表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自走する監獄  作者: 日下鉄男
本文
22/30

王都崩壊 三


 ハウンド城の裏門近くに置かれた自走する監獄。その一層フロアにノアの繭のメンバーは連行され、オリヴィアを除いた二十一名が中にある魔物捕獲用の檻に入れられた。


 一つの檻につき約四名ずつの収容。


 檻の扉は内側からは開かない。


 完全な拘禁だ。


「はは、やっぱこれがこの乗り物の本来の使い方だったな」「お前らは獄中がお似合いだぜ」


 檻の外で監視している騎士たちが下卑た声で笑い合う。


 一層フロアの檻は中に有機物が侵入すると壁のパイプが自動的にそれを突き刺す仕掛けになっているが、オリヴィアが監獄を起動させていないため、団員の身体はパイプの餌食にならずに済んでいた。


「さて、これからどうする?」


 パイプが縦横無尽に走った鉄格子の壁に背を預け、腕を組みながらグレイは疑問を呈する。


 グレイの入っている檻には、他にパープル、レッド、スノウが収容されていた。


「ダンチョーに任せるしかないね」


 オリヴィアは一人、ヨハンとともにハウンド城ヘと向かった。


 今やるべきは、ノアの繭や収容区のレベル憑きにかけられている嫌疑を払拭すること。


 養父への説得は娘であるオリヴィアが適任なのは、誰の目にも明らかだった。


 その時、トコトコという可愛らしい足音を上げながら、パープルがグレイのところへとやってくる。


「なんだ?」


 ぺこり。パープルはグレイの前で頭を下げた。


 ゴシックロリィタのスカートがふわりと舞う。


「グレイに感謝を表明するパーさんがここにいる。ありがとう」


「……表明される覚えはないぞ」


「レッドを助けてくれた。グレイが身を挺してくれたおかげで、レッドは死なずに済んだ」


 それは、石柱のビーム兵器の直撃に晒されそうになったレッドをグレイが蹴り飛ばし、代わりに自分がビームの射線上に身を晒した件だった。


「ちょ、おい、パープル!」


 蛇蝎のごとく嫌っている男へと頭を垂れる幼馴染を前に、レッドは慌てる。


「……お前なんぞより、パープルの方がよっぽど素直だな」


「んだとてめえ!」


 先程の喧嘩の続きとばかりに、両者は睨み合う。


「うるせえぞクズども!」「立場わかってんのか!」


 監視していた騎士二名の一喝が、グレイとレッドの諍いを止ませた。


 ――うう、ダンチョー。辛い状況だと思うけど、ガンバッテ。


 殺風景な監獄の吹き抜けを見上げながら、スノウは王の間にいるオリヴィアに願った。



◇◆◇



「紅茶、飲むかい?」


「……結構ですわ」


「残念だ。前にオリヴィアにあげたのと同じ、最高級の銘柄なのに」


 どうせ味などわからない、とオリヴィアは思った。


 王の間には赤い鎧と鉄兜に身を包んだ近衛兵が二人、王のそばに控えていた。


 ヨハンは玉座に座り、紅茶の入ったカップに口をつける。


「お父様。わたくしたちは、無実ですわ」


 王の間にオリヴィアの声が響く。


「冗談だよ」


 一拍の間を置いてヨハンは口を開いた。


「僕の忠告を無視して、チャーリーという男をオリヴィアは治療した。だけど、それで君らがテロリストの仲間だと断定するつもりはないし、名誉人類の地位を剥奪するつもりもない」


「っ! で、でしたら……っ!」


「オリヴィアの言うとおり、ノアの繭は無実だよ。日記の主は単独犯だ。僕が保証する」


 それを聞いたオリヴィアの心に希望の光が灯る。そうだ。お父様は立派な人。あの時は多数の臣下の手前、ああいうしかなかったけど、本当はわたくしたちの潔白を信じていたのだ。


 ヨハンの近くに近衛兵の一人がやってきた。


 彼はアンテナ付きの機械を手に抱えていた。


「お父様、それは?」


「ラジオだね」


 そう言って、近衛兵の持つ電化製品のスイッチをヨハンは押した。


 一瞬、ノイズが走り、続けてスピーカーから男の声が聞こえ始める。


『うひょひょ! 紳士淑女の諸君、オハヨウ! フール・モリタの《兆の丘ラジオ》の時間ダヨ!』


 無駄にテンションの高い調子で喋るラジオの男は、王宮道化師兼国務大臣だった。


「君の部下のグレイくん。あれは、勘がいいね」


「……お父様?」


「ぜんぶ、当てられちゃった」


 悪戯が成功した子どものように、ヨハンは口元に手を当てて笑いをこらえていた。


「そう、傭兵団も収容区のレベル憑きも、みんな無実だよ。真っ白だ。なんにも悪いことなんてしていない。街を壊したあの元レベル憑きですら、被害者にすぎない」


《あんたがでっち上げた代物だ。区内から二十歳を迎えそうな奴を拉致して、魔物化したら街に放つ。そういう芸当はあんたの立場なら簡単にできる》


 あの広場でグレイがヨハンに言い放った推理が、オリヴィアの脳内を駆け巡った。


「だって、今回の魔物騒動は――僕と」


 ヨハンはラジオを指し示した。


「僕の《代弁者》であるこのピエロの二人で考えたことなんだから」


『夜が明けタ。昨晩に起きた悲劇はまだ我々の記憶にまざまざと刻まれていル。この放送を聴いている全ての国民とゴキブリに告げル。王都を襲った魔物の正体は収容区のゴキブリダ。ゴキブリどもガ、お仲間をわざと魔物にしテ、王都を壊滅させようと画策していたンだがネ!』


「え? え? え?」


 オリヴィアの頭にはてなマークが何個も浮かび上がる。


『我らミリア人はゴキブリどもに最大限譲歩しタ。権利を与え、発言の機会を与え、共生を望んダ。だが結果はこうダ。ゴキブリどもは我らの慈悲を無下にしタ!』


「ラジオのボリューム、もうちょっと上げよっか」


 ヨハンがラジオの音量ダイヤルを回した。


 オリヴィアは未だに何も咀嚼できないでいた。


『我らミリア人はキサマらを許さなイ。全てのミリア人がゴキブリどもと戦うために立ち上がル時がキタ。国軍、若者、老人、そして女性たちでさえも。死んだ仲間の無念を晴らすためニ!』


「お父様! 今すぐ放送を止めさせてください!」


 気がつけばオリヴィアは父に駆け寄り、その胸にすがりつき、叫んでいた。


『なオ、今回の事件に関しテ、ヨハン王からの有り難いお言葉を授かっておりますがネ』


 僕は、優しすぎた。


 道化師が伝えた王の言葉は、その一言だけだった。


 優しすぎた? 誰に対して? 疑問が次から次へとオリヴィアの中に生まれる。


 そもそも、父は容認していたのか? 垂れ流されるこのラジオの内容を。


『今回の事態を招いた責任は、もちろん王にあるがネ。吾輩も、ラジオで王を散々叩いてきタ。だけども今日はあえて吾輩は王を擁護したイ。彼は人の痛みがわかる優しい統治者だっタ。その優しさに触れた人間は王を敬愛し裏切ろうなどと絶対に思わなイ。そう、人間、ならバ」


 人間の部分を道化師は強調する。


「けど奴らは人間ではなくゴキブリ! 悪いのは全て収容区のゴキブリ! 王も被害者だネ!」


 それはまるで、道化師の言葉を借りてヨハンが弁解しているようなものだった。


 民衆の憎悪が自分に向かないよう、本当の悪を巧妙に作り上げる。


『ゴキブリたちはもう逃げられなイ。我々が、しっかりと駆除をするかラ』


 ラジオからは血湧き肉躍るオペラ音楽が、バックミュージックとして流れ始める。


 ヨハンの燕尾服を掴んだまま、オリヴィアはその場にへたり込んだ。


「これは……虐殺の扇動ですわ」


『放送局から王都の様子が見えるガネ。ああ! 今! 今! 人々が手に武器を持って家から出てきたがネ! 武器屋防具屋に押しかける人も多数見受けられるがネ! うひょひょひょ!』


 闘争心を煽る猛々しい音楽とともに、道化師によるラジオ実況が始まった。


『おお! 今、娼婦らしき女が複数の男に囲まれタ! 男たちが娼婦の髪を引っ張って引きずり倒しタ! ああ! 今、男の一人が手に持った山刀で娼婦の胸を引き裂いた! あ、現場の○○に中継が繋がったガネ! ○○さんオハヨウ! 早速だガ、なぜ、あの女がリンチされていル?』


『現場の○○です。はい、どうやら彼女は、右足の踵にレベル憑きから治療を受けた痕があったみたいで。ええ、茶色く変色していましてね。彼女を買った男がそれで激昂して、仲間を集めて仕置きをしているようです。まあ、この情勢では致し方なしですね』


『○○さん、アリガトウ! 現場からは以上でしタ!』


 ラジオが多数の声を拾う。


 それは民衆たちの叫び声。


 レベル憑きを殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


「まるでお祭りだね」


 やれやれといった調子で、他人事のようにヨハンは首を振った。


『うひょ! あの娼婦サン、痙攣してたと思ったら動かなくなりましたネ。合掌!』


「ふぅん。収容区に行く前にまずは身内の裏切り者から手をかけるのか。この分じゃ王都のレベル憑きシンパやその疑いのある者はあぶり出されて死亡かな。ふぅ、危なかった。フールにラジオでかばってもらわなかったら、民衆の怒りはレベル憑きに融和的な僕にも向きかねなかったよ。ん? オリヴィア? どうしたの? え? 今殺された娼婦、知ってる? 知ってるの? 君が一週間前に魔法で治した? ふぅん。階段で転んだのを目撃してねえ。ああ、そういうことか。回復魔法で治癒した傷口は二週間の間は変色するからねえ。残念。オリヴィアが余計な真似をしなければ彼女は足の怪我だけで済んだはずなのに、命まで転んじゃったね」


「……止めてください」


 魂が抜けたような声をオリヴィアは発した。


「王都の人たちの暴走を、止めてください。お父様」


「もう僕じゃ無理だよ。家族や友人を魔物に殺された人たちの怒りは、どんな賢王でも鎮めることはできない。彼らはこのまま収容区になだれ込んで、報復を始めるだろうね」


「収容区の人たちは無実です。他ならぬお父様が今さっきおっしゃっていたじゃありませんか」


「オリヴィア。遅かれ早かれこういう事態は起きていたんだ。収容区と王都の対立は来るところまで来ていた。僕とフールが何かしなくとも、きっと近い将来、収容区のレベル憑きたちが本物のテロを起こす恐れがあった。もっと大規模なレベルで。そうなってしまえばもうお終いだ。我が国は内戦に途中し、最悪崩壊する」


「だから、先にマッチポンプを用いたのですか? 無辜の民を百二十一名も死なせてまで」


「政治的な駆け引きだよ。少数の犠牲は仕方がない」


 ――三桁の国民がお父様の自作自演によって殺されたのに、少数の犠牲? 


「わかりません。お父様が何を望んでいるのか……」


「空気の循環」


 ヨハンは言った。


「収容区の者たちは権利を求めすぎた。僕が甘やかしたせいだ。しかも今の収容区は住民が増えすぎて、新しいレベル憑きを迎えることも難しい状態だった。ちょうどよかったんだ。レベル憑きに不満のあった大多数のミリア人は、これでガス抜きができる。権利ばかり主張する煩わしいレベル憑きはごっそり消えて、新しいレベル憑き(棄民)を受け入れることができる」


 王は学んだのだ。


 レベル憑きを甘やかすと碌なことが起きないということを。


「収容区の換気が終わったら、新しく入れるレベル憑きの人権は抑圧する方向で動かないとね」


 目尻に涙を溜めたオリヴィアの顎を、ヨハンの指が持ち上げた。


「オリヴィア、パパの頼みを聞いてくれるかい? あのね、ノアの繭を止めておいて欲しいんだ。収容区のお祭りが終わるまで」



◇◆◇



 得物の槍を構えた騎士二人が、穂先を檻の中にいる団員たちに突きつけた。


 騎士の足元にはラジオが置かれており、猛々しいオペラ音楽が流れている。


「ラジオ、聞いたな? いいか。これから収容区のレベル憑きは市民の手によって浄化される。お前らの中にもあのクソ区出身の奴がいると思うが、まかり間違っても、ここを脱出して区内のテロリストどもを助けに行こうなんて思うなよ」


「王は寛大なお方だ。レベル憑きとはいえ、今回のテロに関わりのないお前ら名誉人類の地位は守ると言ってくれている。もっともお前らがこの《市民運動》を邪魔するなら、話は変わってくるがなあ」


 騎士たちは王のお心を代弁した。


 檻の中、レッドは髪を掻きむしる。


 ――畜生、ふざけんな。収容区の連中がテロを画策したなんて、ありえねえ。何かの間違いに決まってる。


「は、話し合いで解決できねえのか?」


「無理だな。あのラジオのおかげで、民意が暴れ咲いた。恐慌を来した集団心理はたとえそれがデマであろうとも、少数派を惨殺しなければ収まらん」


 レッドの希望的観測をグレイは一蹴する。


 武器を持った民衆の大移動が始まったことをラジオは告げる。


 向かう先は、収容区だ。


『――き、聞こえますか、皆さん』


 全員の脳内にオリヴィアの声が響いた。


 念話だった。


「オリヴィアか」


『グレイさん、ご、ご無事ですの?』


「上々だ。そちらは?」


『あの……収容区に、暴徒が向かいましたわ』


 市民運動ではなく、あえて、オリヴィアは暴徒と口にした。


「俺たちはどうすればいい。待機か?」


『グレイさん。わ、わたくしは団長です。団の皆さんを……危険に晒すわけには……』


 声が二の足を踏んでいた。


 ヨハンの命に従って傭兵団を止めておくべきだ。そうすれば、団員たちの地位は剥奪されない。命は奪われない。


 ――わかっている。わたくしの言うべきことは。


『た、たいき……を』


 首を斬られてもがき苦しむチャーリーの映像が、オリヴィアの頭を殴った。


「ダンチョー」


 スノウの声が王の間にいるオリヴィアに優しく触れる。


「ダンチョーの好きに決めなって。どんな命令が来たって、アタシたちは怒らないよ」


 レッドを除いた団員メンバー全員が、スノウの台詞に深く頷く。


 オリヴィアが思っている以上に、彼女は団員たちから信頼されていた。


 まだ十二歳の少女。けれど、彼女の適切な指示で今まで何度も危機を乗り越えてきた。


 安全地帯から偉そうに指図するヨハン王なんかよりも、よっぽどマシだ。


『あの……その……じ、実は……』


 上ずった声で、オリヴィアは言葉の助走をつける。


『黒幕は、父でしたの……今回の件は、父と、道化師フールが仕組んだのです』


 レッドの顔が青ざめる。パープルが視線を落とす。スノウがひゅーと口笛を吹く。


 グレイは平然としている。


「当たってしまったな」


『さすが、グレイさんですわ』


 ――外れてくれたほうがマシだったがな。


『皆さんにお願いがありますの』


 オリヴィアが大きく息を吸った。


『収容区の人たちを助けてください』


 銀灰色の大剣が鉄格子を斬り裂いた。


 騎士たちが槍で応戦する前に、グレイは開いた檻から飛び出し目にも留まらぬ速さで連中の背後に回り込んで、騎士たちの首に手刀を食らわせる。


 騎士二名が気絶すると、グレイはオリヴィアとの念話を再開し、こう伝えた。


「その命令、承った」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ