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自走する監獄  作者: 日下鉄男
本文
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ニコ 六


「我、世界の魔を断つもの! 星の敵を滅ぼすもの! 人を救いし鋼の力! 邪悪を打ち消す聖なる光! 来たれ、我が手に――エンチャント・ATK!」


 炎を纏ったレッドの刀剣が緑色に輝き始める。


 エンチャント・ATK。

 

 物理攻撃力と体力の最大値を上げる魔法だった。


「エンチャント・INT!」


 赤い闘気がレッドの身体を覆う。


 エンチャント・INTは魔力攻撃値を上げる。


「エンチャント・MGR!」


 白い闘気がレッドの身体を覆う。 


 エンチャント・MGRは魔力防御値を上げる。


「エンチャント・AGL!」


 青い闘気がレッドの身体を覆う。


 エンチャント・AGLは素早さを上げる。


 すべての準備を終えたレッドは、緑に輝く炎刀を持ち、


 身体に赤、白、青の闘気を纏っていた。


 エンチャントから始まる魔法は全てバフだ。 


 バフは使い手のステータスを底上げする。


 レッドは炎系の攻撃魔法と、ステータス強化のバフ魔法を得意としていた。


 レッドのレベルは62。 


 レベル71のグレイより9も低いが、獲得済みの全エンチャント魔法を付呪した場合のレッドのステータスは、グレイのそれに劣らない。


 ニコのエネルギー波のチャージが完了する。 


 十二本の屈折骨から一撃必殺のビーム兵器が光条となって一斉に放たれる。


「ダルバサ!」


 覚える魔法はレベル憑きによって千差万別だが、どのレベル憑きでも防壁魔法は必ず獲得する。


 敵の攻撃を一撃も受けてはいけないレベル憑きにとって、防壁魔法は自身を守るために必要不可欠な代物だった。


 レッドも例外ではない。


 防壁魔法ダルバサ。 


 燃え盛る門のようなバリアがレッドの眼前に形成された。


 レッドのバリアがニコの攻撃を受け止め、吸収し、消滅させる。


 ただの防壁魔法ならば、無傷で防ぐことはできなかったであろう。


 エンチャント・MGRで効果を高めた結果であった。 


 バフ付きの《ダルバサ》はニコの攻撃から自身を守り抜いた。


 ニコが第二波を撃つ前に、レッドは攻勢に転じる。


「甦れ不死鳥! 我はそなたの担い手。御身をそなたに乗せよ! 飛翔する正義、ここにあり!!」


 上段霞の構えをとった。


 火炎の輪が目の前に出現し、刃に纏った炎が鳥の翼に形作られる。


 一点集中。


「飛ばせ――」


 踏み込み、火炎の輪の中に飛びこんだ。


 輪をくぐった瞬間、纏った炎の翼がレッドの身体の倍に膨らみ、


 そして――不死鳥の姿をかたどった。


「フェニックス・バスタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 不死鳥を着用した刀で跳躍。 


 音速でニコへと迫る。 


 ニコは二撃目のビームを放とうとするが、もう遅い。


 何もかも遅すぎる。


 攻撃魔法、フェニックス・バスターがニコの胴体を貫いた。


 数千度を超える熱が彼女の身体をどろどろに溶かす。


 背中の骨はその半分が焼け落ち、真っ白な針状の手足も炭化して使い物にならなくなった。


 今まで味わったことのない火傷の苦痛が叫びとなってニコの口から放出され、その巨体が大地に倒れる。


 穿たれた胸からコアが露出していた! 


 ――しめた、いける!


 フェニックス・バスターの魔法で空中まで飛び上がったレッドはそのまま方向転換。真下のニコに向けて落下を開始する。


 そして刀を構え直した。


 ――このまま、コアに刃を突き立ててやるぜ!


 人の幸せを壊す魔物をレッドは許さない。


 故に彼は今日も戦う。


 悪の魔物軍団と。


 愛刀ジャスティス丸とともに正義を執行する。


 立ち上がれレッド。世界の敵を倒せ。


 このノヴァ・キーテジに、平和をもたらすのだ。


「終わりだ! てめえが欲望のままに殺しまくった村人たちに詫びてあの世に落ちろおおお!」


 正義の味方、レッド・フォルラーヌが、今、必殺の――


 足蹴、であった。


 説明は最小限に留める。


 落下途中のレッドに迫る影があった。影はグレイ。彼はレッドを空中で蹴り飛ばした。不意打ちを食らったレッドは放物線を描いて馬小屋の上に落ち、天井を突き破って中に突っ込んだ。頭から小屋に落ちたレッドは意識を飛ばし、干し草のベッドが彼を優しく包みこんだ。


 以上。


「横からしゃしゃり出るな、馬鹿」


 邪魔者を排除したグレイは、ニコのすぐそばに降り立つ。


 横臥し、口から胃液のようなものを吐いてもだえ苦しむ彼女と目が合った。


「悪いな。うちの馬鹿団員が迷惑をかけた。奴は病的に視野が狭いんだ。許してやってくれ」


 溶けて使い物にならなくなったニコの身体が次第に再生されてゆく。だが熱傷の痛みは和らがないのか、苦痛から逃れるために彼女は地面の上でじたばたと暴れた。


 グレイは右手に霧状の大剣を掴む。


「復讐を最後までさせてやりたかったんだけどな」


 これ以上、彼はニコを苦しませたくはなかった。


 剥き出しのコアを凝視し、剣を水平に構えた。


 ニコの眼球から血の涙がぽたぽたと垂れる。


 グレイは踏み込み、霧状の剣を正方形のコアに突き刺した。


 だが、浅い。


 まだ、貫けていない。


 まだ、殺せていない。


 グレイは奥歯を噛みしめる。


 一瞬、ニコをこのまま《強化素材》として持ち帰るべきか悩んだ。


 頭から邪念を振り払う。


 ――ダメだ。それは、絶対に。


「すまない。俺はお前を」


 剣を抜き、再び狙いを定める。


「もう、ノアの繭の一員として連れていくことはできない」


 風切り音が響く。


 幻影剣はニコのコアを、今度は、正確に刺し貫いた。


 亀裂が蜘蛛の巣状に広がり、ぱりん、と――あっけなく、割れた。


【経験値を1098獲得しました 

 次のレベルまで残り300009です】


 レベル1のまま二十歳を迎えるとレベル憑きは魔物化する。


 翻って、魔物を殺し、レベルを上げれば上げるほど――人としての寿命を延ばすことができる。


 二十一歳のグレイがまだ人の形を保っていられるのは、ひとえにレベリングの恩恵であった。


 しかし、あくまで対処療法だ。


 デッドラインを先延ばしにしているに過ぎない。


 レベルを上げ続けなければ、いずれは新たに設定された魔物化の日にぶつかってしまう。 


 1レベル上がる毎にどれだけデッドラインを伸ばせるかは個人差があり、数値化できない。


 レベルが上昇すればするほど、次のレベルへの必要経験値数が増える。レベリングが効率よく行えなくなれば、来るべき日を迎えて魔物化してしまうだろう。


 砕かれたコアが辺りに散らばり、ニコの瞼が下がった。


「眠いのか?」


 魔物に人語は理解できない。


 ゆえにこれは錯覚に過ぎないのだが、グレイの言葉にニコはこくりと頷いた。


 最初に会った頃と同じく、頼りなさげに、遠慮した様子で。


「大丈夫だ。眠ってくれ。お前が眠るまで、そばにいてやるから」


 血の涙が止まり、苦痛の声も止んだ。


 穏やかな顔を湛え、魔物の瞼が落ちる。


 別れの言葉は無かった。


 ニコの身体が液体に変わって、大地に広がる。


 少女が作った水たまりの中に、陽の光で反射する物があった。


 拾い上げると、それはニコの翡翠の髪飾り。


 グレイは目を伏せ、落とし物を強く握りしめる。


「助かったよ……ニコが経験値をくれたおかげで、俺はレベル99に一歩、近づけた」


 ただ一つだけ、魔物化へのデッドラインを無くす方法がある。


 レベルを99まで上げることだ。


 99でレベルカンストしたレベル憑きは、未来永劫魔物にならなくなる。魔物から攻撃されようとも、何十年生きようとも。


 それは本当の意味で《人間になる》ということだった。


 自分に経験値をくれた少女の液体を見つめながら、グレイはその場に座り込んだ。


 飛んできた石塊がグレイの側頭部に当たった。


 ――この村の連中はやたらと投石が好きだな。


「お、おれは見たぞ! あいつ、村の人間を助けなかった! 見殺しにしたんだ!」


 石塊を投げた人間は村人の青年。


 彼は眼鏡の奥に憎悪の炎を宿しヒステリックにがなりたてる。


 青年は少し前、グレイが料理店の店主(とその娘たち)を見捨てた場面を目撃していた。


「さ、さっき、魔物が子どもと母親を襲った時も、あの男はただ遠くから見ていただけだった! あいつは魔物の味方だ! 今におれたちを殺しにくるぞ!」


 誰かが小走りでグレイに近づく。


 そいつはグレイの胸ぐらを掴んで、無理やり立たせる。


 グレイが顔を上げると、視界に飛び込んできたのは軽鎧姿の赤毛の男――レッドだった。


 頭の天辺から足の爪先まで干し草まみれだ。


 眼鏡の青年の叫び声は、意識を取り戻し馬小屋から出てきたレッドの耳にまで届いていた。


 ゆえにレッドは自分が足蹴にされたのとは異なる理由で、頭に血を上らせていた。


「てめえ、またやりやがったのか!」


 憤怒の形相でグレイに怒声を浴びせる。それを受けてもグレイは何の反応も示さない。


「いつもいつも、なんで人助けができねえんだよてめえは! おいこら! オレらには力があんだろうが! その力は弱い人たちを守るために使うべきだろうが! 違うか!?」


「……弱い、人たち?」


 グレイの口がやっとのことで開く。


「寄ってたかって、一人の子どもをいたぶる連中がか?」


「あ? なんのことだよ?」


 グレイは質問に答えない。


 レッドの前でこれ以上、死んだ彼女の話をしたくなかった。


「この村の奴らは俺を差別した」


「は?」


「理由はそれで十分だ。村の連中に、救う価値はない」


「ひ、被害者ぶってんじゃねえ! いいか? 人間はオレらを怖がっているだけだ。オレらが魔物を倒して正義を示し、きちんと歩みよれば心を開いてくれるはずだぜ!」


「差別される原因はこちらにあると?」


「ああ。魔法を自己満足でしか使えないてめえみてえな野郎がいるから、レベル憑きへの差別はなくならねえんだ!」


 人々を魔物から救い社会に奉仕し続ければ、レベル憑きは差別されなくなる。


 献身的な正義の心が明日のレベル憑きの社会を明るくする。


 それがレッドの思想だった。


 その思想がグレイは大嫌いだった。


 自分より十センチも身長が高い彼に見下され、胸ぐらを掴まれ《クソみたいな説教》を食らっているうちに、グレイの中でレッドに対する明確な殺意が芽生える。


「いいか、理想主義者(脳みそお花畑野郎)。これは何度も言ってることなんだが、あらためてお前に俺のやり方を教えてやる。その汚い耳クソをさっさとほじくり出して、一言一句間違わずに記憶しろ」


 そう吐き捨てるように言うと、グレイは村の人間たちを見まわす。


「俺は魔物と差別主義者が大嫌いだ。だから魔物は殺す。差別主義者は見捨てる。魔物が現れても助けない。差別主義者なんて一匹残らず死ねばいい。泣きながら魔物に食われてしまえ」


「――――っ!」


 レッドは目の前の《開き直り野郎》をぶん殴りたい衝動にかられたが、ぐっとこらえ、代わりに、グレイが見捨てようとした六歳の童男を指さした。


「じゃあ、あの子はどうなんだ?」


「どうなんだ、とは?」


「まだちっちぇ。純粋だ。誰も差別しちゃいねえだろ!」


「ああ、そんなことか」


 簡単な質問だなとばかりにグレイは答えた。


「差別者は自分のガキにも差別思想を吹き込む。今のうちに親子共々死んでくれたほうがマシだな」


「……本気で言ってんのか?」


「冗談で言っていると思っているなら、まだお前の耳にクソが残っている証拠だ」


 通りを破壊し尽くした魔物どもが住宅地に大挙して押し寄せてきた。


 村人たちの悲鳴。伝染するパニック。


 その中で、グレイは宣告する。


「差別主義者も、差別主義者が産んだガキも、どちらも平等に価値はない」


「クソだなてめえ」


「クソはお前だ偽善者。今すぐ死ね」


「てめえが死ねや独善野郎」


「お前が死ね」


「てめえが死ね」


「死ね」


「死ね」


「死ね」


「死ね」




 刹那、地鳴りが起こった。




 魔物のせいではない。


 もっと巨大な質量が村に到着したのだ。


 丸みを帯び、寸胴で、二本の腕と足がついていた。


 上端には土偶のような頭があった。


 高さ四十一メートル。横幅四十五メートル。


 外壁は赤と緑と茶が混色したカラフルなデザイン。


 それは村に襲来したどの魔物よりも、巨大であった。


 かつてそれは、レベル憑きと魔物を閉じ込める監獄として使われていたと言われている。


 巨大な《自走する監獄》。


 やっと来たか、とグレイは思った。


 監獄が巨木にも匹敵するほどの両足を動かし、魔物の大群の中に突っ込んでいった。


 その巨体で魔物を蹴散らしながら、監獄(乗り物)の操縦者は命じる。


「全軍突撃ですわ!」


 十二歳の幼い団長――オリヴィア・エアバッハの命令を合図に、監獄四フロア目の射出口からノアの繭の団員たちが次々に飛び出す。


 空に解き放たれた彼らは、各々の武器を構えながら魔物の密集地帯まで降下する。


 狩りの時間であった。


*******************


【レッド・フォルラーヌ】


Lv62

体力:721

物理攻撃力:709

素早さ:611

魔力攻撃:670

魔力防御:540

魔力移送:490

知力:401


獲得済魔法:

・ヴォルテック・バスター

・フェニックス・バスター

・エンチャント・ATK Rank3

・エンチャント・INT Rank3

・エンチャント・MGR Rank2

・エンチャント・AGL Rank3

・ダルバサ Rank2

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