおかげでみんな仲良くやれているんだろうし」
「そう、よね。私、いらない子じゃないわよね……? ここにいても良いわよね……?」
「もちろんだよ」と言うかわりに頷いて、エリーナをぎゅっと抱きしめた。
「よかった……! ありがとう……!」と声を漏らしながら、エリーナの方も俺をぎゅっと抱きしめていた。
互いの身体の温もりを感じながら、時間が過ぎていった。
岩の上に寝転がっていて背中が痛かったけれど、不思議とそれは気にならなかった。
「エリーナさん? ジュン君?」
後ろから声がしたので振り返ってみると、寝起きなのか目をこすっているユキが見えた。
同時に、慌てたようにエリーナが俺から距離を取った。
「ジ、ジュン! ユキのおかげで、怪我が治ってるんだからね! ユキにも感謝しなさいよ!」
顔を真っ赤にして慌てているエリーナ。露骨に話を逸らしているのがまるわかりだ。
そこまでするほど、先程の場面をユキに見せるのが恥ずかしかったのだろうか?
いや、うーん。恥ずかしいかもな。
しかし、寝ぼけているのか、何のことかあまり理解していないように見えるユキ。
まあ、わざわざ説明することでもないし、さっきの件に関して俺からは黙っておこう。
というか、言われてみれば確かに、ゴブリン戦であれだけ傷を負ったはずの身体に、どこも痛みを感じていない。
何ヵ所もゴブリンアクスで殴られ切られたはずなのに、全て治っている。
自己紹介の時にユキは回復魔法が得意だと言っていた。
きっと、夜遅くまでユキが回復魔法をかけてくれていたのだろう。
「ユキも、ありがとう。きっと、回復魔法をかけてくれたんだろ? 傷が多くて大変だっただろうに」
そう言うと、ユキは少しだけ照れたように顔を赤らめた。
「ちゃんと治っててよかったです。……実は、何回も失敗しちゃって、おまけに魔力切れになってそのまま寝ちゃったので、エリーナさんには洞窟の見張りをずっとやらせてしまったんですけどね……。不甲斐ない限りです……」
きっと、難しい回復魔法を頑張ってかけてくれたのだろう。
それがなければ、ゴブリン戦で負った多くの傷は致命傷になり得たであろう。
ユキのおかげで今の俺があると言っても良い。感謝しないとな。
「ん? ちょっと待てよ? もしかして、エリーナ、徹夜してたの?」
「ま、まあ、気にするほどのことじゃないわ」
よく見てみると、目の下にクマができていた。
確かに言われてみれば、少し疲れた顔をしている気もする。
現代日本で過ごしていたジュンからしてみれば、夜には照明で明るくして遅くまで夜更かしすることに何の抵抗も無いのだが、エリーナも同じ事情とは限らない。
むしろ、科学が発展していない世界で、日の入りとともに寝て日の出とともに起きる生活をしていたかもしれないし、もしそうだとすると徹夜はかなり辛かっただろう。
そもそも、何も時間をつぶすものがない状態で、一人で夜の見張りをするのはかなり暇を持て余し、疲労も溜まっていったことだろう。
「エリーナも、お疲れ様だな」
ジュンがそう言うとエリーナが苦笑した辺り、本当に疲れているのであろう。
エリーナが一日探索をサボってもバチは当たるまい。
「それでは、ジュン君。昨日の戦利品回収に行きましょうか」
「そうだな」
「私も行くわ」
「いえ、無理は禁物です。ジュン君の言う通り、エリーナさんは洞窟で休んでいてください。私たちもそれほど遠くへ行くわけではないので、見張りもいらないでしょうし」
エリーナは何やら不満そうな顔だったが、やはり疲労には勝てなかったのか何も言わなかった。
ユキが洞窟の外へ歩いて行ったので、ジュンは「留守番よろしく」とエリーナに言い残して洞窟を出る。
洞窟の外に出ると、ちょうど朝日が昇ってくるころだった。
目の前には草原が広がり、ところどころに木が生えているような、森の一歩手前の場所。
明るい自然の景色が広がっていた。
サバイバル、二日目の開幕である。




