9.試験
「冒険者登録試験って、具体的に何をするんですか?」
ヘレナさんが試験の手続きと準備をしている間、私はルシファーさんに質問しました。
「うむ、内容は簡単じゃ。ギルドの試験官と戦えば良い。勝てば無論合格じゃがここの試験官はやたら強い事で有名でな。腕前はA級に匹敵すると言われておる。」
ミスラさんの話では、試験の内容で登録時の級が決定するそうです。基本ランクはF~Sに分かれており、S級ともなればこの世界に30人も居ないそうです。
ちなみにルシファーさんは規格外の強さ故に特別措置でSSS級で登録されているらしいのですが、現在SSS級登録されているのはルシファーさんの他に"勇者"と呼ばれる方だけなのだとか。
「ただ今回の試験は特別じゃ。なんせ余が試験官としてお主の相手をするからの」
「ルシファーさんが?」
「うむ。そして今回はルールも変えるぞ。お互い腰の後ろにリボンを付けるのじゃ。そして相手のリボンを引っこ抜いた方の勝ちである」
「なんか子供の遊びみたいな試験ですね……」
「余とお主が魔法なんぞ使ってかち合えばあたり一帯が壊れかねんからな。試験官も死ぬには惜しい若さじゃし」
「わ、私そんな簡単に人を殺したりしませんよっ」
「万が一じゃよ、万が一。」
ルシファーさんは私にウインクをしました。とても不本意ですが、確かに人間の試験官相手に力の調整を間違えでもしたらいくら強い人と言っても大惨事になってしまうのは事実です。
その点ルシファーさんならそう簡単に攻撃は当たらないはずですし、むしろ経験や勝負勘とかの差で私の方が負けてしまうんじゃ無いかとも思えました。ルシファーさんの実力は私にとって未知数ですが、SSSを名乗るくらいですし、驚異的な力を持っていることだけは確信できます。
「分かりました。ルシファーさん、よろしくお願いしますね」
「うむ。試験はお互い全力で臨もうぞ」
「はい! ……ん? 本気?」
「あ、お主は1割くらいの力で頼むぞ……余はまだ死にたくないのじゃ」
「いくらなんでも大袈裟ですよ! それじゃ私絶対負けちゃいます!」
「大袈裟では無いわ! 良いか! 絶対に本気を出すなよ! 絶対じゃぞ!! 良・い・な!!!」
「は、はいぃっ!!」
怒ってるのか怯えてるのか分からないルシファーさんに、有無を言わさず逆八百長を約束させられてしまいました。本当に大丈夫なんでしょうか。急に不安になってきます……
試験についての打ち合わせが済んだ頃、ちょうど準備を終わらせたヘレナさんがやってきました。
どうやらギルド横の試験会場へ移動するようです。私達は早速試験会場へ移動するのでした。
◆闘技場◆
「な、なんでこんなに人が……」
試験会場に来てみれば、何故か冒険者の方々がたくさん観客席に座っていました。試験会場として使われているのは"コロッセウム"という闘技場だそうです。天井の無いドーム状の建物の中心が試合会場で、その周囲を囲むように観客席が並んでいます。
私はてっきり判定員とギルドのお偉いさんくらいしか来ないのかと思っていましたが、どういう訳か観客席がかなりの人でごった返しています。
「大方、余が試験官を変わって出たから物珍しさに見物にでも来たんじゃろ」
「あぁ、そういう……」
いきなり大衆の目に晒されるなんて、今までの人生で初めての体験です。緊張で手が震えてきたのが分かります。
「ルシファーさんが代行で試験官をするなんてどういう風の吹き回しだ?」
「それに相手の女の子、まだ年端もいかないじゃないか。格好もとても冒険者志望とは思えない」
「あんなガキに冒険者なんて無理だろ……」
「いや、わざわざルシファーさんが出てくるくらいだぞ、何かあるに違いない」
うぅ、見られてます、注目されてます……何だってこんな目に合わないといけないのでしょう……
苦し紛れに私が手のひらに「人」という字を書いて飲み込んでいる間に、ヘレナさんが闘技場中央まで来ました。私とルシファーさんは中央で向かい合うように立っています。お互いの腰には可愛らしいピンクのリボンが結ばれており、試験ではこれを相手より先に引っこ抜いたら勝ちです。
「試験中は攻撃魔法の使用を禁止します。防御魔法及び補助魔法、スキルについては、相手に直接害を及ぼすもので無ければ有効とします。また、相手に怪我を負わせた場合はその時点で資格剥奪となりますのでご注意頂きますように。見届け人はこのヘレナが責任を持って務めさせて頂きます」
「ということじゃ。バカ正直に攻めるだけじゃなく、色々考えて意表を突くことも考えるのじゃぞ」
「な、なるほど……分かりました」
「ではお二方、準備はよろしいですか?」
「うむ。いつでも良いぞ」
「私も大丈夫ですっ」
「分かりました。では……試験開始ッ!」
ヘレナさんがステージの端に移動して旗を振るのと同時に、ルシファーさんが背中の羽を羽ばたかせて空中に舞い上がります。そしてやや身体を前方に傾けると、それはもう凄いスピードで縦横無尽に飛び回り始めました。
「は、はえぇ!」
「ルシファーさん、本気だ!!」
観客は最初からブーストをかけるルシファーさんに驚きを隠せないようで、驚愕の声や歓声が上がります。
「先手必勝じゃ!!」
私の背後に回り込んだルシファーさんが腰のリボン目掛けて飛び込んできました。確かに一般的な基準で見ればルシファーさんのスピードは残像すら残って見えるほど速いと思うのですが、それでも私はまだ余裕を持って捉えることができます。
私はリボンに掴みかかろうとしているルシファーさんの右手をいなして、カウンターとばかりに背後に回り込みます。しかし視界の外からルシファーさんの尻尾が私のリボンを狙って接近していることに気付き、慌ててバックステップで後方に下がりました。
一度距離を取った後、今度はこちらから仕掛けることにしました。まずは猛スピードでルシファーさんに接近して目の前まで迫ります。本気で走ると衝撃で会場に被害が出る可能性があったので、軽く走る感覚ですが。このスピードだとルシファーさんはまだ反応できるようで、紙一重で私の攻撃や飛び込みを躱していきます。
私が攻めあぐねていると、ルシファーさんの尻尾が予期せぬ方向から飛んでくるので、後退を余儀なくされます。
この攻防は一般人から見れば次元の違う世界が映ったことでしょう。一連の応酬を見た観客からはどよめきが上がっています。
「何だ今の……!? まるで目で追えなかったぞ……」
「あの女の子、一体何者だ!?」
「ルシファーさんもだがあの子、身のこなしがタダ者じゃねえ……!」
観客達の声をよそに、ルシファーさんはバックステップを踏む私の着地隙を狩ろうと更に追撃を仕掛けてきます。このままではステージ端に追い込まれてまずいことになりそうです。
隙を伺って脱出しようかと思い辺りを見回しましたが、私とルシファーさんを囲むようにドーム状の紫がかった透明の膜のようなものが覆っているのが見えました。
(これは……防御魔法で閉じ込められてる!?)
これには驚きです。防御壁と言えば普通、外側から自分に向かってくるものの干渉を防ぐものですが、逆も可能だとは。
「驚いたか? くくく、どんどん行くぞ!」
「くうっ」
ルシファーさんは攻撃の手を緩めることなく私の隙を容赦なく狙ってきます。辛うじて躱しますが、ついに防御壁の際まで追い詰められてしまいました。ルシファーさんがこの隙を逃さまいと全力で迫ってきます。
「追い詰めたぞ!!」
(やむ負えません……! こうなったら、少しだけ力を解放します!)
私は先程と比べてほんの少しだけギアを上げ、足を地面に押し込んで体制を無理やり変えることでルシファーさんの攻撃を受け止めました。が、その衝撃で私の足元に亀裂が入ります。
「ぬっ……!?」
リボンへの掴みをすかしたルシファーさんが体制を崩し私の胸にダイブする形で突っ込んできました。ルシファーさんのおでこが私の平らな胸にぶつかり、ルシファーさんが「あいたっ」と声を上げます。一瞬、この上なく悲しい気持ちになりました。
やり場の無い怒りを発散するように、ルシファーさんを両手で抱き締めて動きを封じたまま、右足で防御壁を蹴りあげます。
すると、防御壁はガラスのように砕かれあっけなく消失しました。
「むぐっ!?」
ルシファーさんが私の胸の中で驚きの声を上げます。まさか防御壁をこうも簡単に突破されるとは思っていなかったのでしょう。
(チャンス!!)
「そぉいっ!」
「な、なななんじゃあ!?」
私はルシファーさんを上空に向かって出来る限り加減して投げ出します。ルシファーさんはくるくる回りながら為す術もなく飛んで行きました。
「浮遊!!」
私は今までとっておいた浮遊スキルを使い、ルシファーさんですら捉えることが出来ないスピードで接近します。そして勢いそのまま、ルシファーさんが体制を持ち直す前にリボン目がけて手を伸ばします。
(取った…………ッ!?)
指先がルシファーさんのリボンに届くかと言うその時、視界の端で黒い影が動くのが見えました。またもやルシファーさんの尻尾が私のリボン目がけて飛んできたのです。
ここに来て速度を上げた尻尾と空中で攻防を繰り返します。しかもよく見ると、ルシファーさんのリボンには防御魔法がかけられており、手出しができない状態になっていました。何それずるいです!
「まだ……まだ終わらんのじゃ!」
「くっ……いい加減……諦めて……くださいッ!」
繰り返される応酬の中、私はついにルシファーさんの尻尾を掴むことができました。するとその瞬間……
「ひゃあああん!?」
「!?」
尻尾を握った途端、ルシファーさんの声とは思えない甘い嬌声が響きます。突然のことに私はもちろん、観客の皆さんもフリーズしてしまいます。
まさか、これはルシファーさんの弱点…!?
私は確かめるようにルシファーさんの尻尾を掴んでいる右手にほんの少しだけ力を込めます。
「ふっ!? あっ、ふぁぁあああ!!」
またもや上がる情けない声。これは効いてる!!
確信を持った私はここぞとばかりにルシファーさんの尻尾を両手でしごきあげました。ハート型になっている先端を揉みこんでみたり、根元を包んで前後に擦ってみたり。
「あっ、ふあ、やめ……! あぐ……ん……」
「こ、ここですか……? ここが良いんですか!?」
「ぐう……お、お主……ふぅん……いい加減に……あんっ!」
ルシファーさんのリボンの防御結界が段々と薄くなってきているのが分かります。恐らく弱点を攻撃されて集中力が保てないのでしょう。これは好機です。
一方の観客はと言うと、ルシファーさんのあられもない姿に言葉を失っています。ヘレナさんなんか両手で真っ赤な顔を覆ってはいますが、指の隙間からはしっかりと見開いた目が見えます。仕事熱心なことで……
「ふふっ……ルシファーさん、降参しますか……? それとも防御結界が崩れるまで、このまま尻尾を可愛がられますか?」
「あ、あん……だめぇ……しっぽは……しっぽはだめなのじゃあ……!!こうさんっ……こうさんするから………っ」
私は防御結界が解けたのを確認し、リボンを抜き取ります。そして息を切らしフラフラしているルシファーさんを抱きかかえ、ゆっくりと地上に降りて行くのでした。