3.邂逅
「うわああああああああ!」
絶叫と共に私は勢いよく起き上がりました。
「はぁ、はぁ……ゆ、夢……?」
パニック寸前の頭でかろうじて状況を確認すると、そこは先程までいた暗い森の中などではなく、ふんわりとした白いベッドの上でした。
汗でぐっしょりと濡れた手のひらを見つめつつ、肩で息をしていると、突然私の左横から声を掛けられます。
「大丈夫?」
「うひゃぁあ!!」
「あ! ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」
私がその声にびっくりしてすごい勢いで左に振り向くと、そこには苦笑いしつつ自分に弁明をする、薄桜色のロングヘアーをたなびかせる綺麗なお姉さんが座っていました。
「す、すみません……ついびっくりしてしまって……はぁ……はぁ……」
「いいのよ。貴女、凄いうなされてたみたいだから。きっと怖い夢を見てたのね」
「……それで、貴女は一体……?」
私は、とにかく今自分の置かれている状況を把握したかったので、まずはお姉さんに質問をしました。
ここはどこなのか、何故私はここにいるのか...その他一切の事が分からないのです。
よっぽど不安そうな表情をしていたのでしょうか。お姉さんは私の手を取り、優しい口調で説明してくれました。
「突然のことで何も分からないものね。それじゃあ順を追って説明するわね」
「は、はい。お願いします……」
「隠してもしょうがない事から単刀直入に言うわ。貴女にとっては辛いことかもしれないけれど」
「辛いこと……?」
不穏な語気に思わず肩が張ってしまいました。私が心の準備を整える前に、お姉さんはその淡いピンク色をした美しい唇から衝撃の言葉を零したのです。
「貴女は、死んだの」
「……え?」
私が……死んだ……?
あまりの突飛な発言に私が目を白黒させていると、お姉さんが私の手を握る力が強くなり、さらに続けます。
「オーネルズ丘陵の道端で血まみれになって倒れている貴女を見つけたの。私が見つけた時には既に貴女の息は絶えていたわ」
"オーネルズ丘陵"
その名前が耳に届くのと同時に、私の中に記憶が溢れてきました。1分にも満たない出来事なのに、深く心に刻まれたおぞましい記憶が。
「そ、そうだ……あの時、私…...」
「思い出したのね。恐らく貴女は野党か何かに襲われたのでしょう?」
「は、はい……わたし、その、あの…う……く……」
「大丈夫、怖くないわ…ここに奴らはいないのよ。安心して」
再び呼吸が荒れ言葉も詰まります。そして体が震え出した私を見て、お姉さんは私の体を抱き寄せ、そっと包んでくれました。
「わ、私……なんで、生きてるの……?」
それは当然の疑問でした。お姉さんは私に対して"貴女は死んだ"とはっきり言いました。その言葉の真偽は私の記憶が証明しています。
鉱石ハンターとして旅をする中で通りがかったオーネルズ丘陵。そこで私は野党に囲まれ、旅の中で得た鉱石を全て奪われました。私は無我夢中で抵抗しましたが、逆上した男達に馬乗りにされ、身体中を短剣で滅多刺しにされたのです。
普通に考えて死は免れなかったはず。それなのに、今の私の身体には刺傷はおろか、かすり傷一つさえありません。それとも、やはり私は死んでしまい、天国か地獄かで目を覚ましたのでしょうか。
「貴女は今確かに生きているわ。私が、蘇生したの」
「……え?」
私は耳を疑いました。この世界には、本来死んだ人間を蘇生する手段なんて無いはずだからです。生物の生死はねじ曲げられない摂理。どう考えても有り得ないことです。
「信じられないでしょうけど、これは事実なのよ。貴女は死に、そして蘇った」
「そう……ですか…」
強く抱き締められているせいで、お姉さんの顔を見ることは出来ませんでしたが、この人は嘘を言ってないと、何故かすんなり受け入れることが出来ました。
そうなると気になるのはこのお姉さんの正体です。
世界における不可変の摂理をねじ曲げる力。どう考えてもこの世のものとは思えませんでした。聞いていいものなのかと迷いもありましたが、それでも問わずにはいられませんでした。
「貴女は一体、何者なんですか……?」
「あら、紹介が遅くなっちゃったわね。何となく察しはついてると思うけれど、私は人間ではないわ」
「人間じゃない?」
お姉さんは一瞬間を置いて、そして簡潔に言い放ちました。
「そう、私はこの世界の創造神であり唯一神、ミスラよ」
お姉さん……もといミスラさんは、自分は神だと言いました。確かにその名前は、多くの神話や歴史書に出てくるものです。
普通なら有り得ないと思うでしょうけれど、それは絶対に本当の事なんだろうな、と。やはり彼女の言葉を疑う事は全くありませんでした。
「驚かないのね。それともやっぱり、信じてない?」
「いえ、信じます……貴女の言う通り、貴女は女神様で、私は死んで……貴女に蘇らせて貰ったんですね……」
私は、そう自分に言い聞かせるように、それでいて女神様にも聞こえるようにゆっくりと呟きました。
「そう、いい子ね……辛かったでしょう。怖かったでしょう。でも大丈夫。信じる者は救われるのよ。だから安心して。今はただ、私の胸の中で安らぎなさい」
「う、うぅ……」
真実を理解して納得すると共に、凄惨な記憶と様々な感情が爆発し、私は嗚咽と共にミスラさんに縋り付きました。
「うああぁぁぁぁ!! 怖かった……痛かったよお……!! う、うぅ……苦しくて……もう、お母さんに……会えなく……あぁ……うわああああああああああん!!!」
「よく頑張ったわね……もう、大丈夫よ」
抑えていた心の内を吐き出す私をミスラさんは強く抱き締め続け、泣き疲れた私が落ち着きを取り戻すまでその力を緩めることはありませんでした。