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自走する監獄  作者: 日下鉄男
本文
24/30

パープル


 目を覚ますと青白い顔にギラついた三白眼が、レッドを捉えた。


 寝ぼけ眼に痛みを覚える。


 誰かに腕をねじり上げられたまま、冷たい地面に押し倒されていることにレッドは気づいた。


「起きたか、レベル憑き」


 ネオの冷めきった声が頭上から落ちてくる。


 レッドの腕をねじり上げて動けなくしているのは、ネオの部下だった。


 見ればパープルも同様にネオのもう一人の部下に腕を拘束され、腹ばいにさせられていた。


「わりい。せめてパープルは離してやってくれねえか?」


「黙れ」


 懇願するレッドの赤毛頭をネオがロングブーツで踏みつけた。


 レッドとパープルが連れてこられたのは、収容区東ブロックの狭い路地だった。


 通りに出る通路は一つしかなく、目の前には巨大な壁が立ちふさがる行き止まり。


 一人のレベル憑きの男が、その路地の近くを通った。


 収容区の住民である彼が路地の奥に目を向けると、拘束されているレッドと目が合う。


 レッドは男に目で訴える。


 助けてくれ、と。


 しかし、男はレッドの訴えを無視して、その場から逃げ出した。


 彼は、レッドの友人だった。

 

「薄情な奴だな。さすがレベル憑き。情がない」


 ネオは逃げ出したレベル憑きを鼻で笑うと、しゃがみ込み、レッドの額を小突く。


「オレらをどうする気だ?」


「どうされたい?」


 わざとらしくネオは小首を傾げた。


「こんなバカげたことやめてくれ。オレらが悪けりゃ謝るからよ」


「……あー、あー、なるほど。そっかそっか」


 我が意を得たりとばかりに、ネオは手を叩いた。


「やっぱりお前がレッドか。どうりで知ってる顔だと思ったわけだ。お前の名前は憂国新和会内でも有名でね。レッド・フォルラーヌ。傭兵団の一匹で、レベル憑きと人間の共生を目指しているんだってな」


 うちの王様みたいな野郎だ、とネオは言葉を続けた。


「そういえばお前、確か、一週間前に収容区でレベル憑きと国軍が揉めそうになった時も、一人で土下座して場を収めたらしいな。なるほど、そりゃあさっきの男もお前を見捨てるわけだ。向こうからしたら王都の人間にへりくだり、名誉人類という肩書に魂を売った裏切り者のレベル憑きだものな」


「魂なんて売っちゃいねえ。オレは人にレベル憑きという存在を認めてもらいたいだけなんだ」


「認めてもらいたい、とは?」


「レベル憑きは正義の味方だぜ。あんたらを魔物から守る。オレらの力はそのためのもんだ」


 その台詞を聞いたネオは、一瞬真顔になった後、腹を抱えて笑い出した。


「ははは! 面白い! 噂通りの熱い男だ! なるほど正義の味方ねえ。だが、おかしくないか? ボクたちを守るはずのレベル憑きは今、この収容区でボクたちを攻撃しているぞ?」


「こっちの落ち度だ。レベル憑きが人を傷つけるなんてあっちゃならねえ。なぁ、あんた。こいつらの手をどかしてくれ。自由にしてくれたら、オレ、収容区の仲間の暴走を今すぐ止めに行くからよ」


「いいね」


 ネオは指を鳴らした。


 すると、ネオの部下がレッドとパープルの拘束を解いた。


 開放されたと思い、起き上がろうするレッド。


 その腹部に、ネオの蹴りが飛んでくる。


「がはっ!」


 くの字になって、レッドは地面に蹲った。


「レッド!」


「パープル、う、動くな!」


 レッドの怒声がパープルを諌めた。


 ネオがレッドの赤毛を束で掴んで顔を上向かせる。


「今からね、レッド――お前の覚悟を試させてもらうよ」


 それからネオは顎で部下に命じた。


 部下がレッドとパープルの前に二つの物を放り投げる。


 それは武器だった。


 ネオたちが奪った、レッドのジャスティス丸とパープルの水晶の杖。


「なに、簡単なテストだ」


 二つの武器を見下ろしながらネオは宣言する。


「お前が本当に、どんな理由があっても人を傷つけない正義のレベル憑きかどうか、その信念が本物かどうか、検証させてくれ」


 続けざま、ネオの部下が踏み込み、レッドの顔面を殴り抜いた。唇が切れて血が飛び散る。


「今からボクたちが、お前を三人がかりでリンチする。どれだけ殴られようとも、お前は絶対に反撃してはいけない。もし、お前がその刀を取って反撃に転じようとすれば、その時点でお前とお前の女を殺すからね。無論、耐えられたら二人とも解放してやるけど」


 ネオはパープルを指差した。


「お前の女が、その杖を手に取っても同様だ。女がお前を助けようとした瞬間、テストは終わり、お前らは死ぬよ」


「レッド。だめ。こんな遊び、付き合う道理はない」


 パープルの説得に、しかし、レッドは応えない。


「このテストはオレだけなんだな? オレが耐えれば、パープルには何もしないんだな?」


「無論だよ。女の子を殴る趣味はボクにはないからね」


 レッドがパープルに視線で示す。


 ――頼むパープル。こいつらに従ってくれ。


 視線に含まれた意味を悟ったパープルは、必死に首を振って否定する。


 ――だめ、だめ、絶対に。


 だが、レッドはパープルから視線を外すと、覚悟を決めてネオを見上げた。


「いいさ、気が済むまでやってくれ。どんだけボコられても、オレは……レベル憑きは、人類あんたらを否定しねえからよ」



◇◆◇


 

 区内に着いたグレイとスノウの視界へ、殺し合うミリア人とレベル憑きの姿が飛び込んできた。


 状況は、レベル憑きの勢力が押されていた。


 ミリア人側の戦力に王都の騎士団が加わったせいだ。


 レベル憑きの反撃が彼らに大義名分を作った。収容区の暴徒鎮圧の名目で派遣された騎士団は、ミリア人側の暴徒は止めず、レベル憑き側にのみ、その刃を向けた。


 グレイとスノウはどちらの陣営の戦闘にも加担せず、まずは先にこの場所に到着しているはずの団員たちと合流することに決める。


 しかし、暫く探しても見つかるのは、収容区の紛争に参加し命を落とした団員の死体ばかり。


「パーちんとレッドちゃんは、無事かな……」


 スノウの胸中に不安がよぎる。


「分散した方が見つけやすいな。スノウ、いったん分かれてあいつらを探すぞ」


 グレイの提案にスノウは首肯した。


 収容区のT字路で二人は、互いに逆側の方向へと曲がる。


「グレちゃん、気をつけてね」


 西ブロックに向かおうとするグレイの背中に、スノウは声をかけた。


「お前も、やられるなよ」


「うん、がんばる」


「差別主義者どもに襲われたら、迷わず殺せ」


「うーんと、そこそこ、がんばる」


 東ブロックにスノウは走った。



◇◆◇

 


 痛みを紛らわすためにレッドはソーニャのことを考えた。


 自慢の姉だった。


 ほとんど育児放棄同然だった生家で、彼女はレッドの親代わりになってくれた。


 姉は口が悪かった。だが、悪いことは絶対にしなかった。口喧嘩は強いが、暴力は絶対に振るわなかった。


 この収容区に連れてこられる前。


 まだ生まれ故郷の国で姉と暮らしていた頃。


 レッドは人間の子どもと喧嘩になり、一方的に相手を殴って鼻を折ったことがある。


 家に帰ったレッドは、その一件をソーニャに自慢した。


 ムカつく人間あいつに勝ったことを誇らしげに。


 そしたら、生まれて初めて姉に叩かれた。


 ほっぺたを、ぱちんと。


 ソーニャはレッドの肩を掴んで強い口調で言った。


 ――どうして、殴ったの? 


 ――だって、あいつがオレをサベツしたから。


 ――差別されたら、殴っていいの? 


 ――でも、オレのことバケモノの子だって。


 ――殴ったら、その子はレッドのことをバケモノの子だって思わなくなるの?


 ――どうなんだろう。


 ――違うよね。


 ――違う?


 ――殴ったら、その子はますますレッドのことを嫌いになって、もっと差別するようになるよね。


 後頭部をネオに踏まれ、レッドの顔が地面にぶつかる。


 ゴンッ、という渇いた音。


 走馬灯のような姉との思い出が脳内から消えた。


 レッドの鼻が折れ、堤防が決壊したような鼻血が溢れて知らず飲み込んでしまう。


 ネオのリンチは最初は素手だったが、エスカレートすると今度は釘棍棒を持ち出して彼の肉体を滅多打ちにした。


 軽鎧の上からでもその衝撃は凄まじく、肋骨にひびが入り、口から赤いものが混じった涎が垂れる。


「ああちなみにいっておくがこのリンチはボクらの気が済むまで終わらないから場合によってはお前が死んでから気が済む場合もあるのでそこはまあ理解して殴られ続けてくれ!」


 ネオは興奮していた。


 すごく、興奮していた。


 暴力の高揚感が彼の口調を早回しに変える。


 ネオの部下二人も亀のように丸まったレッドを先の尖ったブーツで蹴りまくる。


 耳鳴りが起きる。頭がぐらんぐらんする。自分の肉体のどこが痛むのかわからないくらいどこも痛い。


 それでも、レッドはやり返さない。


 自分がバケモノの子だと自覚しているから。


 人間と友だちになりたいバケモノの子は、自分が無害であることを人間社会に示さなければならない。


 やり返せば、もっと差別される。


 ――そうだよね、姉さん。


 ――なあ、人類。オレは無害だよ。


 ――なあ、人類。オレは味方だよ。


 ――だから嫌わないでくれよ。


 ――だから認めてくれよ。


 せえ、ぜえ、と仰向けになったレッドは顎で呼吸をしていた。


「お、下顎呼吸かがくこきゅう! これはもうすぐ死ぬやつだな! はは!」


「ネオ会長どうします? ここで止めておきますか?」


「ばか中途半端に生かすのが一番可哀想だろやるなら一思いにやってやれよそれが慈悲ってもんだろうが!」


 陽の光が眩しすぎて視界が白くぼやける。何も見えない。ネオも二人の部下も――パープルの姿も、朧げだ。


 自分に迫る鉄パイプの無骨な光沢も、見えやしない。


 ネオの部下からのトドメの一撃。


 しかし――寸前で防がれた。


 拾ったのだ。


 パープルが、水晶の杖を。


 そして、唱えた。


「知覚死亡!」


 ルール違反。


 だが、知ったことではない。


 パープルはレッドの意思を尊重した。したから、我慢した。でも、パープルはレッドのことが好きだ。一番の優先順位は彼の命。


 こいつらがレッドを殺すつもりなら話は変わってくる。


 部下の一人が鉄パイプを落とし、崩折れ、うつ伏せに倒れた。


 彼は指の一本すらもまともに動かせなくなる。脳の命令が途中で切断されたような状態。


 《知覚死亡》の麻痺効果が部下を犯したのだ。


 パープルは残り二人にも狙いを定める。


 よし、正当防衛開始時刻到来だ――と、ネオは内心で喜び内心で飛び跳ねた。


 もし、敵が魔物なら、パープルは防壁魔法を展開し魔物の攻撃を防ぐ、あるいは後方に飛んでその牙を躱していただろう。


 でも、こいつらは魔物ではなく人間だった。


 勝手が違った。


 あるいは躊躇があったのかもしれない。


 人を害することに。


 結果。


 パープルは防壁も張らずに杖を構え、呪文を唱えてしまった。


 反応は、ネオの方が早かった。


 詠唱が終わる前に釘棍棒ですかさずパープルの頭部を、ごん、ごん、と二度打った。


 一撃目で右耳の鼓膜が破れた。


 二撃目で右目が潰れた。


 棍棒に打ち付けられた釘が彼女の眼球に突き刺さったのだ。


 ぷちゅ、という嫌な音。


 パープルは生まれて初めて、赤子の頃よりも大きな声で泣き叫んだ。


 杖を落とし、耳と目を押さえてうつ伏せに倒れたその背中に、ネオの追撃が加わる。


「やっぱりお前らは、ルールを守れなかった、な!」


 ネオは釘棍棒を振り下ろしパープルを容赦なくぶっ叩く。


「レベル憑きは、嘘つきばかり! 卑怯者! ゴキブリ! しね! しね! しね!!!!」


 朦朧とした意識の中、レッドはパープルの悲鳴を聞いた。


 でも聴覚があやふやで情報としてうまく処理できなかった。


 首を左に向けると、パープルが殴られる様が目に入る。


 でも、視界がぼやけていて、それがいかに深刻な状態か認識できないでいた。


 レッドはこう考えた。


 ――きっと悪いのはパープルだな。ルールを破って魔法をぶっ放したんだ。しょうがないやつだぜ全く。手を出すなっていったのによ。けどよ、心配いらねえだろ。ルール違反したら二人とも殺すってのも脅しに過ぎねえはずだ。このネオってやつもそのお仲間も、人間だ。人間なら魔物と違って話が通じる。良心があるんだ。オレが先にこれだけ殴られたし、もう先方さんも気が済んだろ。


 ――オレみてえなタッパのある男ならともかくよ。


 ――無抵抗の女の子をいたぶって罪悪感を抱かないわけがねえ。


 ――こいつらの良心が暴力を止めてくれるはずだぜ。


 レッドの内心の希望とは裏腹に、ネオの暴力は止まらなかった。


 部下が引くほど、その勢いは増していった。


 もう何十発殴られたかわからない。


「助けて」


 パープルは、絞り出すような声を上げる。


 右目からは血の涙と硝子体液が流れ続けていた。


 痛かった。痛くて痛くてどうしようもなかった。


 パープルはレッドを救おうと動いた。でももうそんな崇高な考えも綺麗さっぱり消えていた。


 ただこの痛みを誰かにどうにかしてほしかった。


 《痛い》から逃げたかった。


「助けて、レッド」


 パープルが最愛の人に手を伸ばす。手の爪は剥げていた。


 救いを求める彼女の声を、ボロボロになったレッドの耳がようやく正しい情報として捉える。


 レッドは目を見開いた。


 視界がクリアになる。


 霧が晴れる。


 真実が瞳に移る。


 全身血まみれでうつ伏せになり、悲痛な顔でこちらに縋る少女が目の前にいた。


 頭上には釘棍棒の影があった。


「……やめろ」


 やめる者も止める者も救いの神も現れなかった。


 レッドの制止の声は届かず。


 振り下ろされた棍棒は、寸分の狂いもなくパープルの頭蓋を砕いた。


 血潮が飛び散り、彼女の紫がかった黒髪をレッドと同じ赤毛に染め上げる。


 パープルは水揚げされた魚みたいに、ビクビクビクビクビク。


 痙攣した。


 動かなくなった。


 レッドは全身の痛みも忘れ地べたを這いずりパープルのそばまで行くと彼女の顔を覗き込む。


 そして全てを理解した。


 瞳の色でわかった。


 動かない唇でわかった。


 ぱっくり割れた頭の状態でわかった。


 大切な幼馴染が死んでいることを。


 ちゃんと、死んでいることを。


 麻痺状態のネオの部下が起き上がった。


 パープルの魔法が、彼女の死によって解けたためだ。


「へへ、やった」


 一仕事終えていい汗をかいたネオが、自らを労うように言った。


 爽やかな笑顔がそこに張り付いていた。


 釘棍棒には大量の血液と肉片が付着していた。


「うあああああああああああああああああああああ!」


 絶叫は、レッドのものではない。


 アイスブルーの瞳を持つパープルの友人が、東ブロックの路地にたどり着いたのだ。


 パープルが撲殺された直後に。


 友人の無残な亡骸を前に頭が真っ白になった。


 黒い激情に支配された。


 慟哭を上げながら――スノウホワイト・アリアは、地を蹴ってネオに迫る。


 殺すではなくもっと単純に壊したいと思った。


 パープルを殺したこいつをぶち壊したい。


 氷雪の魔法を右拳に纏う。


 狙えネオの心臓を。


 部下の一人が、一秒早くネオをかばった。


 ネオを突き飛ばし、自身がスノウの前に出る。


 スノウの氷拳が部下の腹を殴りぬく。


 部下が瞬時に凍りつき、勢い背後の壁にぶつかる。


 氷結状態で低温脆性を起こした部下の身体が、壁に追突した衝撃で砕け散った。


 もう一人の部下が鉄パイプでスノウを襲う。


 斜めに振り下ろされた凶器を彼女は左に避けて躱し「氷蹴撃!」と唱え、氷雪の回し蹴りを部下の頭部に食らわせた。


 凍結と同時に部下が頭から地面に叩きつけられ、凍った顔の右半分がぱりんと割れて死んだ。


 部下二人を失ったネオはただでさえ青い顔をさらに青くして後ずさる。


「ま、まて。やめてくれ。話せばわかる」


 部下のいなくなったひとりぼっちのネオは、途端に弱々しくなる。


 スノウは拳を固めたまま、ネオの方へと一歩ずつ進む。


 壁まで追い詰められたネオはその場に尻もちをついて倒れた。


「こ、殺す気かボクを! そ、そんなことをしてみろ! 収容区のレベル憑きは全滅するぞ! 王都の市民を殺したんだからな!」


「お願い、しゃべらないで」


 冷めきった目でネオを見下みくだし、拳に宿した魔力を増幅させ、構える。


「しゃべると、気が散って手元が狂うから」


 ――壊す。こいつを、徹底的に。


 ――それがパーちんへの弔いだ。


 レッドが立ち上がった。


 スノウが拳を突き下ろした。


 ネオは貝のように縮こまり、目を閉じた。


 痛みは、いつまでたっても、訪れなかった。


 恐る恐る、ネオは瞼を開ける。


 スノウの胸部から鈍色の長い刀身が突き出ていた。


「ごふっ」


 という音とともにスノウは吐血し、その場に崩折れる。


 レッドは愛刀ジャスティス丸をスノウの身体から抜くと、刀を振って血を払った。


「大丈夫か?」


 そう言って、レッドは右手を伸ばし、ネオを引っ張り起こす。


「な、なぜ、ボクを助けた?」


「言ったろ。レベル憑きは人を傷つけちゃならねえって。オレは正義の味方だ。人を傷つけるなら、魔物だろうと、同じレベル憑きだろうと、人の側に立って守るぜ」


「ぼ、ボクはお前の女を殺したんだぞ!」


「身内の死で主義主張を変えるやつは所詮その程度の雑魚だぜ」


 渇いた笑いが自然とネオから漏れた。


 ――信じられない。こんなイカれた生物がこの世にいたなんて。


 ネオはレッドの肩を叩いた。


 それから、赤毛の正義に。


 合格だ、と、告げた。


「おめでとう。お前は、人間だ。レベル憑きで唯一の、真の名誉人類だと、認めてあげるよ」


 言い終えると、ネオは路地を後にした。


 目の前の異常者から逃げるように、そそくさと。


 レッドは血の池の中に浸る死にかけのスノウを無視し、パープルの死体に近づく。


「ごめんな、助けてやれなくて」


 そして、愛する幼馴染の無残な亡骸に優しく声をかけた。


「でもよ、オマエの死は無駄にしねえからな。オレ、パープルの分まで頑張るぜ」


 憎しみに囚われてはいけない。


 レッドは自分に言い聞かせた。


 レベル憑きと人間の共生を、真の平等を成し遂げるためには痛みが必要だ。何かを失う覚悟がなければ大きな夢は成し遂げられない。


「今までありがとな、パープル」


 パープルの潰れていない左目に触れ、そっと閉じてやった。


 彼女の左目に溜まっていた涙が手のひらについた。

 

 恐怖が具現化したその雫を見て、レッドは、ギリリと、奥歯を噛みしめる。


 ――泣くなオレ。憎むなオレ。しょうがないことなんだこれは。スノウを刺したのも仕方なかった。あいつを止めるにはもうそれくらいしかやりようがなかったんだ。


 レッドは歩き出す。


 身体が壊れかけの機械のように軋むが、休んではいられない。


 ――そうだ。人を助けないと。収容区では、今、レベル憑きが魔法で人を殺してる。


 ――今までのオレは甘すぎた。人に牙を向けるレベル憑きを言葉で説得しようとしていた。


 ――対話での解決はもう終わりだ。オレは人類を守る。魔物から。レベル憑きから。


 レッドの脳裏に先程のネオの言葉が蘇った。

 

《おめでとう。お前は、人間だ》


 やった、と、レッドは思った。

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