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8.旅

「私……人を殺してしまいました……」


 ミスラさんがルシファーさんを自宅に招き、家に向かうその道中、私はおずおずとミスラさんに打ち明けました。


 自己防衛かつ、相手が殺したい程憎い(たぐい)の人種だったとは言え、本当に殺してしまう必要はなかったんじゃないかと思いました。それでも私が人の命を奪うという結果に至ったその動機は、強さからくる慢心だったと断言できます。


 とどのつまり、強くなって調子に乗ったということ。


 帰り道で考え、その結論に辿り着いた私はいたたまれなくなりました。心が未熟な人間が力を持つというのはそれ程恐ろしい事なんだ、と。


 ミスラさんなら私を叱ってくれる、もしくは行き過ぎた力を没収してくれるんじゃないかと期待し、私は道中でミスラさんに打ち明けました。


 そしてミスラさん達の返答はと言うと……


「気にしなくていいのよ? むしろ悪党はじゃんじゃん殺して欲しいわ〜」


「そうじゃぞ! ああいう輩は野放しにしておく方が罪だと思うのじゃ。余だって冒険者で無ければ先程の男なぞ消し飛ばしておるわ」



 私よりも好戦的でした……


 なんだろう、先程までの自分の悩みがすごく下らない事のような気がしてきました。

 いや、下らなくないですよね?私、正常ですよね!?


 ルシファーさんは元魔王だからともかく、ミスラさんが人の命に関してシビアな考えを持っているのは意外でした。

 殺すとかよりも、全ての命を平等に救うことを考えているのかと勝手に思っていましたが、案外そうでも無いようです。


「確かにアウネちゃんはまだ子供だからショックな事かも知れない。でも、この世界は思ったよりも理不尽に出来ているのよ。理不尽を跳ね除ける為には、非情にならなきゃいけない時もあるの」


「綺麗事だけじゃ、生きていけないのでしょうか……」


「今の世界じゃほぼ不可能じゃろう。まあ、仮にその綺麗事とやらを通すとしても、やはり力は必要じゃと思うがな」


「そうよアウネちゃん。それに深く考える必要はないわ。相手が貴女の命を脅かしてきた、だからアウネちゃんは自分の身を守った。結果はどうであれそれだけの事なのよ」


 アウネちゃんなら心配しなくても行き過ぎた力の使い方はしないはずよ、とミスラさんは私を信用してくれていました。


 その信用を裏切らない為にも、これからはもっと慎重に立ち回り、必要な時には躊躇しない決断力も必要になるでしょう。私の鉱石ハンターとしての力を狙う追っ手がいつ来るかも分かりませんし……


「ミスラさんは、私を蘇生させた時、同時に力を分けてくれたんですよね? もし、私が悪い考えを持っていて、力を悪用するような人間だったらって考えたりしなかったんですか?」


「そうねぇ……我ながら不思議だわ。アウネちゃんにはその時初めて会ったはずなのに、何故だかこの子は最大限守らなきゃって思ったし、信用してたの。……それに万が一でも大丈夫よ、アウネちゃんが悪い子だったらおしりペンペンお仕置きコースで良い子に教育してあげたんだから」


 ミスラさんは悪人顔で微笑みました。両手は撫で回すような怪しい動きをしていて、私は心底自分が悪人じゃ無くて良かったと思いました。





 それから程なく、ミスラさんの家に到着しました。お使いで買った食材を渡すと、ミスラさんはウキウキした様子でキッチンへとスキップで向かいます。ルシファーさんと久しぶりに会えてテンションが上がっているのでしょうか。はしゃいでるミスラさんも可愛いです。


 ミスラさんが腕によりをかけている間、私は自室にてルシファーさんとしばしお話をします。何度も断ったのですが、半ば強引にルシファーさんの膝の上に座らされ、話の最中ずっと頭をなでなでされてました。

 私はふやける頭で必死にルシファーさんにも自分の生い立ちを説明しました。


「そうか……なんと可哀想に。ミスラに拾われたのは偶然か運命か……してアウネよ、お主はこれからどうするつもりじゃ」


 ルシファーさんが真剣な面持ちで私に問いかけます。


「どうする……とは?」


「まさか、このままミスラの元で使いばかりして人生を過ごす訳ではあるまい」


「……考えたこと、無かったです」


「生き返った身とは言え、お主はまだ若い。ゆくゆくは母探しの旅に出るなり、賊や国へ報復するなり、その力で人を助けたりとも、それこそ人生とは無限の選択肢なのじゃ」


「……」


 私はとても悩みました。恐らく今の力があればどんな事にでも挑戦できるでしょう。ですが、ミスラさんに拾われてからというもの、ここの居心地がとても良いおかげもあってか、今後の身の振り方なんて全く考えていませんでした。

 いくら考えても、あての無いもしもの想像ばかりが頭を巡るだけです。


「私は……どうしたいんでしょう……」


「ふむ、お悩みのようじゃな。ではここは一つ、冒険者になってみらんか?」


「えっ、冒険者ですか?」


「そうじゃ。お主は幼いながらもたくさん旅をしてきたが、まだ外の世界について理解が深くないと見た。余と一緒に冒険者をし、世界への見聞を深めるのも良かろうと思ってな。世界を知れば自ずとやりたいことも見つかるやもしれんぞ」


「……本音は?」


「一人じゃと寂しいのじゃ! 仲間が欲しいのじゃ!!」


「ふふっ、なんですかそれ」


「……つい乗せられてしまったのじゃ」


「意外とお茶目なんですね、ルシファーさんって。でも、ありがとうございます。私なんかの為に考えてくれて……私今、凄く嬉しいです!」


 私は感謝の気持ちを込めてルシファーさんに向き直り、笑顔でお礼を言いました。

 ルシファーさんの頬がみるみるうちに赤くなります。


「う、うむ! 良きにはからうのじゃ! では早速ミスラに相談してこよう。そろそろ飯も出来上がるじゃろうからな」


「そうですね……ってうわぁ! ちょ、ちょっとルシファーさん! 下ろしてください……!」


 ルシファーさんが有無を言わさず私をお姫様抱っこして、そのまま降りていきます。


「くくく、会った時から思っておったがまこと愛い奴じゃの〜ミスラが肩入れするのも納得じゃなこれは」


「そ、そんなこと……あっ、ひゃあ」


 先程からかわれた仕返しとでも言うように、身体中をまさぐったりしてきます。

 私はぞくぞく感がくすぐったくて身をよじらせましたが、ルシファーさんにしっかりと抱きかかえられていた為、身動きが取れずにたっぷり堪能されてしまいました。


 一階に下り、まさぐりの様子をキッチンから恨めしそうに見ていたミスラさんと、肌をツヤツヤさせ大満足のルシファーさん、恐らく真っ赤になっているであろう顔で息を切らしている私がそれぞれテーブルに付き、晩御飯を食べます。


 その中で、ルシファーさんと私からミスラさんに冒険者の話を打ち出し、相談をしました。

 ルシファーさんが付き添ってくれるということもあり、ミスラさんはあっさり快諾してくれました。ミスラさんはルシファーさんの事をとても頼りにしていて、それでいて立場は違えど対等に話し合いもしています。この二人の信頼関係は見ていてとても心地が良いものです。


 その日は私の冒険者の旅立ちを記念して決起会という名目でどんちゃん騒ぎ。あっという間に夜は更けて行きました。





 私達は早速次の日の朝、ミスラさんに見送られ冒険者ギルドが存在する【レリューム街】という大きな町へ出向きました。

 冒険者登録の手続きと、登録試験を受ける為です。


 王都から離れた街であり私がお尋ね者だと知られてはいない様子でしたが、念の為、登録においては偽名を使うことにします。幸いなことに、冒険者登録の際はコードネームや通り名での登録が認められているそうです。


 私はルシファーさんと相談の結果、【フリル】と名乗ることにしました。名前の理由は、私の着ている衣装にフリルがあしらわれているからという単純なものです。


 今の私は金のラインが横向きに入った黒のミニスカートに、赤茶のシンプルなシューズ、白メインでリボンのワンポイントが左胸に入った長袖のトップス、そしてファー付きのフードをあしらえたピンクのシルクコートという軽装ですが、控えめなフリルのおかげでかなり少女らしく、そしてややふわふわな感じを演出してくれます。

 お母さん譲りのアクアブルーの髪はツインテールにして、これまたフリルのついたリボンで髪を留めます。

 こんなに可愛い格好ができるなんて、お洒落を教えてくれたミスラさんには感謝してもしきれません。着ているだけで頬が綻んでくるようです。ふふん。


「着いたぞ。ここがギルドじゃ」


「……人がすごいです」


 大世帯ということもあって、レリューム街は朝からたくさんの人で賑わっていました。人がごった返す露天商の通りを抜けてしばらく歩くと、ギルドが見えます。


 ギルドは、レンガ造りのいかつい建物です。大きな木枠の扉があり、その左右には門番と思われる男性の見張りが2人立っています。見張りは私達を見つけると、ルシファーさんに挨拶を交わしました。


「これはルシファーさん! お疲れ様です。そちらの子は?」


「今日はこの子を冒険者として登録しに来たのじゃ」


「え!? こんな幼い子供を、ですかい?」


「まあそう言うな。強さは余のお墨付きじゃ、ほれ」


 そう言うとルシファーさんは、次元の穴を作り出し、その中から先日の盗賊団の男を放り出します。男はいつの間にか両手を鎖で拘束されていました。それを見た門番の目が輝きます。


「依頼のゲイニスじゃ。こやつの盗賊団は壊滅したぞ」


「お、おぉ!! 国の兵士ですら手を焼いていたゲイニス盗賊団をこうも容易く壊滅とは、さすがはルシファーさん! SSS級ともなれば朝飯前ってことですかい?」


「余ではない。盗賊団をやったのはこやつじゃ、のう、フリル?」


 ルシファーさんが得意気に私の頭をぽんぽんします。私は目の前の男性二人に内心ビクビクしつつも何とか会釈しました。


「えぇ! こ、この子が? 本当なんですかい、ルシファーさん」


「ふむ、余がお主らに嘘をついておると申すか」


「あっ…失礼しました! た、立ち話も何でしょう。どうぞ中へお入りください」


 門番の額に汗が滲んでいるのが分かりました。うーん、今の一面は流石魔王と言うべきなのでしょうか……有無を言わさぬ立ち回りでした。ルシファーさんはギルドの中でどんな立ち位置なんでしょう? 明らかに魔族って感じの見た目なのに街の人や門番とも普通に接しているあたりも含めて気になります。


 門番が扉を開くと、中からは独特のツンとした臭いや、肉を焼いたような香ばしい香りも漂ってきます。どうやら中には飲食スペースがあるようです。


「お嬢ちゃん、ようこそガドルムのギルドへ。ちょっと酒臭いが我慢してくれよ?」


「は、はい」


 このツンとした匂いはどうやらお酒の香りのようです。ギルドの中を見渡すと、朝時だと言うのに、テーブルを囲んでお酒を酌み交わしたり、熱い議論を交わしている冒険者の方々がたくさんいて、和気あいあいとした様子で賑わっていました。


 そんな賑やかなギルドでしたが、ルシファーさんの登場によって視線が一気に私たちへと集まります。


「ルシファーだ……引きづってる男は、ゲイニスか?」


「昨日の今日でもう片付けたのかよ……」


「おいおい、今までアジトすら見つかってなかったはずだろ? いくらなんでも早過ぎないか」


「だがアイツならあながち嘘でもなさそうだ」


「はあ……ルシファー様、今日も麗しいですわ……」



 ルシファーさんに対する称賛の声や羨望の声がたくさん聞こえてきます。ルシファーさんは冒険者になってから一ヶ月も経っていないそうなのですが、ギルドの人達からはすごく信頼されているように見えます。実力を伴ったカリスマ性があるのでしょうか。


 ルシファーさんはゲイニスを早々に門番に引き渡すと、受付カウンターの眼鏡をかけた茶髪の女性の元へ行きます。私も後を追って着いて行きました。


「あら、おはようございますルシファーさん。ゲイニスの討伐ご苦労様でした。報酬は後日お渡し致します。」


「うむ。ところでヘレナよ、今日は別件があってな。こやつに冒険者登録試験を受けさせてくれ」


あら、とヘレナさんは私のことをカウンター越しに見てきました。ヘレナさんの眉がやや釣り上がるのが見えます。この人も門番に負けず劣らず、いや、それ以上に怖いかもしれません…


「失礼ですがルシファーさん、見たところまだ幼いようですし、この子に冒険者試験はいささか無理だと思いますが」


「なあに、心配はいらんのじゃ。こやつは余が足元にも及ばんくらい強いからの」


「……冗談ですよね?SSS級ともあろう者がこんな可憐な女の子の足元にも及ばないなんて……」


「それもこれも、こやつに試験を受けさせれば分かる事じゃ。さ、早く試験の準備を」


「……分かりました」


 ヘレナさんは未だに半信半疑の様子でしたが、ルシファーさんがこの手の交渉では折れないことを悟ったのか、書類を持って奥の部屋へと姿を消しました。

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