13.特別
「ばっっっっかじゃないの!? ホント呆れた!!」
顔を真っ赤にして目を腫らしたミスラは只今、絶賛お説教である。
説教の相手はもちろん余なのじゃが…
「本当にすまん、ミスラ……この通りじゃ……」
「もう! 前々からバカだとは思ってたけどこんなにバカだとは思わなかったわよ!!」
左頬に残った平手打ちの痛みに顔をしかめつつ、余が床に頭を擦り付けて誠心誠意謝ってもミスラの怒りは収まらないようで。かれこれ小一時間は怒鳴られている。
しかしそれも至極当然のことじゃろう。
実力の分からない敵を前にして、迅速な勝利よりもスリルを求めて余は返り討ちに会い、そのせいで、余はともかくアウネにも酷く辛い思いをさせてしまったのじゃからな。
我ながらかなり恥ずべき愚行であったと思う。
「……はあ。言いたいことは山ほどあるけど、とにかく無事で良かったわ。ただし、今後も同じようなことをしてアウネちゃんを危険な目に合わせたりしたら絶対に許さないんだから」
「余は危険な目にあってもいいのか?」
「このバカ!!!」
今度は拳が飛んできた。あまりの衝撃に首が180度回転するかと思った。ワールドチャンピオンの尻尾より3000倍は痛かったのじゃ…
「もうちょっと考えた言動が出来ないワケ!?」
「……すまん」
収まりかけていた怒りに油を注ぐような真似をしてしまったと思うが、軽口でも叩かなければ余も心が落ち着かん。
説教中に改めて自分の愚行を振り返り、かなりのショックと後悔と恥ずかしさで沈んでしまいそうじゃったからの。こうやって殴ってもらった方が痛みで気も紛れるかと思ったが。
ワールドチャンピオンを撃退して喜びを分かち合う冒険者達であったが、余は気が気では無かった。そして余の回復を手助けしてくれたゴーシュとヘレナへの礼もほどほどにミスラの家へと帰ってきたのだ。
今は寝室にアウネを寝かせ、その隣でミスラと付き添っている所じゃ。
服をボロボロにした余と、気を失って抱きかかえられているアウネを見た時のミスラと言えば、この世の終わりを見ているようじゃった。
アウネはあれからまだ目を覚まさない。今は余達の隣で穏やかな寝息を立てているから大丈夫なのだろうが、精神的に余程疲れたのだろう。
とんだ迷惑をかけてしまったのだから、それも当たり前のことじゃ……
「私はこれからお夕飯の準備するから、貴女はアウネちゃんに付き添いで看病してなさい!何かあったらすぐに呼ぶこと!! 分かった!?」
「う……承知した……」
ミスラはそうまくし立てるとドアを開け、下の階へと降りていった。
「本当にすまん……ミスラ、アウネ」
ぼそりと呟いた後悔の念は、誰に聞こえるでも無く静かな部屋の中に響く。
思えば魔王として勇者一派と争っている時も、幹部に嵌められて魔王の座を負われた後の冒険者生活も、余は常に一人で戦ってきた。
周りへの配慮が皆無だったのじゃろうな。
その寂しさからアウネをパーティーとして誘っておきながら自分勝手な行動をしてあの有様…
いつまでも頭の中には色んな思いがごちゃ混ぜになって渦巻いているだけだった。
「ん……んん……ルシファーさん……?」
ベッド横の椅子に腰掛けながらアウネの手を握っていると、不意に寝ぼけた声がした。
「アウネ!!」
余は椅子が後ろに倒れる勢いでアウネに向き合う。
そこには上半身を起こし、まだ眠いのか目をこするアウネがいた。
「ここは……」
「ミスラの家じゃ! もうワールドチャンピオンはおらんからな、安心せい」
「あ……ワールドチャンピオン……ルシファーさんが倒してくれたんですか?」
「そうじゃ! お主が気を失っとったからな、早々に家に戻ってきたのじゃ」
そして余は事の成り行きを全て話した。自分の愚行で皆に辛い思いをさせる羽目になったことや、ミスラが心配していたこと、全て。
俯きがちに説明を続け、それが終わったあと、余は恐る恐るアウネの方を見た。
────アウネは、苦笑していた。
「もう、何ですかそれ……私、あまりの痛さで死んじゃうかと思ったんですよ?」
「すまん……本当にすまん……アウネ……っ!」
「ふふっ……良いんですよルシファーさん。私たち、まだ出会って1日ですけど……それでも私、ルシファーさんの事が大好きなんです。私の事で涙を流してくれて、こうやって手を握ってくれているルシファーさんが。だから、特別です」
「許してくれるのか……?」
「許してあげても良いですよ。その代わり……約束、覚えてますよね?」
「約束?」
はて何の事だったか……
余が頭を首を傾けて聞き返すと、みるみるうちにアウネの表情が赤く、強ばっていった。
「わ、忘れたんですか!? その、あれですよ、ほら……終わったら、わ、私の事……な、なななでなで……してくれる……って、言わせないで下さいよもう!!」
「……っ」
余は目の前で恥じらう少女に魅入ってしまった。
顔を真っ赤にして余の肩を揺するその仕草が愛おしくて。余を特別だと言って許してくれたことが愛おしくて。嘘をつくのも下手くそすぎる、ある意味裏表のない純粋な心も愛おしい。
気がつけば余は満面の笑みを零しながらアウネを抱きしめていた。
華奢な身体が腕の中に収まる。その身体は、心無しか震えていて熱も上がったような気がした。
「うわぁ! ちょ、ちょっとルシファーさん……なにもここまで……!」
「お主は本当に愛い奴じゃのう! 余の妹にしたいくらいじゃ! 愛しい妹の為ならいくらでも撫でてやるぞ! なんせ特別なんじゃからな!!」
なでなでどころか、ぎゅうっと抱き締め、頬を擦り合わせながら片方の手で優しく撫でる
「い、妹だなんて……そんな……あう……」
「んんー可愛いのう! 可愛いのう!!」
自分から撫でて欲しいと言った手前、持ち前の照れ隠しもできずされるがままになった愛しの妹を精一杯愛で続けた。
「……ん?」
アウネを抱き締めていると、ふと鼻につく独特のアンモニア臭がした。
あっ……と余は思い出した。
ワールドチャンピオンを倒してアウネを連れて帰る際、ヘレナに言われた事を……
曰く『その、ルシファーさん……こんな時に非常に言いにくい事なんですけど……アウネさん、儀絆の発動中に、あまりの苦痛とショックで、あの、お漏らし……しちゃったみたいで、その……目が覚めたらお風呂に入れてあげて下さいね』と。
で、それをそのままアウネに伝えてしまうのが余の悪い癖なわけで──
気付いた時にはもうエンドロールが流れていた。
アウネの顔が一瞬真っ青になり、余を凄い勢いで跳ね除ける。そして自分の臭いを嗅ぎ、それはもう沸騰して倒れるんじゃないかと思うほど真っ赤に燃え上がった。明らかに心臓にオーバーワークを与えそうな血の気の変わりようじゃ……
「だ、大丈夫なのじゃ!! ほら、お漏らしって言っても、小だけ! 小の方だけじゃったからな!! 気にする事は無いぞ! 余は、余はその特別な香りもまた好──」
「もうちょっと考えてものを言えないんですかああああっ!!」
右から拳が飛んできた。
あぁ、これでミスラに左頬を殴られた分とちょうど釣り合うな〜とか、ミスラと言うことが似てるんじゃな〜とかそんな事を考えながら我はその場に殴り倒された。余がアウネの姉ならば、ミスラはさしずめ母じゃな。
愛しき妹と母の為なら喜んで殴られようぞ…
その後、泣きながらお風呂に入るアウネと、そんな妹の身体を流しながら殺意の視線を向けてくる母の横で、余は必死に頭を下げ続けるしか無かった。




