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11.起死回生

「ルシファーさん!!!」


 私はワールドチャンピオンの亡骸を街外の平原に投げ捨て、大急ぎでルシファーさんの元へ駆け付けました。


 ヘレナさんに上半身を抱きかかえられ、気絶したルシファーさんはかなり苦しそうに肩で息をしていました。

 右手と両脚があらぬ方向に曲がっており、口からは大量の血を吐き出した痕跡が残っています。おそらく内蔵へのダメージもかなり受けている状態だとすぐに分かりました。


「フリルさん……! このままではルシファーさんが危険ですっ! この場の冒険者達では癒せない程深刻なダメージを負っています……!」


 私に懇願するように、涙を浮かべたヘレナさんが状況を報告します。

もはや一刻の猶予もありませんでした。あいにく、私が使える回復魔法は自身にのみ効果のある慈愛癒(フルキュア)と、状態異常回復の慈悲(オーロラ)のみ。さらにこの場の冒険者達では回復が追いつかないとなると、状況は絶望的です。


「せめて慈愛癒(フルキュア)がルシファーさんに使えたら……!」


 もしもの話をしても解決にはなりませんが、半ばパニック寸前の私は藁にもすがる思いで可能性を探ります。


どうしたら、どうしたら、どうしたら…………




「その……慈愛癒(フルキュア)ってやつは、自分を全回復できるんだよな?」


 冒険者の中にいた金髪の男性が発言しました。全体的に緑で統一された軽装に短めのマント、大きなつばのハットを被っている、いかにも旅人風な装いです。


「そ、そうですが……」


「なら、俺に提案がある」


自らをゴーシュと名乗る男性は帽子を脱ぎ足元におくと、私たちの前に膝をつきました。


「俺には、触れた二つの対象同士の状態を共有出来る"儀絆(セルミ)"というスキルがある。元々は違う用途の為のスキルなんだが……」


「……つまり、私とルシファーさんの状態を共有し、自分に慈愛癒(フルキュア)をかけると?」


「そうだ、共有した状態で自分に回復魔法をかけると、共有相手にも回復したという事実が反映されるんだ」


「それじゃあ……!」


 私は起死回生の提案に思わず笑みをこぼしました。しかしゴーシュさんの表情は険しく、続けてこう漏らします。


「ただしこのスキルには、今の状況で言うと重大なデメリットになる仕様がある」


 ゴーシュさんは声のトーンを落とし、鋭い目付きで私に説明しました。


「それはスキルを発動した時の"痛みの共有"だ。対象二人が感じている痛みの合計がお互いに反映されてしまうんだ。今、君は無傷だから何も無いが、ルシファーさんのダメージが君にそのまま痛みとして反映されることになる。ルシファーさんの怪我の状態からして、人間なら大人でもショック死する程かもしれない。そんな状況で君がちゃんと慈愛癒(フルキュア)を発動できるかが鍵だ」


 つまり、回復量を共有出来る代わりに、痛みも共有することになると。痛みとして共有、ということは厳密には直接ダメージを受けている訳では無い為私のスキル"ダメージ無効"も効果が無いということですね。

恐らく想像を絶する痛みに襲われることでしょう。今のルシファーさんの苦しみ様を見ると嫌でも伝わってきます。

 "ダメージ無効"の及ばない状態で、生身の私に降りかかるルシファーさんの痛みに、正直耐えられるかどうかは分かりません。最悪の場合私がショック死し、ルシファーさんも……という可能性もよぎりました。


 魔法の発動には、心の中で魔法式を構築する必要があります。万全の状態ならば他愛もなく発動ができるのですが、痛みに精神を支配された状態ならばどうでしょうか。恐らく慈愛癒(フルキュア)程の高位魔法の構築を行うのは不可能に近いと思われます。



 周りを取り囲む冒険者達も話の中でそれを理解しているらしく、固唾を飲んで見守っています。

 こんな少女には到底耐えられないのでは無いかという確信めいた不安。誰も口には出しませんが、全員がそれを心の中で感じていました。





────それでも。





「……やれるか?」


「もちろんです。ルシファーさんは、これから私と冒険者として一緒に経験を積もうって言ってくれたんです。だから……こんな所で死んでもらったら困るんです! 絶対に、私が死なせません!!」


「よく言った! 俺の手を握れ!」


 ゴーシュさんは左手でルシファーさんの左手を取り、私に右手を差し出します。

 私は一瞬たりとも迷わず自分のスキルである"スキル無視"を解除し、その手を握りました。


「頼むぞ……儀絆(セルミ)ッ!!!」


 私とルシファーさんの手からエネルギーのような物が流れ、ゴーシュさんの身体の中で繋がり合うのが感じられました。



刹那。




「がっ…!!! あ、ああああああああああああ!!!!!」


 言葉では言い表せない程の痛みが私を襲います。もはや痛みと表現しても良いのかすら分からないそれは、私に決して慈愛癒(フルキュア)を唱えさせまいとするかの如く、身体中の神経という神経を焼き切るような信号を脳に送ってきます。無数に送られてくる忌々しい信号のひとつひとつが私の中に深く刻みつけられました。


 私は想像以上の苦痛に目を見開き、絶叫を上げながらのたうち回ります。



痛い、痛い!痛い!痛い!!痛い!!!!



 半狂乱で暴れようとする私の手を、ゴーシュさんの右手が必死で繋ぎ止めます。

 しかし、脳の中枢に次々と送られてくる攻撃的な信号のせいで、慈愛癒(フルキュア)を唱えることはおろか、意識を保つことすら困難な状態です。



「あがあぁぁぁあああああ!! ああぁいたいぃああああああああ!!!! いた いよおおおおおお!!」



 視点がぐるんと上を向いて、身体中がガクガクと震えます。目から、口から、鼻から、下から体液を撒き散らしながら痛みに耐えようと必死にもがきましたが、未だ痛みに打ち震える始末。耳をつんざく絶叫が響き、周りにいた人達は思わず目を逸らしたり、耳を塞いでうずくまったりしていました。ヘレナさんは縋るようにルシファーさんを抱き締めて肩に顔をうずめています。


「しっかりしろ!! 君が意識を失えば終わりなんだ!!! ルシファーさんを救うんだろ!? 一緒に冒険するんだろ!!?」


「……っ!!  そ、そうよ!! うちのギルドから死者が出るなんて許さないわよ!! 踏ん張りなさい!!!」


(ゴー……シュ さん……ヘレ ナさん……)


 そうだ、ここで私が意識を手放せば確実にルシファーさんは助かりません。それに、他ならぬ私がルシファーさんを必ず救うと約束したではありませんか。


 こんな有り様になっておきながら何が"救う"だ。

 何が"死なせない"だ!


 私はきつく歯を食いしばり、ゴーシュさんの手を握ってない方の拳を地面に叩き付けることで自分を鼓舞しました。


「たす……け、る…………!」


「そうだ! 君が助けるんだ!!」



(まだ……しぬほど、いたい……だけど……ふしぎと……しゅう、ちゅう……できる……いま、なら………行ける!!!)


 正気を取り戻した私は、確実に、ゆっくりと頭の中に魔法式を構築し始めます。

 万全の状態と比べればあくびが出そうになる程のスピードですが、今はこれが精一杯。この調子で行けば2分かからず発動できそうです。


 未だに苦悶の表情を浮かべてはいるものの、落ち着きを取り戻した私を見て、ゴーシュさんの表情がほんの少し柔らかくなります。


 残り1分半……私が最後の力を振り絞って構築にラストスパートをかけようとした時……



 ソレ(・・)はやって来ました。



「小娘……先程はよくもやってくれたな」


 木々が揺れ実らせた果実が次々に落ちてくるほどの地鳴りと共に現れたのは、先程私が首を切り落としたはずのワールドチャンピオンでした。


「ば、馬鹿な!!! 首が戻っている……!?」


「くそ! こんな時に!!」


「まずいわ! フリルちゃんも行動不能よ!!」


「ど、どうすんだよ!」


「下劣な下等生物には分かるまい……貴様らとは違って首を斬っただけで絶命する程軟弱では無いのだよ、我はな」


 周囲に動揺が広がります。それもそのはず、ルシファーさんを一撃で瀕死に追い込んだ破格の存在、ワールドチャンピオンが再び立ちはだかっているのです。

 唯一の対抗策である私は行動不能。恐らくこの機を逃してしまえば、ルシファーさんの体力と私の精神力は共に限界を迎えるでしょう。


 つまり今奴に立ち向かえるのは、この場にいるゴーシュさん以外の冒険者たちのみです。

 このままでは、私以外は確実に殺されてしまいます。


「……ん?小娘……くく、そうか……何故倒れているのかと思えば……くくく、どんな手段を使ったか知らんが、先程の戦いで限界を超えた力を出して力尽きたのだろう? でなければ我がこのような下等生物に遅れをとることなど有り得ないのだからなぁ」


 どうやらワールドチャンピオンはこの状況を見て、自分と戦った時に私が無理をしていた為に力尽きたと思い込んだようです。つくづく下卑た考え方に冒険者誰もが顔を歪めました。

 しかしそんなことはお構い無しにワールドチャンピオンは今が好機と見て、こちらにゆっくりと近付いて来ます。足を一歩踏み出す度に地面が陥没し、軽い地震が起き、家が踏み潰されていきます。


「ど、どうする…!!」


「嫌だ、まだ死にたくねえ……!」


「逃げなきゃ死ぬぞ!!」


「でも逃げたってどうせ……くそッ!!」


 冒険者達が命の危険を感じ、踵を返してワールドチャンピオンから逃走しようとしました。



────そこに、男の声。



「参ったな……俺はよ、この子が無事に慈愛癒(フルキュア)を発動させるまではなぁ、死んでもこの手を離すことはできないんだよォ!!」



 ゴーシュさんの怒号にも似た叫び声が響きました。 その声に、今まさに逃げ出そうとしていた冒険者たちが足を止めます。


「ゴーシュさん、あんた……」


「すまない、皆。俺の無茶なワガママに付き合ってくれないか? 俺はこれ以上誰一人として死ぬこと無く奴を倒したい。だがその為には皆の協力が必要不可欠だ……頼む……どうか……ッ!」


 深々と頭を下げるゴーシュさんと、静まる冒険者たち。その間にもワールドチャンピオンは一歩、また一歩と迫ってきます。そしてついに、私たちの眼前まで辿り着きました。

 その巨体を眼前にしてもゴーシュさんは怯むことなく、優しい声で私に問いかけました。


「……お嬢ちゃん、魔法式の完成まであとどのくらいかかるか、言えるか?」


「あ、と……さん じゅ う……びょ……う」


「……どうやら、迷ってる暇は無ェらしいな」


「ええ、やりましょう。なんとしてでも」


「お嬢ちゃんばっかに良い格好させて逃げる訳にもいかねえよな、流石に」


「どの道死ぬかもしれないんだ……ヤケクソだ!」


 私の弱々しくも何とか発した"30秒"という言葉を聞くと、冒険者たちが先程までとは打って変わって、ワールドチャンピオン目掛けて走り出しました。


「聞いたかテメェら!! あと30秒だ!! 何としてでも守り抜け!! そして死ぬな!!! それが生き残る唯一の道だ!!」


『応!!!』


「羽虫どもが!! まずは小娘の前に貴様らから片付けてくれるわ!!」


「来るぞ! 散れ!!」


「魔法障壁展開!」


「こっちだバケモン!!!」


「喰らいやがれッ! サンダーボルト!!」


 そしてワールドチャンピオンと冒険者たちが交戦を開始しました。ギルドの魔法使い達が前衛に全力の支援魔法をかけ、支援を受けた前衛冒険者達が敵の攻撃を紙一重でなんとか交わしつつ攻撃して注意を逸らします。


「危ねェ!!」


「きゃあ! ……あ、ありがとう」


「礼は後だ、生き残ることだけ考えろ!」


 冒険者たちは上手く連携を取ってなんとか戦線を維持しています。

 あまり動き回りすぎると全体攻撃をする恐れがあったため、近づき過ぎず離れ過ぎずの隊形を崩ささいように努めていました。




 しかしそれでも相手は格上の化け物。ついに仲間の一人が敵の尻尾を受けてしまいました。

 僅かに半身を取る事で直撃は免れましたが、右足を打ち付けられたことにより、一時的な行動不能に陥ります。


「ぐああああッ!!」


「アゼストさん!!」


「ぐ、か、かすり傷だ……」


「雑魚が群れても所詮は雑魚。我に楯突くということが如何に無謀なことか知らんのだろうなぁ」


「くそっ、アゼストから離れやがれッ! サンダーボルトォ!!」


「くくく……弱い、弱いぞ雑魚が! アゼストとか言ったか、弱者にはお似合いの名前だな。まずは貴様からだ!!!」


 アゼストさんの目の前に立ったワールドチャンピオンが右足を大きく振りかざします。爪に黒い稲妻のようなものが纏われ、バチバチを音を立てました。


 そしてその手が振り下ろされ、誰もがアゼストさんの死を目の当たりにするはずだったのです。


 しかし─────



 瞬間、振り下ろされたと思った右手が胴体から離れ、回転しながらその場に切り落とされました。

 敵も味方も一瞬状況が理解出来ず固唾を飲みます。



「まったく奴め、余の為に無茶なんかしおってからに……後でたっぷり礼を言わねばならんな」


 アゼストさんと敵の間に仁王立ちしているのは、漆黒の翼を携えた青肌の麗人。先程ワールドチャンピオンに倒された時とは比べ物にならない魔力があたりを支配します。質量を感じさせるほど濃度の高い魔力の持ち主がルシファーさんであると、ワールドチャンピオンは即座に理解しやや後退します。


「ルシファーさん!!!」


 アゼストさんが歓喜の声を上げました。ルシファーさんは右手をふりふりと振って軽い挨拶がわりをすると、ワールドチャンピオンに向き直りました。



 あぁ、良かった……間に合った……



「よく頑張ったな、お嬢ちゃん……今はゆっくり休んでな。あとはルシファーさんが片付けてくれるさ。心配はいらねぇ。ありゃあさっきとは比べ物にならねぇ化け物だよ」


「フリルちゃん……ルシファーさんを救ってくれてありがとう……ッ!」


「ふふ……終わった……ら……たくさん……… なでなでして、貰わなきゃ……承知しませんよ……ルシファー、さん……」


「……任せておけ」




 既に限界を超えていた脳への拷問とも呼べる時間を終え、ヘレナさんに抱き締められながら私は意識を手放しました。

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