10 ヒーロー
「うらああああああああああああ!」
ジュンは、咆哮するかのように叫ぶ。
そうして気合を入れ、近くにいた、倒れたユキに群がるゴブリンの方へ突っ込んでいく。
幼き日の誓いを想起し、ジュンは何かが吹っ切れたように感じていた。
気づけば、ジュンの手にはゴブリンアクスが握られていた。
倒れ伏したゴブリンから、無意識のうちに奪い取っていたに違いない。
夜の、光がほとんど届かない森の中。
世界の色が不鮮明に見える、夜の闇。
敵は、ユキとエリーナの周りに集るゴブリンの群れ。
ジュンは、ただそのゴブリンを狩ればいい。
猛然と駆けてくるジュンを見て、ぎょっとした態度で一匹のゴブリンが振り向いたが、もう遅い。
「これでも喰らえッ!!!」
ジュンはゴブリンアクスを思いっきり振りかざす。
ゴブリンが慌ててゴブリンアクスで防ごうとするが、それが間に合わないうちにジュンの刃先がゴブリンの首元を捉える。
「Gyaaaaaaaa!」
断末魔の叫びを上げて、ゴブリンはその場に倒れ伏す。
それと同時に、すべてのゴブリンが一斉にジュンの方に視線を向ける。
次の瞬間、一斉にゴブリンがジュンの方に向かってきた。
ゴブリンの大群が、斧を掲げて迫ってくる。
そのほうが、ジュンはユキやエリーナを気にせずに立ち回れるぶん都合が良かった。
ただ、そうなると一気に複数のゴブリンを相手にしなければいけなくなる。
「おらあッ!」
ジュンは先頭を走るゴブリンに向かって、力任せにゴブリンアクスを振りかざす。
ゴブリンもそれを手に持った斧で防ごうとする。
ガツン、と鈍い音が鳴り、ゴブリンの得物のほうが根本から折れる。
ジュンは、得物が使えなくなり一瞬動揺したゴブリンへさらなる一撃を加える。
「Gugya...」
ジュンの一撃はゴブリンの胸のあたりに決まり、ゴブリンは呻きながら倒れる。
しかし、ゴブリンは一体だけではない。
次のゴブリンに向かってゴブリンアクスを振りかざそうとしたとき、背中から鈍い痛みが走った。
振り向きざまに斧を振りかざすが、それがゴブリンの斧とぶつかる。
無理な体勢でゴブリンアクスを振ったためあまり力が入らず、ゴブリンの力と拮抗して動きが止まる。
また別のゴブリンから左肩を抉られるが、痛みを無視して正面のゴブリンへ蹴りを入れる。
蹴りが腹にクリティカルヒットしたゴブリンは倒れ、別のゴブリンの踏み台にされる。
ゴブリンは仲間が倒されても構わずに突撃してくる。
ジュンの右から、左から、前から、後ろから。
ジュンが正面のゴブリンへ斧を振りかざすと、後ろのゴブリンがジュンに攻撃を与える。
振り返って後ろのゴブリンを狙うと、左右から斧が飛んでくる。
ジュンが回転しながらゴブリンアクスを横に薙ぐと、一匹のゴブリンと力が拮抗し他の方向から袋叩きにされる。
ジュンがゴブリンアクスを振りかざし、一匹のゴブリンが倒れ、反対方向からのゴブリンに攻撃される。
ゴブリンが少しずつ減ると同時に、ジュンの身体に生傷が増えていった。
体中で鈍い痛みがするが、身体にどろっとした液体が滴る感覚がするが、すべて無視。
すべて無視して、薙いで、薙いで、また薙いで。
気づけば、ゴブリンは残り3匹まで減っていた。
地面は、倒れたゴブリンで埋め尽くされている。
最後のひと踏ん張りだと心を奮起させ、正面のゴブリンに向かいゴブリンアクスを振るう。
その斬撃はゴブリンの持つ斧に受け止められ、これまでと同様に力が拮抗して蹴りを放たなければならないと思った、その時。
バキッ!
ジュンの持つゴブリンアクスが、根本から折れた。
持ち手を残して、斧は吹っ飛んでいき夜の闇に消えた。
それもそのはず、先程までずっと、技術もなしに力任せに振り回していれば、普通の斧でも壊れても無理はない。
ましてや、ゴブリン用に肉抜きされて強度が落ちたゴブリンアクスならば。
いきなりの出来事に、ジュンは一瞬、動きが止まってしまう。
そうでなくても、武器を失ったジュンにはゴブリンの攻撃を防ぐ手段はない。
今がチャンスだと考えたのか、生き残っている3匹のゴブリンが一斉にゴブリンアクスを振り上げた。
直後、全身に鈍痛が走る。
肩から、腹から、腕から、赤い液体がこぼれ落ちる。
あまりの痛みに、その場に倒れ込みそうになる。
意識を手放してしまいそうになる。
それでも。
『ぼくは、大切な人を守るヒーローになるんだ』
幼き日の、カノンとの約束。
ジュンの原点とも言える、覚えている中で、最初の約束。
すぐ近くには、命を賭して守ろうとしている、地面に伏せた仲間たち。
そして、目の前には敵たるゴブリン、3匹。
勝てば、エリーナを、ユキを、守ることができる。
大切な人を守るヒーローになれる。
だが、負ければ、すべて終わる。
何もかもを、失ってしまう。
そんな勝負、負けを認められるはずがない。
無様に倒れるなんて、できるはずがない。
だから。
「まだ、終われねえんだよッ!」
もう一度ジュンに斬撃を加えようとゴブリンアクスを振りかぶったゴブリンのうち、正面の一匹に向かい突撃する。
ぎょっとしてゴブリンの動きが一瞬止まったその隙に、ゴブリンの顔面めがけて刃先のなくなった斧の持ち手をメイスのように振り抜いた。
ゴブリンアクスを振りかぶった状態から急いで防御しようとするも、もう既に時は遅い。
斧の持ち手がゴブリンの顎のあたりに当たり、崩れ落ちるように倒れる。
そして、1対2。
ジュンの右と左にゴブリンが一匹ずつ。
示し合わせたかのように、同時にゴブリンが襲いかかってきた。
さすがに、この状態で更にダメージを負うと、いつ体が動かなくなってしまうかわからない。
いつ、致命傷を負ってしまうかわからない。
しかし、今までずっと、挟み撃ちにされてはどちらかの攻撃を受ける、そういう戦いをしていた。
ダメージを受けたくて受けたことなんて一度もない。
ただ実力的に、それ以上の戦いはできなかったから。
そして、その戦い方を続けたら、きっと負ける。
次の一撃が致命傷になりそうな気がする。
ジュンは、そんな予感がしていた。
だから、ジュンは賭けた。
ゴブリンアクスを振り上げて、ゴブリンがこちらに走る。
それをできるだけ引きつけて、恐怖を我慢して引きつけて。
そして――今だ。
右から襲いかかってくるゴブリンに向けて、刃先のなくなった斧を力の限りに投げ飛ばす。
これが当たれば、ゴブリンはきっと倒せるだろう。
当たらなくても、怯んで左右の攻撃のタイミングをずらすことができるなら――勝つか負けるかは運次第だ。
だが、何事もなくゴブリンが突っ込んできたら、間違いなくゴブリンから止めの一撃を食らうだろう。
ゴブリンを出来る限り引きつけたのは、命中率を少しでも上げるため。
ゴブリンが避ける確率を少しでも下げるため。
賽は投げられた。
あとは、成功を願うだけだ。
そしてジュンは、その方向から背を向け、左から襲いかかってくるゴブリンに向かって駆ける。
ゴブリンが、斧を大上段に振りかぶりながら走ってくる。
ジュンも、右手の拳を握り、狙いを定めながら走る。
もともと、さほど距離が離れていなかったために、瞬く間に射程圏内までお互いが迫る。
ゴブリンがジュンに向かって斧を振り下ろし、ジュンはゴブリンの腹に向かって殴りかかる。
「うらああぁぁぁぁぁぁあ!」
「Gyaaaaaaaaa!」
暗い森の中に、2つの叫び声が響く。
同時に、斬撃と、殴打が交わる。
先程の叫び声の代わりに、鈍い音が夜の森に響き、直後、静寂が訪れる。
そして。
――ドサッ。
後方で、ゴブリンが崩れ落ちる音がする。
その音を聞きながら、ジュンも倒れ、意識を失った。




