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2.暗闇の森

 ここは……?


 気が付くとそこは暗い森の中でした。


 周りは草木が生い茂っており、陰鬱とした風景でした。その中の最低限の舗装がされた道の真ん中に私は立っていました。

 ただ一つ分かることとしては、やや強い風が吹いているらしいということぐらい。私自身は風を感じませんでしたが、周りからはざわざわと木々の葉や枝が擦れる音が聞こえてきます。


「私……ここで何して……」


 まったく状況が呑み込めません。

 さっきまで何をしていたか、ここはどこなのか、私は誰なのか────

 その他一切のことが何も分からない状況でしたが、不思議と今私がやるべきことは心の奥で感じていました。


 精神の奥深くに刻み込まれる、何かに導かれるような、呼ばれているような感覚。

 自分を求める声が聞こえてきます。

 何もかもが不明な状況で、私が動き始めるのには十分すぎる理由でした。



「進まなきゃ」


 私は誰にでもなくそう呟いて恐る恐る歩みを始め、やがて道なりを全速力で走り出しました。

 この先に何があるのかは分かりません。ただ、何かに呼ばれている気がした……それだけが私の足を迷いなく突き進ませるのです。


 幸いなことに、道は最低限ながらもきちんと舗装されているようで、走りを阻まれることはありません。

 そのおかげもあってか、私は一心不乱に先を目指して走ります。





 ────走り始めてどのくらい経ったでしょうか。

 周囲を見渡しても未だに同じ景色が続いてるようですが、かなりの距離を走ったと思います。それだけ走っているのにも関わらず、疲れを感じるどころか息も切れません。それに、こんな怖い所普通ならすぐにでも逃げ出したいと思うはず。しかし恐怖や慄きは無く、あるかも分からない目的地のことに無我夢中でなのです。

 本来ならば疑問に思えるところですが、今の私はまるで取り憑かれたように前へ走ることしか考えられず、そんなことを気に掛ける余裕など全くありませんでした。


 そうしてさらに数キロは走ったのでは無いかというところで、ようやく私は前方に光を見つけました。


「あれは……!!」


 光に向かってさらに接近しつつ、目を凝らして注視します。近づくにつれて次第に姿をはっきりとさせる光の正体。

 もしかしてあれは……いや、そんなはずは……


 そしてその全貌を視界に収めた時、疑いは確信へと変わります。


 自分の記憶に深く、深く刻みついた紫紺(しこん)御身(おんみ)

 私が探し求めてやまなかったもの。


 絡み合った感情で次第に頭の整理がつかなくなってきたけれど、考えるより先に口が動きました。


「ターフェアイト……」


 私の目の前にそびえ立つ巨大な鉱石の名はターフェアイト。

 絵本や歴史書、創作冒険記の中に幾度となく登場するその名前、世界中で知らない人はいないでしょう。


 絵空事、伝説、神話の中でのみ語り継がれ、実在するかどうかすら不明な存在。

 世界で一人だけ、その鉱石に認められた者は願いを叶えることができると。

 全鉱石(ミネラル)ハンターの到達点にして冒険者たちの聖地、それがターフェアイトです。


 意図せず巡り合えた伝説の鉱石、もとい魔石と呼ぶべきでしょうか。

 ターフェアイトはまばゆいながらも優しさに溢れた輝きを放っています。

 地中から飛び出した一部は高さ5メートル程ですが、言い伝えによると今見えている部分はこの魔石全体の1%にも満たないのだとか。


 私は恐る恐る一歩ずつ近づき、右手を添えました。


 中でドクン、ドクンと魔石が鼓動しているのが伝わってきます。偶然なのでしょうか、私の心臓が脈打つ速さと全く同じです。


 ターフェアイトの魔力か、はたまたリンクする鼓動のせいか、手を触れている間はとても幸せで安心できる気がします。まるで、大好きな母に抱かれているかのように。


 気づけば私は母なる魔石に抱擁し、体全体でぬくもりを感じていました。


「お母さん……」


 思い出すのは大好きなお母さんの顔。

 自分が誰かも分からないのに、お母さんのことだけは鮮明に思い出すことができます。

 いつも私のことを大切に思い、私が幼い頃に流行り病で死んだお父さんの分まで愛の限りをぶつけてくれた、かけがえのない大切な人。



────なのに。


 5年前に母は突然姿を消してしまいました。

 今よりもっと幼かった私は事実を受け止められず、いつまでも帰りを待ち続けていました。

 でも、どれほど待てど暮らせど、母が私の前に再びその姿を現すことはありませんでした。


 お母さん。

 貴方は今、どこで何をしているのですか?

 何故私を残していなくなってしまったのですか?

 もう二度と会えることは無いのですか?


 母のことを思うたびに涙が浮かびます。




「もう一度…会いたいよ……」




 とうとう涙が溢れ、一粒の雫が魔石に零れ落ちた瞬間────



 魔石ターフェアイトの全身がより一層輝きを増し、私はあっという間にその太陽さえ呑み込んでしまうような鮮烈な光に包み込まれてしまいました。


「えっ……ちょっ……きゃああああ!」


 絶叫と共に視界がホワイトアウトして次第に遠のく意識の中…



 私は光の中からこちらに微笑みかける母の姿を見た気がしました。

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