17.堕天
――――沢山のワールドチャンピオンを討伐し、私は報酬に胸を躍らせながらギルドの扉を開きました。
ただ今の時刻は午後23時頃……もうすぐギルドの報酬受付が閉め切りになる時間です。
「何とか間に合いました……って、あれ?」
ギルドの中には、銀色の甲冑を纏った騎士の風貌をした者たちが5名いました。
そして、その騎士たちの中心にいるのは同じく白銀に輝くアーマープレートと真紅の長いマントを身につけた一人の女性……おそらくあの人たちの一員でしょうか?セミロングの綺麗な銀髪が目を引きます。
レジストさんが、その女性と何やら話をしているようです。
せっかくワールドドラゴンのツノを急いで持ち帰ったというのに、お取込み中とあっては流石に話しかける訳にはいきませんよね。私は他に受付の人がいないかとカウンターを見回しました。
「うーん……誰もいないですね……今日はもう諦めて帰りましょうか」
残念ですが、私は渋々家に帰りまた明日来ようと思いました。それに、早く家に帰らないとレイチェルやルシファーさん、それにミスラさんが寂しい思いをしてしまうでしょうからね。想像しただけでつい頬が緩んでしまいます。まったくしょうがないですね皆は、ふふっ。
私が再び扉に手をかけ外に出ようとした時、不意に後ろから女性のよく通る号令が聞こえました。
「いたぞ! あいつだ! 捕まえろ!!」
何事かと思い慌てて後ろを振り返ると、5人の兵士たちがテーブルや椅子を勢い良くなぎ倒しながらこちらに走ってきました。彼らの進行方向はこちらに一直線です。
――これは、もしかしなくても、私が狙い?
「うわぁ! な、なななんですか!?」
「貴様、アウネ=プリステスだな! 宮廷より貴様の捕縛命令が下されている。大人しく投降せよ!!」
宮廷――――
私は、ここに来て忌々しい過去の記憶を鮮明に思い出しました。
私たち家族を逆賊扱いしてあんな目に合わせた宮廷という存在。恐らく彼女はその宮廷に遣わされた国軍兵士と言ったところでしょうか。
しかし、驚きです。私が王都を追われたのが6年前なので、成長した私はそうそうばれないと思っていました。人相書きのようなものも見たことが無かったので安心できると踏んでいたのですが、どうもそうは行かなかったようです。
それにしてもこんな簡単に見つかるとは。そもそも彼女はなぜ私の後姿を見かけただけでアウネであると気付いたのでしょうか。
……って、そんなことを考えている場合ではありませんでした。
この瞬間にも、兵士たちが私の方向に詰め寄り、取り押さえようと手を伸ばしてきます。
「何なんですか急に! どうしてこんな事するんですか!?」
私は横方向に飛びのき、彼らの手から何とか逃れました。時間も時間でしたのでギルドの中に冒険者は2人しかおらず、ある程度なら動き回っても大丈夫そうです。
必死に騎士の女性や5人の兵士達に必死に訴えかけますが、期待した応えが帰ってくることは無いでしょう。
「しらばっくれるな。貴様には宮廷の王イグジット様への反逆罪がかけられているのだぞ! 知らぬとは言わせんぞ!」
「フリル……お前さん、マジかよ……」
「反逆なんてしてません! 私から幸せを奪ったのはお前たちのくせに……!!」
宮廷の使いたちはいつもこうです。
突然私の前に現れては自分勝手な御託をつらつらと並べ、何もかも奪おうとしてきます。
6年経った今もそのやり口は変わらないようです。もしもの為に一人で王都を訪れて正解でした。
冤罪とはいえ今の私は明確に国の敵と見なされています。そんな私の事情に巻き込んで皆まで国仇になってしまうのは申し訳ないというレベルじゃないですからね。
とは言え、この状況はどうしたものか。
――――そうだ、それこそ決闘はどうでしょう?仮にも騎士ならば、その精神に則って決闘を受けてくれて欲しいものです。駄目だとしても、最悪時間稼ぎにでもなれば儲けものだと割り切りましょう。
私は、なおも逃げながら懸命に言葉を発しました。
「け、決闘しませんか!? あなた方6人と一斉に戦って、私が負けたら大人しく従います。逆に私が勝ったら話を聞いて下さい!」
「決闘だと……罪人如きがこの宮廷聖騎士たるこのブレムに申し込むなど笑止千万!! これ以上の口応えは更なる反逆行為と見なし戦闘もいとわぬぞ!」
「な……っ! 最初から襲ってきてる癖によくそんなことを言えますね! それが宮廷の騎士道精神ってやつですか!?」
「貴様ァ!!」
ブレムと名乗る女騎士はこめかみに青筋を立てて剣を抜きました。通常の物と比べてやや細身で刀身が長い両刃の剣です。
このままでは本格的に戦闘になりそうです。ギルド内でそんな事をすれば更に迷惑が増えることになります。私にとっても、ギルドにとっても。
私はやむを得ず、逃げるだけではなく反抗することにしました。
「悪いですけど少し大人しくして貰います! フルシールド!!」
「防御魔法?この期に及んで…………何ッ!?」
私が使ったのは防御魔法です。しかし、それで自分の身を守った訳ではありませんでした。
膝、ひじ、首など、相手の騎士6人の各関節部を覆うように小さい球状のフルシールドを幾つも展開し、そのままシールドを空中に固定しました。
これにより敵全員が関節の動きを封じられ、動くことが出来なくなります。
「貴様……!!」
「まずは話を聞いてください。そもそも私は宮廷の王様とやらに会ったことも無いんですよ!? ですから、何が反逆なのかも分かりませんし、するつもりもありません!」
「嘘をつくのか!? やはり貴様は私が捕えなければならん!」
「ちょっ、待っ……!!」
ああもう、何でこんなにも話が通じないんですか!?
先程から私のやること成すこと全てが相手の怒りに繋がり、収集の付かなさを助長しているように感じます。
一方でブレムは顔を真っ赤にして、フルシールドの拘束から逃れようと必死です。しかし、私の魔法が人間相手に破られるはずも無く抵抗すればするほど体力を消費するだけ。
しばらくもがいた後でようやく観念したのか、息を切らしながら項垂れました。
「くっ……」
「ブレムさん……でしたっけ。私はとにかく話を聞いて欲しいんです。大人しくしてくれるなら拘束を解きますが」
「……分かった。一度話を聞こうじゃないか」
私は、ブレムが頷くのを確認して彼女を拘束していたフルシールドを解除しました。開放された彼女は剣を鞘に納め、冷静な表情になりました。
万が一があるかもしれないので一応残りの5人は未だ拘束したままにしておきます。
「先程は失礼した。ブレム=シ厶レインだ。宮廷に仕える聖騎士団の長をしている」
「アウネ=プリステスです。冒険者です」
ブレムさんが手を差し出して握手を求めてきました。先程までの怒り狂っていた時とはすごい違いだなと思いつつ握手に応じます。
そしてお互いの手が触れ合う瞬間────
「隙ありッ!!」
「うっ……!?」
手首を捕まれて、思いっきり地面に組み伏せられてしまいました。その洗練された一瞬の動きに、油断していた私は反応出来ずに押し倒された上うつ伏せの状態で馬乗りになられます。
さらに、赤黒い鉄の首輪のようなものを手際良く取り付けられます。
「実力があれど所詮は子どもか。観念するんだな、この首輪はステータスを10分の1まで下げ魔法とスキルも無効化する優れものだ。抵抗しよう等と考えるなよ?」
頭が押さえつけられていてブレムの顔は見えませんが、酷く冷淡な声が聞こえます。
私がそのまま動かずにいると、喉元に短剣が突き付けられました。
「まずは5人の拘束を解くんだ。生け捕りを命じられてはいるが、状態までは指示されていないからな。言う事を聞かなければ両手両足が無くなるかもな?」
本当にこの人は聖騎士なのでしょうか? 質の悪いゴロツキのような事を平然とやっています。
油断した私も悪いですが、そもそもの話この人たちが勝手に襲ってきたのですから私にとっては理不尽極まりません。
それは、まだ精神が未成熟な私に我慢の限界を迎えさせるには十分すぎる理不尽さです。
もう、十倍にして返しても収まりません。
こちらも従う振りをして反撃をします。
「うぅ……分かりました。では…………獄炎!!」
「なッ!?」
私は解除すると見せかけて、彼らの関節部を拘束しているフルシールドの中全部に獄炎を発動しました。
フルシールドの中で圧縮された爆発が起き、彼らの関節、首もろともを消し飛ばしたことで言うまでも無く5人の騎士達は絶命し力なく胴体から離れた部位を地面に落とします。
「馬鹿な! 何故魔法を発動できる!?」
「あんな玩具、私には効きません!」
確かにあの首輪には魔法・スキルの発動を無効にするように術者の"スキル"が組み込まれていました。
しかし、私には"スキル無視"がある為その効果を受けません。私はこんな恐ろしいスキルを惜しげも無く与えてくれたミスラさんに感謝しながら、背中のブレムを払い飛ばしました。
お互い体勢を立て直しつつ向かい合います。
「ブレムさん、貴女がもう少し話の分かる方ならあの5人が死ぬことはありませんでした。貴女がもっと話を聞いてくれていたら……」
「ふ、ふざけるな! 殺したのは貴様だろう!」
「そうですか? ふふ……まあ、そういう事にしといてあげます」
狂人め、とブレムが小声で言っていましたが、確かこの時の私は立ち振る舞いこそ落ち着いたものの理性は全くもって崩壊している状態でした。
人を5人も殺した後だと言うのに、嬉しそうに笑みを浮かべて服についたホコリを振り払っていましたから。
「それで? ブレムさん、貴女はどうしますか? たった今私は貴女の部下を殺して本当の反逆者になったわけですが……」
ブレムは、剣の柄を握り締めたまま唇をきゅっと噛み黙り込んでしまいます。
その表情は後悔と悔しさと怒り……どこまでも暗く沈んでいました。




