12.弱体化
「さあて、第2ラウンドと行こうかの、デカブツよ」
余は右腕をゆらりと回しながらワールドチャンピオンを見据えた。四足歩行のそれは流石の大きさであり、かなり見上げなければ頭を視界に捉えることができない。
「どこまでも忌々しい雑魚めが……だが先程の一撃で力量差を思い知っただろう? 一撃ごときで死に損ないになった貴様如きには何も出来んよ。何をしたかは知らんが貴様が切り落とした右腕もほら、元通りだ」
確かにそうだ。こやつの尻尾が直撃しただけで余は瀕死にまで追い込まれた。いつ攻撃されても良いように最大限警戒して防御魔法を展開させていたのにも関わらず、直撃の寸前になるまで見えなかった程だ。防御魔法もまるで紙のように破られ、余は成す術なく叩き潰された。余とこやつの力の差は痛いほど分かっていた。
しかも凶悪な再生能力持ちときた。余に微塵の勝ち目も無いように感じられる。
あぁ本当に愚かだ。
──自分を極限まで弱体化した状態でこやつの前に立つなど。
明らかに強大な敵を相手に舐めてかかって死にかけるとは笑い話も良いところだ。本当に死んでいたら流石に笑えなかったが……
「お主も余も、己の力を過信して相手を見くびるから痛い目に合うのじゃ」
「……どういう意味だ」
「くくく……なあに、すぐに分かるじゃろう」
余はワールドチャンピオンを前にして笑みを零した。恐怖でおかしくなったのかと言われたが、そんな事は無い。
むしろ楽しみだ。これからこやつが何をされたか理解出来ぬまま"心臓核"を掌握される様を見れると思うと、な。
余は心の中で解除と念じた。すると、体内の奥底に封じ込められていた力が次第にあるべき場所を循環しだし、肉体が本来の力を取り戻していく。準備は完了だ。いつでも来るがいい。
「虚勢もここまで来ると哀れだな! 死ねぇ!」
ワールドチャンピオンが両腕を振りかざし、左右から爪を振るおうとする。やはり凄まじく速い。改めてこやつは化け物だと思い知らされる。
だが────
「あくびが出るぞ」
余は背中から生える両翼で左右の攻撃を受け止めた。余の羽をモロに殴りつけたワールドチャンピオンの両腕が衝撃に耐えきれず破壊され、粉々に砕ける。まるで泥団子を鉄板に投げ付けたかのようにあっけなく、両腕が粉砕された。
「がああああ!!? ば、馬鹿な!!!」
本来着地する為に使うはずだった両腕を失い、ワールドチャンピオンは勢いそのまま地面に倒れ込む。凄まじい衝撃だ。
「なんじゃ、こんなものか……お主ならば今の余でもかすり傷程度は与えられるものかと思っておったのじゃがなあ。そうか、その程度か」
「く、糞めがああああ!!!」
余の煽りを真に受けて正気を失ったワールドチャンピオンがこちらをめがけて羽で、尻尾で、次々と叩きつけようとしてくる。
だが結果は同じ。余の羽で受け止められたそれらはいずれも先程の腕と同じように軽々と粉砕し、肉片がゴミのように周囲に散らばるだけだった。
「どうなっている……!? 何故我の攻撃が通らんのだ!? いや、そんなはずは無いッ! 貴様何かしたな!!」
「くく……余はただ身を守っておっただけじゃよ。他にな〜んもしておらん。では何故お主の身体が粉砕され千々になったかじゃが。それはな……余よりもお主の方が雑魚だからじゃよ」
「……!! ふ、ざけ…るなぁぁぁあああああ!!」
ついに理性の欠片も無くなったソレが口を開け、ブレスの体勢に入る。体内の魔力全てを口前に集結させ、凝縮されていく。
アウネに向けて放ったブレスよりもさらにコンパクトに纏まっており、一点集中の構えとなっていた。魔力の流れが活発になったせいか、奴の失った身体の一部が急スピードで再構築されていく。余はその様子を見て特に何をする訳でも無く、ただ薄ら笑いを浮かべながら見ていた。
そして遂にブレスの準備が整った。
「どこまでも小癪な雑魚が……死ねぇええええええ!!!」
けたたましい怒号の声よりも早くブレスが飛んでくる。綺麗に纏まった光の一閃は、周囲に影響を及ぼすことなく、ただ余に全てをぶつける為だけに疾走する。
軽々と星を破壊してしまいそうな魔力だ。
しかし、そのブレスが余に直撃することは無かった。
何故なら、その魔力は全て余の羽に吸収され、跡形も無く消えてしまったから。
「……うーむ。流石に期待したのじゃが、なんじゃこの魔力は。半日分の足しにもならんではないか」
「……!!」
ブレスを放った当の本人はと言うと、口をパクパクさせて言葉を発せないでいる。理解が及んでおらんのか。自らを強者と信じて疑わない者が己のプライドを砕かれる様は非常にいい気味である。
「……お主にはがっかりじゃ。まあ、余の力加減が下手くそってのもあるんじゃろうがな」
さて……これから命を奪う獲物に少々喋りすぎたか。もうそろそろ良いだろう。余は瞬間転移を使って獲物の胸部の下に潜り込んだ。
余を見失い慌てているこやつの滑稽なこと。
そしてそのまま右手を深く胸部に突き刺す。突然のことでワールドチャンピオンはたじろぎ暴れようとするが、余がそれを許さない。拘束魔法を使うことにより、空虚より現れた幾千もの闇の鎖が連なり手足・首・羽・尻尾に至るまでを固定した。
「お、あったあった」
見つけた。
これがこやつの"心臓核"か。
生物の中に存在しているものとは思えないガラス玉のような感触を見つけ、それを鷲掴みにする。
こやつの身体が一瞬ビクリと脈打ったのが分かった。
「きっ、貴様……まさか……!!」
「命乞いなんて無粋なことしてくれるなよ? じゃあの」
「待っ……」
────パキン。
体内にあるまま砕けたそれは、手の中で粒子になってあっという間に崩れ落ちた。
魂を失った身体もぐらりと傾き、街の家を巻き込みながらゆっくりと倒れる。瞳の光も輝きを失い、確実な絶命を迎えた。
うむ、これにて一件落着じゃな!