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01 ユガんだ世界の物語

よろしくお願いします



「また明日ねー」


「じゃあねー」


 放課後。

 いつも通っている高校の校門の前で。

 緑丘みどりおかジュンは、下校ラッシュの喧騒をなんとなく聞き流しながら、一人の少女を待っていた。


 時刻は5時。

 普段であれば、橙色の夕日が空に浮かんでいる頃だが、今日の空は厚い雲に覆われ、陽が沈んだのかどうかも分からないような天候だった。

 ジュンがぼんやりと空を見上げていると、顔に一滴の雨粒が落ちた。


「あー、傘持ってくるの忘れた。そういや天気予報じゃ雨だったよな……」


 昨晩テレビで見た、自分の住んでいる地域が斜めの傘で塗りつぶされた天気予報を思い出し、今更ながらに後悔する。


 天気予報では、夜にかけて雨が降ると言っていた。

 ということは、これから雨が強くなるというわけで。

 雨具を持っていないジュンは当然、制服ごとずぶ濡れになるわけで。

 待ち合わせている少女が早く来ないかと切に願っていた。


 別に、その少女と相合い傘をするためにわざと雨具を忘れたとか、そんなことは一切ない。

 人生に一度くらい、異性と相合い傘、という青春を味わってみたいとか思ったことは、一切ない。

 ただ、ちょっとだけ脳裏にその光景が浮かんでしまったというだけで。

 そういう狙いがあったわけではなく、あくまでも今思いついたというだけで。


「おまたせー! 待った?」


「いや、全然。カップ麺作れるくらいの時間しか待ってないよ」


「え、カップ麺って6000度のお湯を入れたら3秒で出来るんじゃなかったっけ?」


「20度の水入れたら普段の5倍の時間がかかるって? ……ってか6000度の水どこで用意するんだよ、太陽かよ」


 まあ、いつも通りである。


 ジュンが待っていたのは、天音あまねカノン。

 肩にかからない長さで、先端が丸みを帯びているショートボブの黒髪。

 背丈は少し低めで、小動物系というような見た目の、よく笑う少女。

 まあ、一言で言うと、幼馴染ってやつだ。


「あれ? ジュン君、傘は?」


 帰りの道を歩き始めたその時、ぽつぽつと、本格的に雨が降り出してきた。


「あいつ、雨が降るって知りながら勝手に家に帰りやがって…………嘘です、忘れました。傘に入れてくれたら嬉しいです」


「えー、いやだ!」


「ちょっとだけでいいんで。むしろ俺に傘を貸してカノンが雨に打たれても誰も文句言わないし……」


「そんなわがままいう奴は傘に入れてあげませーん!」


 と言いつつもジュンに歩み寄る、カノン。

 そのまま傘を開き、ジュンの頭の上に持ち上げ、相合傘のような状態になる。

 なんだかんだでカノンは優しいんだよな。なんでモテないんだろ。


「あれ? ちょっと待って」


 唐突に、カノンが立ち止まってアスファルトに立つ電柱の方を指さした。

 別に、何もおかしなところは……


「あれ、何だよ……」


 雨で濡れた見慣れた下校路に、その空中に、歪みのようなものが浮いていた。

 空気と同化した黒の半透明のスライムのようなものが、視線の先に浮いていた。


 目の錯覚と考えるにしては、明らかにおかしい。

 よくある目の錯覚アートのような補助線もないし、空間がねじ曲がって見える現象なんていうのも聞いたことがない。


 空間が黒ずんで歪んでいるかのような。

 そんな現象が……大きくなり、近づいてくる。

 自分たちの方へと、ゆっくりと。


「とにかく逃げるぞ!」


 咄嗟にカノンの手首の辺りを掴み、駆けた。

 間違いなく“あれ”は危険であると、本能が警鐘を鳴らしていた。


 空間が歪曲した場所が、光を吸い込むような黒い色に変わり始めた。

 空中に浮かぶ黒い何かが、少しずつ大きさを増していって――


「こっちに向かってくる! どうしよう!」


 後ろから叫び声が聞こえ、走りながらそちらを向くと、先程よりも速く、黒ずんだ歪みがこちらに向かって伸びてきている。

 その速度は、亀が車に追い回されているような、それほどの差があった。

 とても逃げ切れるような速度ではないが、しかし、逃げる以外にとるべき手段もなかった。


「とりあえず傘は放置! もっと走って!」


 叫び返しながら、カノンを引く手に力を入れる。

 少しでも速く、遠くへ。

 あわよくば、黒い歪みから逃げ出せるように。


 そして、言われたとおりにカノンが傘から手を放すと、風に揺られた後、傘は歪みの中に吸い込まれた。


 吸い込まれて、消えた。

 それが意味するところとは――




 あ。



 やばい。



 やばいやばいやばいやばい!!!



 走らなきゃ。もっと速く、もっと遠く!

 何かの間違いであってくれ!

 夢オチであってくれ!


 そう念じても、何も変わらず、ただ、全速力でカノンの手を引いて――




「きゃっ!」


 叫び声とともに、手を引く感覚がなくなった。

 反射的にジュンが振り向くのと、ドサッという音が後ろから聞こえたのはほとんど同時だった。


 そう。

 カノンが、転んでいた。

 力任せに手を引いたせいで、カノンの足がもつれて、転倒してしまった……



 二人の足が、いったん止まる……



 しかし、魔の手はどんどん迫ってきて――




「あぶないッ!」


 ジュンは、全力で、地面を蹴り出していた。

 脊髄反射で、カノンの前へ、黒い歪みから守るように動いていた。


 そして、次の瞬間――




「ジュン君!」






――目の前が、真っ暗になった。











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