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10.ワールドチャンピオン

「おおお……これがSSS級プレート……」


 私はギルドの受付に戻ってきており、ちょうどヘレナさんから虹色の冒険者プレートを受け取っている所です。

 見る角度、光の当て方によって輝きを変える七色のプレートをかざし、ちょっとした愉悦に浸ります。


 素材は金属のようですが、詳しくは分かりませんでした。厚さ5mm程で、角の取れた長方形、チェーン付きです。薄い割には振ってみてもまったくしなりませんし、それでいて重みがある訳でも無いようです。


「ふん……良かったなフリルよ。余の尻尾を虐めただけでSSS級になれるなんてな」


「ご、ごめんなさいルシファーさん……」


 すっかり復活したルシファーさんが恨みを込めて皮肉ってきました。確かにあの時はやり過ぎたと思い、素直に謝ることにします。ルシファーさんの弱点が尻尾だったのも驚きですが、ノリノリでルシファーさんをいじめていた自分にも驚きです。

 どうやらミスラさんやルシファーさんと出会ってからというもの、彼女達のノリが自分にも移ってきたような気がします。


「はあ……一月もしない内にこのギルドからSSS級が二人も出るなんて信じられませんよ……しかも12歳の可愛らしい女の子だなんて」


 ヘレナさんが苦笑いしながらカウンター越しに私の頭を撫でます。恥ずかしいですけど手付きがとても優しくてほっこりします。

 前々から思っていたのですが、この世のお姉さん方には撫で癖があるのでしょうか。ま、まあそんなに私のことを撫でたいのならしょうがないですね。私は恥ずかしいですが、お姉様方の欲求を満たす為に仕方なく撫でられてあげます。し、しょうがなくですからね! そう、しょうがなく!




「でも、こんな簡単な事でSSS級になれてしまって良いんでしょうか。私としては楽なのに越したことは無いですけど……」


「……実践じゃ無いとは言えルシファーさんとの対決を"簡単なこと"呼ばわりですか……」


「悪気が無いのが余計腹立つなこやつは……」


「あっ、そ、そういう意味じゃ無いんです! ごめんなさい。ランクを上げる為には冒険者になってから依頼をこなしたり、実績を重ねたりする必要があるかと勝手に思っていましたので…… 」


 失言に対して私が冷や汗を書きながら弁明すると、ルシファーさんは笑いながら「構わんよ」と言ってくれました。やはり魔王と言うだけあって器も大きいのですね……

 とは言え、ミスラさんに力を貰っている分際で調子に乗りすぎた言動をしないように注意しようと密かに思いました。


 少し遅れて、ヘレナさんが先程の私の質問について回答をしてくれます。


「いえ、今回は特例措置ですよ。本来ならば先程アウネさんが仰った認識で合っています。何せルシファーさんたってのご希望でしたからね。それに、決着こそ意外な形でしたがSSS級相手にあれ程の立ち回りをしたのです。実力は文句無しでしょう。また、登録後はルシファーさんとパーティを組まれるとの事でしたので、実際に上位の討伐依頼へ行かれても問題無く遂行できると考えてのことです」


「うむ、そういう事じゃ。実戦経験はこれから余と共に依頼をこなすことで培ってゆこうぞ」


「は、はいっ! よろしくお願いします…!」


 私はこれから幾度となくお世話になるであろうルシファーさんとヘレナさんに深々とお辞儀をしました。お二人とも微笑みながらそれに応えてくれます。とても心強い味方です。


「してヘレナよ、という訳で我々に見合った討伐依頼……は無いじゃろうから、少しでも歯応えのある大物の依頼は無いか?」


「そう言うと思って、既に3件リストアップしていますよ。この中からお選び下さい」


 仕事の早いヘレナさんが三枚の依頼用紙を提示します。私達は食い入るようにそれぞれの依頼内容を確認致しました。


【ディアボロスの討伐:指定ランクS以上】

【キングリヴァイアサンの討伐:指定ランクS以上】

【ワールドチャンピオンの討伐:完全指名制】


……名前と指定ランクからしてどれもかなりやばい部類に入ること間違い無しですが、このワールドチャンピオンとか言う依頼が一際目を引きました。依頼登録日が3ヶ月前なので、誰も手を付けてない、もしくは付けられていないようです。

 完全指名制という事から、並のSランクですら相手にならないのではと推測できます。


「ヘレナさん、このワールドチャンピオンっていう変な名前の依頼ってモンスターなんですか?」


「そうですよ。見た目はドラゴンです。文字通りモンスターの中で最強と謳われている"ワールドドラゴン"のリーダー的な存在です。今は大人しくしている為、壊滅的な被害は出ていませんが、それでも既に小さな村が滅ぼされています。些細なことで暴れだしその怒りが収まる頃には世界の半分が無くなると言われています」


「そ、そんな危険なモンスターが今まで放置されていたんですか!?」


「残念なことに彼らを倒せる冒険者がいなかったんです……それに、こちらから手を出さなければ大人しくしていますので、力のある方が現れるまでは現状維持を続けるしか無かったんですよ」


「そうなんですね……」


 ヘレナさんが伏し目がちに現状を解説してくれました。ドラゴン達が暴れ出す前にこの依頼を発見できてよかったですが、それでも既に小さな村が3つ壊滅状態になっているそうです。私はまだ未熟な所もあるので不安ですが、ルシファーさんがいれば何とかなると思います。


「こいつを受けるのかフリルよ」


「は、はい。良いですか?」


「うむ。お主の好きにやってみるが良いぞ!」


「お話が決まったようですね。では受理しますので冒険者プレートをお貸しください」


 ヘレナさんに促され、二人のSSSプレートを渡します。それを受け取ったヘレナさんが、カウンターの上に置いてある直方体の魔導具の上面にかざすと、魔導具が淡く発光し、ピピっと音がしました。


「正式に依頼が完了致しました。現在ワールドチャンピオンはエリック山脈にて多数のドラゴンと共に目撃されています。ご健闘をお祈りしていますよ。お二方なら心配はご無用と思いますが、命を最優先に行動して下さいね。生きていてこその冒険者生活ですから」


「はい、気を付けます」


「忠告感謝するぞ」



 そうして早速ギルドを後にしようした時、外からけたたましい叫び声が聞こえました。

 直後、凄まじい振動が辺り一帯を襲います。

ギルドのガラスやシャンデリアが割れ、中にあった沢山の家具が散乱しました。ギルドの中にいた冒険者達が下敷きになったり、ガラスの破片で怪我をしているのが見えます。


「なっ……何事じゃ!」


「わ、分かりません! ……これは……きゃあ!!」


「ヘレナさん!」


 振動で体制を崩したヘレナさんをかばいつつ振動が収まるのを待ちます。

 しばらくすると振動が収まりギルドの中には静寂が訪れました。しかし外からは阿鼻叫喚の声が聞こえてきます。私とルシファーさんはすぐさま外に飛び出して状況を把握しようとしましたが、すぐに叫び声の主を発見しました。


「……どうやら探しに行く手間が省けたようじゃな」


「じゃ、じゃあ、まさかあれが……」


「ワールドチャンピオン、じゃな」


 街の上空を悠々と飛行する白銀の巨体たち。ギルドの建物でさえも片足で踏み潰してしまえそうな程大きなドラゴンが群れを成しています。

 その中で一体、他のドラゴン達の二倍程は大きく金色に輝く鱗を纏った個体がいました。恐らくあれが(くだん)のワールドチャンピオンなのでしょう。

 何をしたのかは分かりませんが、空からでもこんなに街を揺らすことができるとは、驚きと恐怖で足がすくんでしまいそうです。


「アウネよ、どうやら時間が無いようじゃ。空を飛んであやつの元へ行くぞ」


「え!?」


「ワールドチャンピオンは人語を理解するのじゃ。無駄だとは思うが対話してみる価値があるかもしれん」


 そう言うとルシファーさんは私の手を引いて強引に飛び立ちます。あんな怪物と対話が成立するとは到底思えませんでしたが、ここはルシファーさんの提案を信じて私も着いていきます。


 すると、こちらに気付いた取り巻きのドラゴン達が狙いを定め、突進してきました。

 あっという間に距離を詰めてきたドラゴン、間近に来れば来るほどその大きさに戦慄してしまいます。


「恐れるなアウネ! 奴らの突進をいなしつつ親玉に近付くのじゃ!! 対話の為に奴らを傷付けてはならん!」


「む、無茶ですよ! 手加減してたらこっちがやられちゃいますって!」


「お主なら心配いらん! 今は余を信じるのじゃ!」


「……も、もうどうなっても知りませんよ!」


 私は最速で私に突撃してきたドラゴン一体をすんでの所でかわし尻尾を掴みました。尻尾を掴まれたドラゴンは驚きの声を上げますが、私は無我夢中でそのドラゴンを海の方向に放り投げました。ドラゴンは凄まじいスピードで水平線まで飛ばされていき、やがて見えなくなります。


「……ふぅー、本当に大丈夫だった……ってうわぁ!!」


「油断するなたわけが!」


「ご、ごめんなさい!! こんのっ…邪魔しないでください!!」


 私とルシファーさんはひたすら襲いくるドラゴン達をかわし、遠くへ投げつつ急スピードで親玉の元へ接近していきます。途中でルシファーさんが何度か攻撃を受けてしまいましたが、何とか浅い傷で親玉の目の前にたどり着くことが出来ました。最初はかなりの数がいたドラゴン達ですが、手当り次第投げ飛ばしていった事で、今では6体まで減っています。


 親玉であるワールドチャンピオンが巨大な瞳でこちらを睨み付けました。奴の口元が歪な笑みを(たた)えているように見えたのは気の所為では無いでしょう。

 あまりの迫力にすくんでいる私をよそに、まずはルシファーさんが口を開きます。


「おい、お主、こんな街まで何の用事じゃ」


「……貴様の質問に答える必要など無い」


 野太く雑音の混じった低音が響きます。


「それは困る。いくら討伐対象と言えど出来れば余はお主らを殺したくはないのでな。少し大人しくしてはくれぬか」


 初耳でした。討伐対象を殺さないとなると、ルシファーさんはワールドチャンピオンをどうするつもりだったのでしょう。

 ……まさかあわよくば使役するつもりだったとか。人語を理解する強大なドラゴンであれば手中に収めたいと思うのも納得ですが、いささか現実味が無いように思えます……


 ルシファーさんの提案を聞いたワールドチャンピオンの表情が一変し、目を細めます。


「殺す……? 貴様が我を? くく、くくくく、くははははははは!! 忌々しい雑魚が調子に乗るなよ!!!!」


 瞬間、ワールドチャンピオンの尻尾がルシファーさんを猛烈な勢いで叩き落としました。あまりに突然の事でルシファーさんも私も反応出来ず、ルシファーさんは防御もしないままモロに攻撃を受けてしまいます。


「がっ……ぁ……!!」


「ルシファーさん!!!」


 凄まじい速度で街に叩き落とされたルシファーさんは地面に大きなクレーターを作り、そのまま動かなくなってしまいました。傍にいたヘレナさんや冒険者たちが衝撃で身をすくませますが、急いでルシファーさんの元へ駆け寄ります。私もすぐに助けに行きたいと思いましたが、背中を見せれば私まで尻尾の餌食になってしまうと思い、不用意に動けません。


「ふん……ヒトなど所詮はこの程度。我にたてつこうなど身の程を知らぬにも程があるわ。小娘、次は貴様の番だ。くくく……」


「ワールドチャンピオンさん! なんでこんな事をするんですか!? 罪のない人達にこんな…っ!」


「罪が無いとは笑わせる。弱いと言うのはそれだけで罪。世の全ては力によって支配されるものだ。我は世界最強の生物として弱者を支配し、強きに導く義務がある。その為には必要な殺戮なのだよ」


「ふざけたことを……!」


 全くもって破綻している暴論と、ルシファーさんの事で私の怒りは頂点に達しました。ルシファーさんは殺したくないと言っていましたが、もう私はこいつに手加減できそうにありません。


「貴方は力の使い方を間違っている!! その思い上がりを断ち切ってあげます!!」


「小賢しいぞ小娘の分際が!!」


 ルシファーさんを戦闘不能に追い込んだあの尻尾が先程よりも速度と威力を上げて私に振り下ろされます。それを見るに、確かにルシファーさんを一撃で倒すだけのことはあるとは思いましたが、私にとってはなんてことありません。私は片手で尻尾を掴みました。


「ぬっ……!?」


 ワールドチャンピオンが驚愕の表情を浮かべます。こんな小娘に自分の攻撃が止められるとは思っていなかったのでしょう。

 今の私は怒りが膨れ上がるあまり、逆に冷静さを取り戻していました。何故こんな奴に怯えていたのかと思うと反吐が出そうになります。


「軽いですよ、貴方の攻撃。本当に貴方は世界最強なんですか?」


「ぐっ……なんなのだこの力!? 小娘の癖にこのような……!」


「その小娘に負ける気分を味わって下さい! 獄炎!!!」


 尻尾を掴んだ左手から直接体内に炎魔法を流し込みます。ワールドチャンピオンの尻尾の先端から複数の爆発が巻き起こり、先端から根元までを完全に焼滅させました。……本当は、本気を出さずともコイツ程度(・・)の身体であれば一瞬で消し炭にできるのですが、今の私がそれを許しません。


 最大限の屈辱を与えた後、絶望と共に死んでもらいます。


「ぐぁぁぁああああああ!!!! き、さまぁあああああああ!!!」


 怒りと痛みで我を忘れたワールドチャンピオンが口を大きく開き、空間が歪むほどの超高密度のエネルギーブレスを発射します。

 先程の単純な一撃とは違い、星を貫通してしまうほどの威力と熱量を感じます。


 ────ですが、まだ軽い


 私は左手の甲で軽くブレスをはたきました。するとあれ程の威力を持ったブレスが押し負け、何事も無かったかのように消滅したのです。


 このブレスで確実に私を潰したと思い込んでいたのでしょうか。ワールドチャンピオンの顔がみるみる恐怖に引きつって行くのが分かります。


「き、貴様……一体何者……っ!!」


「もう終わりですか? 世界最強ならまだまだこんなものじゃ無いでしょう」


「くっ……おい、貴様ら!! ほうけている場合では無いだろうが! こいつを殺せ!! 数で押すのだ!!!」


 いつの間にか周りに戻ってきていたドラゴン数十体に向けて、後退したワールドチャンピオンが指示を出します。一気に小物臭くなってきましたね。

 命令を受けて一瞬たじろぐドラゴンの面々でしたが、親玉に逆らえるはずもなく、総出で飛び込んできました。


 このドラゴン達に直接の恨みはありませんが、容赦はしません。愚かな親玉に、自分の命令によって同族の命が散らされる瞬間を見させることにします。


「氷華!」


 私はほんの少し強めの魔力を込めて、氷属性の極大魔法を全方位に向けて放ちました。

 すると、太陽ですら凍りつく程の冷気が私の周囲を覆います。その変化を機敏に感じ取る個体もいましたが、時すでに遅し。私に群がるように飛び込んできた全てのドラゴンは例外なく、身体の芯から氷漬けになり、その生命活動を停止させました。


 ドラゴン全員が氷漬けになったのを確認した私が一度手を叩くと、一斉にドラゴン達がガラスのように割れ、やがてキラキラと光る粒子状になり幻想的な光景を演出します。


 ワールドチャンピオンがこの世の終わりのような顔をして震えています。……いつの間にか焼滅させた尻尾が復活していました。恐らく取り巻きのドラゴン達に突撃させている僅かな隙で回復させたのでしょう。つくづく卑怯な親玉です。


「……あなたの仲間だったドラゴン達は死にました。貴方の無謀な命令のせいで」


「……う、うぅ……があぁあああああああアアアアアアア!!!!」


「自分のした事を後悔しながら死んでください!!!」


 私は、暴れまくって最後の悪あがきをするドラゴンの攻撃を全てかわし、右手に鋭利な剣状の魔力を纏わせます。

 そして他愛もなく首元に近付き、横一閃に剣を振りました。


 ワールドチャンピオンの頭と胴体が離れ離れになり、あっけなく命を終えた亡骸がゆっくりと落下していきます。このまま街に落下するとさらなる被害が出そうだったので、慌てて胴体と頭を掴み、未だ心の中に燻っていた怒りを沈めながらゆっくりと地上に生還するのでした。

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