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19.捕縛

「ちっ………何故私がこんな事を」


「泣いても可愛くないですよ。早く歩いてください」


「私に指図するな。あと泣いてなどいない!!」


 現在、私は上半身を縄でぐるぐる巻きにされた状態でブレムに引っ張られて街道を歩いています。

 そして後ろには勇者が剣を抜いた状態で着いてきています。傍から見れば、罪人を捕らえた聖騎士と勇者という感じです。

 しかし私はブレムに負けて捕まった訳ではありません。


「だいたい、こんな面倒な事せずとも貴様なら宮廷を相手取ることくらい容易いだろう」


「それだと勇者さんの妹さんが危険に晒される事があるかもしれません。だからブレムさんに頼んでるんじゃないですか」


「……貴様は本当に分からん奴だ」


 理解できない、とブレムは溜め息をつきました。先程まで敵対していた者に、大事な人の救助を頼んでいたからです。

 普通ならありえない事ですが、私は脅迫とも取れる条件でこの要求を呑ませました。


 現在、ブレムの心臓には水艶の楔が打ち込まれています。この楔にはあるいくつかの制約が刻まれており、それを破れば容赦無く楔が命を奪うという極めて悪どいものです。


①私と勇者、及びその味方に危害を加えないこと

②私達にとって不利益な情報を敵に与えないこと

③勇者の指示には従うこと


 この三つの制約がある以上、ブレムは好き勝手な行動が出来ないという事ですね。

 こんな事をしている所をミスラさんに知られたら……そう思うと罪悪感もかなりありますが、今は良心を捨ててでも動く時だと判断しました。


 その良心の呵責からか、私はもし今回の作戦が上手く行った時にはブレムにもメリットとなる報酬を与えること、そして作戦終了までブレムの安全を保証することを約束しました。

 その為に、自分の心臓にも楔を打ち込んでいるのです。


 ブレムは「貴様の行動には呆れるばかりだ」と言っていましたが、しょうがないじゃないですか……

 私は不器用で、人から上手く信用を勝ち取る手段なんて分からないのですから。







「私だ。(くだん)の反逆者アウネを捕らえ戻った。早速我らが王に謁見の準備を」


 そうこうしている内に、私達は宮廷に到着しました。ブレムの指示で鉄製の大きな門の前に立っていた兵士が、慌てて宮廷内に駆け込んでいきます。

 さすがは宮廷、王都の中心と言うだけあってその存在感は凄まじいものです。石造りの巨大な建物は白を下地として金銀の飾りが至る所に施されています。


 かつてレイチェルが勤めていた屋敷とは比べ物にならない程の敷地を有し、ここに一体何人の人が住んでいるのだろうと考えました。


 しばらく門の前で待っていると、先程の兵士が貴族服に身を包んだ数人の男と共に戻ってきました。先頭を歩いているのは、おでぶ……もとい恰幅の良い男性です。


「ふむ、これが例の……本当にこんな子供が?」


 綺麗に整えられた髭を摘みながら、緑色の服を着た先頭の男が口を開きました。

 これにブレムが頭を下げて答えます。


「はっ、この者で間違いありません。捕らえようとした際に天座五衆が反撃を受け命を落としました」


「ほほっ、たった一人であの五人を殺したのか! いやはやこれは面白い! 結構結構」


 まるでブレムの部下達が死んだ事を喜ぶように男がうんうんと頷きます。ブレムは男を睨み付けましたが、意外とすぐ冷静になって話を進めます。


「では、我らはこれより王に謁見を致します。失礼、ボリューム様」


「ああ、待て。その小娘はこちらで預かろう。貴殿は勇者を連れてイグジット様に報告に行くが良い」


「危険です。この者は今、私のスキルにより抑えつけている状態ですが効果が及ばぬ範囲まで出れば即座に暴れることでしょう。どういう訳か封魔の首輪も効かないようでしたし」


 ボリュームと言う男の予想外の提案に危うく二人と引き離されるかと思いましたが、ブレムが適当な嘘でフォローを入れました。

 これにより、男は少し考え込んだ後に渋々といった様子で了承します。


 それにしても、名前の通りお腹の贅肉のボリュームは確かに凄いですね……失言でした。


「では仕方ありませんな。ワールドチャンピオンを仕留めたという力は本物と言うことですか。あの魔王風情もろとも、是非私の傀儡にしたいものですなぁ」


 ボリュームはどうやら私達が冒険者活動をしていた事を知っていたようです。偽名まで使っていたのに何故バレてしまったのでしょうか?

 そこも気になる所ですが、もう一つ確認したい事がありますね。


「魔王風情……って、誰の事ですか?」


「んん? 罪人如きが私に質問などおこがましいですな。身の程は弁えるべきだよ薄汚い豚め」


「なっ……」


 こ、こいつ……んん……我慢我慢。言葉が汚くなってしまいました。

 危うく縄を引きちぎって襲いかかろうとしてしまいましたが、勇者が肩を抑えてくれたので何とか収める事ができました。


 ボリュームはその様子をニヤニヤと見下し、愉快な笑い声とともに宮廷の中へ姿を消しました。


 姿が見えなくなってから、私は抑え込んでいた怒りを外に出します。


「……なっ……なんなんですかあの人! うぅ〜むかつきます〜〜!!」


「ちょっ、アウネちゃん抑えて抑えて!!」


「ブレムさん! あのボリュームとか言う人は何者なんですか!?」


「……あの男は不敬にも王の座を狙っている派閥組織のトップだ。まあ性格については、見ての通りとだけ言っておこう」


 ブレムが面白く無さそうな顔で説明しました。宮廷内で派閥争いをしているのでしょうか?

 見るからに悪人なボリュームと敵対しているということは、イグジットは実は善人……?

 いやいや、それは断じて無いですね。


 宮廷内のいざこざはこの際置いておきましょう。変に巻き込まれたらたまったものじゃありませんからね。

 最優先事項はあくまでも勇者と妹、ついでにブレムの安全の確保。そしてイグジットとの面会です。


「落ち着いたか。さっさと行くぞ」


 ブレムの声によって目的を再確認し、再びイグジットの元に向かって進みます。


 宮廷の中はそれは豪勢と言う他ありませんでした。

 ふかふかの赤いカーペットが廊下に引かれており、廊下の両端には絵画のようなものがたくさん並べられています。

 装飾や彫刻、アンティーク等も数え切れない程並んでいて流石は王家だと感心してしまいました。


「ところで、勇者さんのお名前は何て言うんですか?」


 思いの外廊下が長くて退屈だった私は、勇者に名前を聞いてみました。いつまでも勇者と呼ぶのも何だか他人行儀な気がしましたから。


「ん、私? ふふーん良くぞ聞いてくれました! 私の名前はこれだよ!」


 勇者は自分の服に書かれてある謎の言語を指さしながら得意げな顔で名乗りました。二文字……なのでしょうか、これは。


「な、なんて読むんですか……? それ……」


「ん? あぁそっか! いやぁ故郷のノリでついつい。私の名前はね、タチバナ アオイだよ! アオイって呼んでね!」


 アオイさんですか、見た目通りの爽やかな響きです。タチバナと言うのはファーストネームなのでしょうか?

 タチバナ、タチバナ……今まで聞いた事の無い名前ですね。やはり勇者というだけあって名前ひとつ取っても特別な何かを感じます……


「それにしても君、すごく変わってるねっ」


「わ、私ですか?」


「うん、そうだよ。だってここに来てから今まで私と会った人は皆、私のこと"勇者様"とか"勇者"としか呼ぼうとしてくれなかったからね。名前を聞いてくれたのは君が初めてだよ〜」


「"勇者"ってとても有名ですもんね。憧れのあまり気安く名前を呼べなかったとかでしょうか?」


「多分それもあるよ。そう、頭では分かってるんだよね。でも実際にそうこうして生きてる内にふと考えちゃってさ。皆は私の事じゃなくて、勇者の力に興味を持ってるだけなんじゃ無いかってね」


 少し寂しそうな表情を見せた勇者、アオイさんは自嘲気味に笑います。

 私は、かける言葉も見つからないまま、無言でただ歩いていきます。アオイさんもそれからは話すことなく歩いており、対照的にブレムはどこか落ち着かない様子です。


 そして遂に、王の間の前まで来ました。


 重厚な扉が目の前にそびえ立っています。流石に緊張してきてしまいました。


「ここだ。既に王は謁見の準備を整えておられる」


「いよいよですね……」


「気を付けてねアウネちゃん」


「油断はしません。必ず目的を達成してみせます」


「王よ、お許し下さい……」


 ブレムが小声で呟いた後に扉を3回ノックします。


 重く、そして存在感のある扉が、今ゆっくりと開かれました────。

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