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自走する監獄  作者: 日下鉄男
本文
18/30

砂漠 三


「ひどいね、これ」


 スノウが、ため息混じりに漏らす。


 さすがの彼女もこの状況では冗談も言えない。


 洞窟内に転がっていた二人の女児の死体をスノウが見分したところ、両方ともあちこちに暴行の跡があった。


 性器もズタズタに壊されていた。


 死体は二つとも右手の甲に青い刺青が刻まれており、

 片方は体型から見てまだ一桁代だった。


 レベル憑きの彼女らが生前、誰かに乱暴を受けていたことは間違いない。


「あそこ」


 パープルが洞窟内の行き止まりを指さす。


 その一角は地面が抉れていた。


 円状に抉れていた。


 レッドが目を細め、炎の渦が巻かれた刀剣を用いて抉れた箇所を照らす。


「誰かがこの洞窟で魔物になったっぽいな」


 レベル憑きが魔物化する瞬間、身体から吹き上がる青紫の竜巻。


 その爆風で地面が不自然なほどに綺麗な円状へと抉れることはよくある。


 目を凝らして辺りを見てみれば、洞窟内には、二人の女児が身につけていたものとは異なる衣服や下着、靴、半壊した水筒などが散乱していた。


 魔物の隠れ家で見つかった生活跡。


 レベル憑きの死体。


 洞窟から現れた魔物。


『……レベル憑きの集団がこの洞窟に隠れ潜んでいた可能性が高いですわね』


 スノウから報告を受けたオリヴィアが、状況証拠を元に推察する。


 洞窟に隠れていたレベル憑きの一人が魔物化。

 

 そして他のレベル憑きを襲い、

 《魔物の概念》を流し込まれた者達は順次魔物化。


 結果、洞窟の者が残らず魔物化。


 二つの死体は仲間のレベル憑きが魔物化する前に命を落としたから、魔物にはならなかった。


「じゃあ、おれらが殺してたのって、元レベル憑きの魔物だったってことッスか……」


 オリヴィアの推察を聞いてチャーリーの顔が青ざめる。

 

 A型魔物の断末魔は未だ彼の耳にこびりついていた。


『……問題は彼女たちが何から《隠れて》いたか、ですわね』


 レベル憑きの集団が洞窟に隠れる理由となった存在が外にいる。


 そしておそらくは、この二人の女児に乱暴を働いたのも……。


「犯人は、だれ?」


 パープルの疑問が洞窟に吸い込まれた。


 《カルブ》の国境地帯から首都までは馬車で丸一日かかるが、国境の関所まではここから徒歩で三十分程度で辿り着く。


『そういえば……』


 オリヴィアが何かを思い出したように声を上げた。


『関所の憲兵さんのわたくしを見る目が……自意識過剰だとは思ったのですが……その……少し気持ち悪くて……』


「ダンチョー。まさか、それって……」


「あいつが犯人ってことッスか?」


『確証はありませんわ』


「下手に人を疑うのはよくないけど、本人に直接、話を聞く必要はありそうな案件だね」


 スノウの提案を受けてオリヴィアはあることを思い出す。


『……そういえば、今、グレイさんがその憲兵さんと一緒にいらっしゃいましたわね』


 護衛のために小屋に残った童顔男の顔を脳裏に浮かべたオリヴィアは、急ぎ、念話を彼に繋ぐ。


『グレイさん。聞こえますか? 今どちらに? ……え? 地下……死体? 何をおっしゃっておりますの? ちょ、ちょっとお待ちなさい――!』


 突然声を荒げたオリヴィアに洞窟内の一同は何事かと眉をひそめる。


『た、大変ですわ! グレイさんが今からあの憲兵さんを殺すとおっしゃって――』


 間。


 レッドが走り出した。


 関所を目指し全速力で。


 人を守る正義のレベル憑きはグレイを止めるために砂漠を駆け抜けた。


 

◇◆◇



 オリヴィアから念話で何度も再コンタクトがきているが、

 グレイはその全てを無視し、目の前の異常性欲者に向き合う。


「南方の鉱山で取れる特殊な石灰岩を加熱して製造した石灰は、水に溶かすと消臭剤として劇的な効果を発揮する」


 白頭の憲兵に剣を突きつけながら白い液体に浮かぶ死体をグレイは見下ろす。


 幼い少女たちの損壊した躯には、どれにも青い刺青が刻まれていた。


「この溶かした石灰を石灰死水せっかいしすいと言ってな。消臭効果だけではなく死体の腐敗も遅らせることができる。だが、死体の臭いは消せても、死水そのものが微量ながら独特な刺激臭を放つんだ」


「お詳しいですね……」


 憲兵が目を細めて感心したように言った。


「嗅いだことがあるからな」


 地域によっては、死体を石灰死水で満たした棺に入れて埋葬する。


 グレイの生まれ故郷である農村も同様のやり方で死体を処理していた。


 オリヴィアやレッドが嗅いだことのない微量な刺激臭を、

 この小屋に入った当初からグレイは死水として認識していた。


 ゆえに彼はオリヴィアの留守命令を素直に受け入れ、小屋に残った。


 憲兵の住まいに隠された死体を探るために。


 死体が隠されている理由を憲兵から聞き出すために。


「さて。お前は先程、俺に《だめでしたか?》と聞いたな?」


「は、はい」


「逆に聞くが、良いとでも思ったのか?」


「…………」


「レベル憑きのガキを犯して殺して死体を死水に投げ捨てる行為に他者が理解を示すと、本気で思ったのか?」


 つまりはそういうことだった。


 この憲兵はレベル憑きの女児を陵辱し、肉体を傷つけ、使い捨てた上で殺してここに棄てていた。


「入手経路は収集用の馬車か」


 レベル憑きの収集を希望する他国の人間が電報で連絡を入れると、ミリア王国はそれを受けて雇い入れたキャラバンを現地に派遣し、同国に住まうレベル憑きを荷馬車に積んで運ぶ。


「……馬車が時折、この砂漠の国境を通ることがありましてね。様々な国から集めたレベル憑きの子たちが、乗っているんですよ」


 悪びれもせず、過去に思いを馳せるように憲兵は白状する。


「その中で気に入った子を何匹か買い取ってました。金ならあるんですよ。私にないのは女児だけです。こんな辺境の地で国境の警備をしているだけですから。他に趣味もありませんし」


「わかった。もう喋るな」


 グレイが憲兵の心臓に剣先で狙いを定める。


「ちょ、ちょっとまってください! わ、私を殺す気ですか?」


「殺す気だが?」


「ど、どうして!?」


「太古の昔から罪人は斬り殺されてきた」


「だ、だって。レベル憑きは犯しても殺しても食べても罪には問われないじゃないですか。す、少なくともこの国ではそうなってますよ? 彼女らに人権はありません」


 刺激臭で充満した地下室に憲兵の自己正当化が響き渡る。


「そりゃあ私も本当は気持ちの悪いレベル憑きじゃなくて、普通の女児とヤリたかったですよ。でも仕方ない。捕まって死刑になりたくはありませんから」


 あ、ごめんなさい。グレイさんもレベル憑きでしたね。不愉快にさせたのなら申し訳ありません、と憲兵は謝った。


 憲兵にとって小児性愛者の仲間であるグレイは同志だ。

 被差別民であるレベル憑きでも《こいつだけは許せる》枠。


 無論、グレイにとっての目の前の男は《殺人鬼》に過ぎない。


「もしかして、グレイさんは動くやつがいないことに怒っているんですか? すみません。貴方が来るとわかっていたら何匹か生かしておいて穴をお貸しできたのですが。私、鮮度が落ちたり頭がおかしくなるとすぐに処分してしまうんですよね」


 プカプカと流れてきた一体の死体を憲兵は拾い上げる。


「少し前に新しく十四匹仕入れたんですけど、目を離した隙に逃げられてしまって」


 両眼が抉れたその死体を憲兵はグレイの足元に放り投げた。


「お詫びといったらあれですが、この子は死んでから日が浅くてあたたかいので、まだ使えると思いますよ? 死姦はグレイさんのお好みに合うかわかりませんが、おひとつ、いかがですか?」


 同志グレイに怒りを鎮めてもらいたい一心の憲兵だった。


「悪かった」


 グレイは謝ることにした。


「俺は小児性愛者ではないんだ」


 こちらに落ち度があると後腐れなく殺せない。


「お前好みの嘘をついた。その方がお前の隠れた本性が引き出せそうだったからな」


 途端、憲兵は目に見えて落ち込んだ。


「俺があんなチンチクリンに欲情するわけないだろうが」


 殺されたレベル憑きへの弔いと断罪のために。


 グレイは幻影剣を斜めに斬り下げる。


 直後。


 地下室に降りた影が――グレイの凶刃を止めた。


「間に合った……ぜっ!」


 幻影剣の刃に実体の刀剣がぶつかった。


 衝撃で憲兵は尻もちをついたが、身体は無傷。


 憲兵を守るためにレッドはグレイの前に立つ。


 グレイは憲兵に向けていた殺意を今度はレッドに向ける。


「邪魔だ。退け」


「退くわけねえだろ。自分がなにやってんのかわかってんのか?」


「足元を見ろ。その男の欲望のはけ口の結果が転がっているぞ。これを見てもまだそいつをかばう気か?」


「わかってるっつの。あの洞窟にいた魔物はここから逃げ出した連中だってこともな」


「魔物? おお、やはり――洞窟の魔物は彼女たちだったんですよね。合点がいきました!」


 死の危険に晒されて脳内麻薬がドバっと溢れたのか、憲兵は早口でまくしたてる。


「そうなんですよ。私が買い取ったレベル憑きの中にもうすぐ二十歳になる女が紛れ込んでいたみたいでね! 外見はロリにしか見えなかったのに偽物だった! 騙されましたよ!」」


 合法ロリ。それは憲兵にとって唾棄すべき存在であった。


「そうか。あの偽物が逃げた先で魔物化したんですね! はは、それで残りの十三匹も連鎖的に魔物化したんだ。ああ、でも洞窟の魔物は十二匹だったはずだから、二匹は魔物化する前に死んだのか。逃げ出す前からだいぶ弱ってたのがいましたからね。はははははははは!」


 憲兵の狂笑が地下室に響き渡る。


 グレイが剣を再び振り上げ、それに対抗し、レッドはジャスティス丸を構えた。


「やめろ! 殺すな! オレたちの仕事は人間を守ることだ!」


「そいつは人間じゃない。魔物以下の畜生だ」


「人間だ! オレらが守らないといけない存在だ! それが誰であってもな!」


「足元の死体がお前には見えないのか?」


「見えるさ! けど、これを裁くのはオレらじゃねえ!」


「この国の法はこいつを裁かない。殺されたのがレベル憑きだからだ。生かせばまた同じような犠牲者が出る」


「……っ! そ、それでも!」


「それでも、ときたか」


「オレらは魔物を狩って人間を救うんだよっ! どんな理由があっても殺しちゃいけねえんだ!」


 グレイが常にレベル憑き側に肩入れするように――


 レッドもまた人間とレベル憑きを明確に線引していた。


 ただし、後者は人間の味方だった。


 人間の味方であり続けようとしていた。


 たとえそいつがどれ程の極悪人であろうとも。


「一度でも人間を殺せば、噂が広がっちまう。レベル憑きが人間を殺したなんて知れ渡ったら、誰もオレらを支持してくれなくなる。差別がもっと広がっちまうんだ!」


「黙れ。お前の言葉は糞の連なりだ。聞いてるだけで耳が臭くなる。最後通告だ。そこを退け。拒否すればお前も殺す」


「やってみろや! 返り討ちにしてやるぜ!」


 両者の武器が交わりかける寸前。


 巨大な質量が地面を踏み鳴らした。


 振動は地下二階の彼らにまで伝わる。


「グレちゃん、ストップ!」


 地下に降りてきたスノウの第一声と同時に、

 グレイはレッドに飛びかかった。



◇◆◇



 結論からいえば――グレイの初撃はレッドの防壁魔法に止められ、次いで、スノウが放った氷雪魔法が彼の手足を凍らせた。


 氷雪魔法で拘束されたグレイをスノウとレッドは憲兵から引き剥がす。


 そのまま彼は監獄の自室に押し込められ、外に出れないようにスノウが監視する運びとなった。


「グレちゃん。頭、冷やそ?」


 鉄格子の扉の向こう。自室のベッドに座るグレイに気を使うように、スノウは声を掛ける。


「こいつを外せ」


 グレイは腕の拘束具をスノウへと掲げた。


「だめ」


 拘束具はスノウの魔法で操作されているため、

 彼女が魔法を解かなければ外れることはない。


「憲兵が何をしたか、お前は知らないのか?」


「知ってるよ。洞窟でも地下でも、死体、ちゃんと見ちゃったしね」


「……ならお前も、レッドの考えに与するつもりか?」


「こらこら。白か黒かでものを語らないの。確かに憲兵さんのやったことは許されないよ。アタシだって、できることなら顔がベコベコになるまで殴りたい。でも、今、グレちゃんがあいつを殺したら国際問題に発展しちゃう可能性があるのは事実だから」


 先程のレッドの発言にも一面の真理はあった。


 魔物討伐の依頼を受けて他国に派遣されたレベル憑きが、この国の人間を独断で殺せば、両国の関係に禍根を残す結果になることは間違いない。


「政治の話なんだよ、これ」



◇◆◇



 監獄から降りたオリヴィアは、縄で全身を巻かれ、簀巻きにされて小屋の部屋に横たわる憲兵を見下ろした。


 グレイを監獄に閉じ込めた後、オリヴィアは団員に命じて憲兵を地下室から引きずり出し、捕縛させたのだ。


 地下にあった死体は比較的グロ耐性の高い団員たちに運び出させ、レッドにまとめて焼いてもらった。


 洞窟内の死体も、地下のものと合わせて焼かせた。


 死者の灰は砂漠の大地に還す。


 オリヴィアなりの、せめてもの供養だった。


「あなたに聞きたいことがありますわ」


 地下室と洞窟内のレベル憑きの死体に関して、

 その発生理由をオリヴィアは冷たい声で尋ねる。


 憲兵は誇らしげに自供した。


 内容はグレイに語ったのと変わらない。


 レベル憑き収集の荷馬車から好みの女児をダース単位で買って犯して殺して地下に埋めた、と。


 一部の生き残りが小屋から逃げ出し、魔物化してしまった、と。


「ああ、それにしても君は可愛いですね。もし収集馬車の中に君がいたのなら、いの一番に買っていの一番にぶちこんでやるのに。ほら、見てくださいこれ。君に見つめられているだけで、こんな――」


「黙りなさい!」


 オリヴィアは膨らんだ憲兵の下半身から視線を外して一喝する。


「収集馬車でミリア王国に運ばれるレベル憑きの個数は王国内で細かく管理されていますわ。お城の帳簿と数が合わなくなれば大問題になります。横流しなどできるはずがありませんわ」


「できるんですよ、それが」


「……どういうことですの?」


「ミリア王国が許しているんですよ。馬車で運んでいる最中のレベル憑きの《販売》を」


「っ! う、嘘ですわ! お父様がそんなこと許すはずがありません!」

 

「そのお父様が許可したんです」


「……そ、そんなっ」


「私がレベル憑きを買う時に払ったお金の半分は、収集馬車のキャラバン。もう半分はマージンとしてミリア王国のポケットに入る仕組みになっていると聞きました。現地で大金を貰ってレベル憑きを収集し、移動中にその一部を販売して小銭を稼ぐ。良い商売だと思いますよ。元手はタダですからね」


 オリヴィアは頭を振って憲兵の発言を否定する。


 あのレベル憑きに融和的な父が、そんな人身売買みたいな真似を認めているなんて彼女には到底信じられることではなかった。


「私だけではなく他の平民も結構な数を買っていますよ。皆、楽しむだけ楽しんで二十歳になる前に殺すんです。無論、買うのはこの国の人間だけじゃありません。収集馬車は途中でいくつもの国に立ち寄りますからね」


 オリヴィアは周囲を見渡した。


 大丈夫だ。団員は皆、外にいる。


 小屋の中には自分とこの男だけ。


 他の団員を外に出しておいて良かった。


 こんな話、ノアの繭のメンバーには聞かせられない。


「私を裁きますか?」


「……わたくしにその権限はありませんわ」


 憲兵の問いにオリヴィアは無力な答えしか返せない。


「あなたのおっしゃったことが本当かどうか、一度帰ってお父様に確認を取ります。もし嘘をついていたのなら、あなたも含め、この国でレベル憑きを買ったもの全員に然るべき制裁を与えるよう、カルブ国に要請を出させてもらいますわ」


「では、それまでの間は――引き続き、買わせてもらいますね」


 簀巻きのまま、白頭の憲兵はにっこりと微笑んだ。


「近々、収集馬車がまたここを通る予定なんです。失われた分を補充しますよ。お金はあるんです。私にないのは女児だけだ。ああ、もし貴方が今の地位から転げ落ちたらぜひとも買わせてください。大丈夫。貴方が死ぬまで愛してあげますから」


 憲兵は恍惚と吐き出す。


「ああ、そうだ。魔物退治の報酬を払わないと。ええ、もちろん。未払いなんてしないですよ。簀巻きにされてもちゃんと払いますから」


 そう言って憲兵は机の上に置かれた封筒を顎で示した。


「中身は確認しておいてくださいね」

 

 オリヴィアは封筒を手に取ると中身を確認せず、

 ドレスのポケットに押し込む。


 依頼は終わった。


 この国にいる理由はない。


 いたくもない。


 この気持ち悪い男の前から早く逃げたい。


 オリヴィアは下唇を強く噛みながら、

 《シロ・クマ》で彼の身体の縄を切断した。


 憲兵を拘束する権利は、ノアの繭の誰にもない。


 憲兵は自由の身だ。


「ありがとうございます」


 憲兵は埃を払いながら立ち上がる。


「きっと私は裁かれませんよ」


「確認するまでわかりませんわ」


「いいえ、わかります。だってこの世界では――貴方たちレベル憑きに、人権などありませんから」



◇◆◇



 二十三名の団員と二匹の強化素材を乗せ、監獄は砂漠の国を後にする。


 砂漠地帯から離れたところまで行くと、スノウはようやくグレイの拘束を解いた。


「ごめんね」


「……お前は自分の仕事をしただけだ」


 相手がレッドだったら有無を言わさず殴り飛ばしていただろう。

 

 だが相手がスノウとなると強く出れないのがグレイだった。


 スノウが鉄格子の扉を開けてグレイの部屋に入り、ベッドに腰掛ける。


「あのね。今日戦った魔物、すっごく弱かったんだ」


 そして隣に座るグレイに、胸の中でわだかまっていたものを吐き出した。


「アタシたちが来るまで洞窟にずっと隠れてたみたい。こっちが外に追い出しても全然戦う気配なくて、不思議な魔物だったなあ」


「……生前の記憶が残っていたのかもしれないな」


「ふぇ? そんなことってあるの?」


「わからん。ただ、少し前に似たようなタイプの魔物を見たことがある」


 グレイは思い起こす。


 魔物になった後も生前の記憶に基づいて行動をしていた、

 あの、ラクマ村の少女のことを。


「もしそれが事実なら、魔物が洞窟から出たがらなかった理由もおおよそ予想がつく。怖かったんだろう。外に出たらまたあの男に捕まるかもしれないという恐怖が、記憶の奥深くまで刻まれていたんだ」


「うわぁ、嫌なこと聞いちゃったなあ」


 ベッドの上で伸ばした両足をスノウは上下にパタパタと動かす。


 心に溜まった苦いものを振り払うように。


「そんな子たちをアタシは殺してしまったわけだ」


「……生前の記憶があろうとなかろうと、魔物は敵だ。殺すべき存在であることにかわりはない」


「お、グレちゃんが珍しくも気を使ってくれてる。あはは、ちょっとうれしいぜ」


 グレイなりの精一杯のフォローを受けてスノウは可笑しそうに笑う。


 それから彼女は右腕を天井に掲げた。


 洞窟の魔物を殺してレベルアップした彼女の腕。


 そこに刻まれた刺青の成長を目に焼き付けながら。

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