18.勇者
「ふぃ〜ホントに何なの信者達は……敬うなら休日くらい静かに過ごさせてくれ〜……って何これ!?」
私とブレムが向き合っている中、ギルドの扉が重々しく開きました。
その中から出てきたのは、謎の模様が描かれた黒の長袖服を着た十五~七歳くらいと思われる女性の方です。赤髪のショートカットで、左右で編んだ髪を後頭部で結んでいます。
疲れた様子でやってきたその人は、ギルド内に転がる死体を見て驚きの声を上げました。
そして、ギルド内を見回した後にブレムを発見し、更に驚きます。
「うわ、聖騎士様じゃん! こんな所で何やってんの? ……ってかピンチ?」
「見れば分かるだろう! 今すぐ助けろ!」
どうやら知り合いのようです。それもこの様子だと味方でしょうか。
私はブレムの拘束をより強くして、赤髪の人を向きました。得体の知れない相手にはまず警戒をします。
しかし、相手は予想外の返答をしました。
「えぇ〜、嫌だよ! アンタいっつも私に嫌がらせしてくんじゃん! こんな時だけ命令するとか虫が良すぎるんじゃないかな!?」
「ふざけるな! 誰のおかげで自由にできてると思ってるんだ!!」
呆気に取られる私をよそに、二人は口論を始めてしまいます。そしてブレムの口から革新を突く一言が放たれました。
「貴様、勇者だからと調子に乗るなよ……!」
「ゆ、勇者!?」
なんと予想外です。そこに立っている軽い感じの女の子が、ルシファーさんと並ぶSSS級冒険者の勇者だと言うのです。
私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。そんな私を見て勇者は「あ、どうも勇者です」と頭をかきながら会釈します。
「とにかく! 今すぐ私を助けろ! 妹がどうなっても良いのか!?」
なんだかブレムが屑そのもののような発言をしていますが、私はそんなのに構っているほど心の余裕がありません。
すると、さっきまで余裕の表情だった勇者の顔が曇り、汗を流します。
「ほんっと汚いなぁ聖騎士様って……はあ、分かったよ」
諦めたようにため息をつくと、勇者が右手を前に突きだしました。すると掌に光が集中していき、気が付くと光で構成された一本の剣が収まっています。
「と、言うわけなんだよ……君の事情は知らないし大方あの馬鹿女が先にちょっかい掛けたんだろうから、本当はやりたくないんだけど。こっちも命が懸かってるから、悪く思わないで……ねっ!!!」
言い終わる頃には私の首を切り落とすように剣が振られていました。全く迷いが無く、確実に殺しに来ています。
ですが私は落ち着いて対処しました。まずは剣を右手で掴み、それを左手で上から叩き割ったのです。
「……え。うっそ!!?」
勇者が信じられないと声を上げます。実体があるかどうかも分からない剣でしたので物理が効くか不安でしたが、どうやら本質は普通の剣と大差無いようです。
そして私は間髪入れずにお腹目がけて軽いジャブを浴びせようとします。しかしすんでの所で躱され、飛びのかれてしまいました。
「うひゃあ!! ちょっ、ちょっとタンマ!! スキャンさせて!!!」
彼女が私に向かって、スキャンをかけました。これにより私のステータスとスキルは相手に筒抜けなってしまいます。
私はスキャンが使えませんので、これはかなりの痛手です。勇者と言えばあらゆる奇跡・進化を起こしどんな困難をも打ち砕く最強の存在。
そんな相手に自分の手の内を知られるのはかなり避けたい事態でした。先程はもう少し威力を上げてパンチするべきだったと後悔します。
しかし、そんな私の不安とは裏腹に、勇者の顔がみるみるうちに青ざめていきました。
そして何をするかと思えば折れた光の剣を消して両手を上げます。降参のポーズです。
「無理無理!! こんなの勝てっこないわ!!! ごめん聖騎士様! 私降参!」
「……は?」
ブレムが、本当に意味が分からないと言った絶望の表情で勇者を見ます。私も最初は冗談かと思いましたが、どうも本心のようです。
「ば……馬鹿を言うな! 貴様が勝てん相手などいる訳が無いだろう!! デタラメだ!」
「本当に無理なんだもん!! 許してってば!」
勇者が涙目でキレながらもブレムに謝ります。一方のブレムは唯一の望みを潰され冗談じゃないと勇者を責めました。
「貴様! このまま逃走でもしてみろ! 牢の中の妹は確実に処刑だ!! 分かってるんだろうな!?」
「だ、だってえ……そんなこと言われても……」
最初の元気な様子はすっかりなりを潜めて、今にも声を上げて泣きだしそうな様子になっている勇者。
なるほど、段々話が見えてきました。どうやらこの勇者さんは身内を人質に取られて、良いように扱われているようです。
恐らくブレムには、今この場にいながらも宮廷と何らかのやり取りができる手段があり、勇者の迂闊な行動は筒抜けになっていると。
胸糞の悪い話ですね。
「うるさい!! 貴様はただ黙ってわたし……の……!?」
気が付くと私はブレムの髪を掴み顔を引き寄せていました。急なことで驚いていたブレムですが、私の表情を見て「ひっ」と小さく声を上げます。私は一体どんな顔をしていたのでしょうか。
「少し黙ってて貰えませんか? 私は勇者さんと話がしたいのです。いいですよね? それと、もし勇者さんの妹に何かあれば私は真っ先に貴女を殺します。どういう意味か分かりますね?」
ブレムは反射で口を結び、ぶんぶんと首を大きく縦に振りました。初めからこのくらい素直にしてくれれば何も無かったのですが……
さて、これで口封じはできました。
次は勇者さんに詳しい話を聞かなければなりません。ここまで巻き込まれてしまった以上、何としてでも宮廷に乗り込み一連の事件の真相を掴むべきだと判断したからです。
忌々しい全ての始まりもこの機会に断ち切るべきです。
「ブレムさんと勇者さん、どこか落ち着いて話せる場所に案内してくれませんか?」
「……外は危険だ。俺の部屋に来い」
一連の流れを見ていたレジストさんが私達を自分の部屋に招くと提案します。外を歩いて移動するよりは何倍もマシですから、ありがたくその提案を受けることにしました。
「と、その前にあれどうにかしてくれねえか? 死体なんぞ放置されちゃあたまったもんじゃねえぜ」
レジストさんが顎で指した先にいたのは五人の騎士だった物です。
「ああ……ごめんなさい、すぐに片付けます。水艶」
私は水艶を唱えて、神水で騎士達の身体を包みました。五つの身体を取り込み球状になった水が激しく回転し、やがて泡となって包み込んた物と一緒に消えていきます。
血も、装備も本体も残さず元通りになったのを見てブレムが嘆きます。
「聖騎士団の天座五衆を……貴様、このままで終わると思うなよ」
「でもアイツらもロクな性格じゃ無かったじゃん。自業自得だよ」
人の生き死にに関わることなので自業自得とかそんな単純な問題では無いと思えますが、この際そこは考えない事にします。
「これで良いですよねレジストさん、案内を」
「あぁ。着いてきな」
レジストさんに連れられて来たのはギルドマスターの部屋です。
中には向かい合うように並べられたソファーが一組と、その真ん中にテーブル。そして部屋の奥にはレジストさんが座ると思われる大きな椅子と机がありました。
「まあ座ろうぜ。話も長くなりそうだしな」
そう言ってドカっとソファーに深く腰掛けるレジストさん。この状況でもいつもの態度を崩すことなく冷静です。
「じゃあお言葉に甘えて」
「ふん」
続いて向かい側に座ったのは勇者とブレムです。私は最後に、レジストさんの隣に座りました。
「まあ、俺もさっきそこの姉ちゃんに大体の事情は聞いたんだわ。だがフリル、もといアウネの嬢ちゃんの様子だとその話もねじ曲がってそうだな」
「なっ! 王のお言葉を疑うと言うのか!? 不敬な輩め」
ブレムがレジストさんの言葉に眉を吊り上げて叱咤しますが
「なんで騎士団長サマはあのおじさんにそこまで盲目的なわけ? どう考えても怪しいでしょ」
「ブレムさん。その宮廷の王様は何と言っていたのですか? 先程貴女は私に反逆がどうとか言っていましたけど……」
まずはブレムに成り行きを聞くことにします。宮廷の王と言うことは、六年前私達一家に謂れの無い罪を着せ捕らえるよう指示した張本人のはずです。
二年ほど前から追っ手は見なくなりましたし、てっきりもう諦めたのかと思っていたのですが。
「本当に知らないと言うのか? 我らが王であるイグジット様はこう仰られた。"都内で私の暗殺を企てる者がいる"とな」
「……それで、その暗殺の計画者って?」
誰の名前が出るか、予想はついていましたけど一応確認します。
「貴様だよ。アウネ=プリステス」
うーん、いつから私は暗殺の首謀者になってしまったのでしょうか……。
ともかく、私の知らないところで私に罪が着せられ追っ手が付く事になったようですね。
「…………」
私は少しの間考えました。
もしかするとこれはチャンスでは?
「ブレムさん。貴女は私を捕まえて宮廷に連れて行くことが目的なんですよね?」
「そうだが」
「分かりました。では私を宮廷に連行して貰えませんか?」
ブレムが目を見開きます。先程まで人を殺してまで抵抗していた私が急に掌を返したので当然の反応と言ったところでしょうか。
「……どういうつもりだ」
「簡単なことです。王様に会って挨拶をするだけですよ」
ブレムは苦虫を噛み潰したような表情をして考え込んでしまいます。
しかし、ブレムが口を開く前に勇者が慌てた様子で制止しようとしました。
「だ、駄目だよ! イグジットは何かとてもやばい力を使うんだ。いくらアウネちゃんが強くてもあれには多分勝てない」
「と、言うと?」
「私もあいつの事は前からいけ好かないやつだと思ってたんだ。だからイグジットに楯突いた事があったんだけど……」
勇者の手が若干震えているのが見て取れます。
続きを言うのを躊躇っているようでしたが、ぽつりぽつりと言葉を絞り出していきます。
「あいつが手をかざした瞬間、まるで心の中がすり潰されるように……私、何も出来なくて」
いまいち要領を得ない説明のように感じましたが、それ程までに得体が知れない不可思議な力と言うことでしょう。
それに、その話からするとイグジットは対象の精神に異状をきたす何かを持っているようです。
スキルか、魔法か、はたまた違う何かなのか。聞いてみても答えは帰ってきませんでした。
「勇者さん、ごめんなさい。辛いことを聞いてしまいました……」
私は、涙を流して震える勇者の手を取り、両手で包み込みます。その手はとても温かくて、まるでミスラさんの体温を感じているようでした。
「ううん。良いんだ……このくらい乗り越えられないようじゃ、まだまだ勇者半人前だね」
勇者は力無く笑ってみせると、ぐしぐしと涙を拭きました。
とてもひたむきで、健気な人です。そんな勇者に辛い思いをさせている宮廷とイグジットにはやはり怒りが溢れてきます。
最初は私を殺そうとしてきた勇者ですが、結果と経緯を考えればそれは些細な問題ですよね。
色々なことに思いを馳せ、そして私は決意を固めました。
目の前の健気な女の子とその家族、そして自分の将来の為に今こそ。
必ず宮廷を倒し、勇者と妹を救ってみせます。