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自走する監獄  作者: 日下鉄男
本文
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ミリア王国 二

 

 巨大なシャンデリアが大理石の床を照らしている。


 王都最高級という地位に恥じぬ絢爛な作りのフロントで鍵を受け取ると、グレイとオリヴィアは二人が泊まるホテルの一室に向かった。


 すでに他の団員はホテルの自室で寛いでいる。


 鍵を回して入室。部屋の中の高価なダブルベッドを目にし、グレイはようやく気づく。


「ここは俺の部屋か?」


「あなたとわたくしの部屋です」


「……何を言ってるんだお前は?」


「わたくしがお父様に頼みましたの」


 グレイを城に連れて行ったのと同じ理由。

 彼女はグレイを王都で一人にさせたくなかった。


「報告会の件で痛感しましたわ。王都にいる間は片時もあなたから目を離してはいけないと」


 前回の帰国時に起きたトラブルをオリヴィアは思い出す。


 グレイをホテルで一人部屋にした時はベッドメイキングに来た従業員の胸ぐらを掴み、罵声を浴びせていた。


 王都を単独で歩かせたら、すれ違う人間と喧嘩になってあわや暴力沙汰になりかけた。


「王都の人間の何がそんなに気に食わないんですの?」


「俺のせいじゃない」


「あなたのせいですわ」


「奴らがレベル憑きだという理由で俺を見下す発言をしたからだ」


 収容区にいるレベル憑きの王都への立ち入りは禁じられているが、ノアの繭の団員は別。魔物を倒し王国に外貨をもたらす団員たちは《名誉人類》認定されており、王都を自由に歩ける。


 グレイは収容区出身ではなく、オリヴィアに勧誘を受けて現地加入した団員だが、ミリア王国で住民登録をしているので名誉人類としての権利を享受できていた。


 名誉人類制度はヨハンの代から始まった。

 彼の改革の一つである。


「レベル憑きという理由で侮辱されたのなら、それは法律違反ですわ。グレイさんがわざわざ暴力に訴えでる必要はありません。まずは然るべき法律機関に通報しなさい」


 これもヨハンの改革の一種。彼が制定した《公民権法》により、国内でのレベル憑きへの差別発言や暴力行為は禁じられている。


「その法律、本当に機能しているのか?」


 グレイは疑問を呈する。

 公民権法に罰則規定はない。仮に違反しても、罰金を払う必要もないし捕まることもない。


 その時、部屋の外が騒がしくなっていることに二人は気づいた。


 グレイは二階の窓を開き、騒音の原因を見下ろした。


「レベル憑きに特権を与えるな!」「名誉人類制度を廃止しろ!」「公民権法を潰せ!」


 反レベル憑きの市民団体――憂国新和会ゆうこくしんわかいが今日も元気にプラカードを持ってデモ活動を行っていた。


「レベル憑きを叩き出せ!」


「「「たたきだせー!」」」


 シュプレヒコールの大合唱が広場を満たす。


 参加者の年齢層は高いが若い者もいる。

 人数は四十名ほど。皆、王都の一市民だ。


 公民権法施行後、この手のデモは収まるどころか、より一層活発になった。


「レベル憑きを殺せ!」


 痩身で骨ばった顔つきの男が、三白眼をかっと見開き、憎悪の叫びを撒き散らす。


 彼は憂国新和会の会長。名はネオ・キガリ。


「「「殺せー!」」」


 ネオの叫んだ憎悪表現を他の参加者はシュプレヒコールとして撒き散らす。


「なあ、あれは法律違反じゃないのか?」


 外の連中を指さし、グレイは吐き捨てるように指摘した。


「……デモの自由は認められておりますの。国民の声は……たとえそれが反対意見でも聞き入れる。父は独裁者ではありませんわ」


「だが奴らが喋っている内容は完全な差別、虐殺の扇動だ」


「許可を取った上で行っている主張ですから……表現の自由に収まる範囲ですわ」


「収まっていないと思うのだが」


「お、収まっておりますわ!」


 ムキになって反論するオリヴィア。


「じゃあ、これはどうだ?」


 グレイはホテル備え付けの電化製品の電源を入れた。

 それは《ラジオ》だった。工業国のガトロイト国産。王都ではどの家庭にも一台は置いてある。


 グレイのつけたラジオから、甲高い男の声が聞こえ出す。


『そも、レベル憑きは人間ではなく魔物モドキなのでス! うひょ! 二十になれば人類の敵に変わりまス! なのにうちの王様は彼らと共生をしろとおっしゃル。レベル憑きに甘い政策ばっかり作り上げル。はっきり言いますがネ、王は大馬鹿なのでス。レベル憑きのおかげで我が国は成り立っている? うひょひょひょ。まさか! 収容区のレベル憑きは税金を免除されていまス! 働かなくとも国から物資が配給されて飢える心配もありませン! 国内では仕事が見つからずに餓死する者もいるというのにデス!』


 奇怪にまくし立てるメインパーソナリティは、王国の国務大臣フール・モリタ。


 彼は自身のラジオ番組を持っていた。聴取率は常にトップ。国民の大半が彼の主張に耳を傾け吸収する。


『レベル憑きどもが運んでくるお金よりも、奴らの生活を維持するために使われるお金の方が圧倒的に多いのでス! 今や収容区のレベル憑きと傭兵団は国費を圧迫する害虫でしかないのでス!』


「あのキモピエロ。城にいないと思ったら、やはりこのラジオに出てたのか」


 グレイは一度だけこのフールと対面したことがある。

 二年前、ノアの繭の一員として初めてこの国を訪れた時だ。


 王都の東門から入国しようとしたグレイと他の団員たちの前にフールは現れ「うひょひょ! 犬と豚とレベル憑き、入るべからずズ!」と煽ってきたのだった。


 オリヴィアが止めなければ彼はフールを斬り殺していただろう。


「……わたくし、この方は苦手です」


 オリヴィアはすぐさまラジオを消した。


「あまりお声を聞きたくありませんの」


 ラジオの声は止んだが、外のシュプレヒコールは未だ止まる気配がない。


「だが、奴は国王の右腕らしいな」


「ええ、そのとおりですわ」


「なぜこんな差別主義者をヨハンは近くに置いている?」


「それは彼が道化師だからですわ」


 国務大臣フールは宮廷道化師を兼任している。


 道化師とは元来、王のそばにつき、王を笑わせながらも王が増長せぬように、その行動や主義思想を批判する役割を与えられるものだ。


 大臣職の合間にラジオに出て、王への逆張りをかますのも、彼の仕事の一つではあった。


「政治に影響力のある奴のジョークなど、面白くもなんともない。害悪そのものだ」


 もともと部外者のグレイからすれば、この国は、表面上はレベル憑きを差別しないと謳っているが、内実はいびつで、目に見えない膿が溜まっているように思えてならなかった。


「そもそもなぜお前は両親のところに泊まらない? 俺への監視なら別の人間を立てればいいことだ。ハウンド城で、親子水入らずでたまの休みを満喫すればよかったものを」


 その問いに対してオリヴィアが答えたのは、秒針が一周した後だった。


「…………認められておりませんから」


「なに?」


「お父様とお母様にわたくしはまだ……あのお二人とプライベートを共にしたことは、ほとんどありませんの」


「報告会で見せた家族団らんは、一体何だったんだ?」


「…………」


「たまのプライベートも一緒に過ごさない。あまつさえ、お前を団長にして危険な魔物狩りに派遣する。親が子どもにすることじゃないな」


 難詰するつもりはなかったが、元から口の悪いグレイだ。オリヴィアに拾われてから二年の間に溜めていた疑問でもある。それは言葉にすると、途端に鋭い棘を持ってしまう。


「だ、団長の件に関しては、違いますわ! わたくしが志願したのです!」


 二人の養子になる前。オリヴィアは王都に忍び込み監獄と契約を交わした。


 一度契約をすると破棄は不可。彼女が死なない限り監獄は他と再契約できない。


 だから養子に貰われてすぐ、オリヴィアは両親に頼み込んだ。


 わたくしの責任です。わたくしを団長にしてください、と。


「中西部に魔物の生息は確認されておりませんが、いずれこの国に進行して来る可能性はありえます。魔物の脅威を事前に排除し、お父様とお母様、そして将来生まれてくるであろう二人の本当の子どもの未来を守ることができるなら……わたくしは幸せですわ」


 オリヴィアのその答えは、

 半分は本音で、もう半分は強がりだった。


 嫌な沈黙が部屋の中に流れる。重苦しい。

 

 よく見ればオリヴィアの目尻には涙が溜まっていた。


 しまった、とグレイは思った。これは本意ではない。彼女を傷つける意図はなかった。


「いや、あのな……」


 弁解を述べようとしたその瞬間、


「ノックもせずにどーん☆」


 グレイたちの部屋に陽気の嵐が乱入した。


 銀髪で三つ編みのロングヘア。アイスブルーの瞳。よく育った胸。

 ノアの繭の団員、スノウホワイト・アリアが、その容色に底抜けに明るい笑顔を湛えオリヴィアとグレイに振りまく。


「およ? なになに~? ふたりとも、けんかちゅー? ちゅーして仲直りしなって」


 口を《ちゅー》の形にして顔を突き出すスノウ。


「な、なんでもありませんわ」


 目を擦って、オリヴィアは涙の跡を隠す。


 が、一足遅かった。


「わ、グレちゃん、ダンチョー泣かせたー。さいてーアンドさいてー。しけいだよしけい!」


「泣かせたつもりは」


「つもりは?」


 アイスブルーの瞳がグレイを覗き込む。満面の笑みだが、威圧感があった。


「……俺も多少は悪い面があった」


「反省してっか?」


「……ああ」


「だってさ、ダンチョー。どーする? グレちゃん許す?」


「ゆ、許すも何も、べ、別にグレイさんと喧嘩していたわけじゃありませんので」


「じゃあ、ちゅーできる?」


「できません! どうしてそういう発想になるんですの!?」


「あはははは、んじゃー、せっちゅーあん」


 スノウが二人の腕を取る。


 そして、彼女はオリヴィアとグレイの手を無理やり握らせ、上下にぶんぶんと振った。


「お手てつないでー。がっちんこ☆ はい、これで仲直り! いぇーい!」


 オリヴィアが顔を赤くし、繋いでいた手を離した。


 グレイは面倒そうにため息をつきながらも、内心で彼女の乱入にほっとしていた。


 ものの見事に、フォローされてしまった。


 スノウホワイト・アリア。笑顔が似合う十六歳。


 コミュニケーション強者で、団内のムードメーカー。潤滑油。組織に必要なタイプだ。


 グレイが用向きを尋ねると、スノウはハキハキと答えた。


「遊びいこ! あ・そ・び! 部屋にいてもつまんないよ! せっかく王都に戻ったんだから外に出よ! んでんで、ぱーっと遊んでぱーっとリフレッシュして、夜はぐっすり眠ろうぜ!」


「パープルはどうした? あいつは誘わないのか?」


 スノウとパープルは同室だ。いつもなら仲良しのパープルと二人で街に繰り出すのだが、スノウの隣にあのゴシックロリィタ衣装は見当たらない。


「あー、パーちんは、レッドちゃんと一緒に里帰り中なんだよねー。残念なことに」


 パープルとレッドは幼馴染同士であり、ともに収容区出身者だった。


 だが、スノウはグレイと同じく、

 出身はミリア王国の収容区ではない。


 南部の小国が彼女の故郷であり、そこに住んでいた頃、彼女はノアの繭から勧誘を受けて入団した。


 勧誘したのはオリヴィアではなくグレイだった。


 ニコも生きてここにいれば《グレちゃんに勧誘された組》として、スノウからおおいに可愛がられていたことであろう。


「お、レッドちゃんの名前を出したら、グレちゃんが露骨に不機嫌顔になった」


 グレイとレッドの関係の悪さは、さしものスノウでも修復することはできていない。


「遊びに出たいなら、構いませんわよ」


 先ほどとは打って変わって、余裕と気品のある声色でオリヴィアは二人に伝えた。


 ちなみに、オリヴィアも収容区の出だ。


 しかし、レッドたちと違って、

 ノアの繭の団長になってからは一度も、彼女は収容区に帰っていない。


 最下層だった頃の自分を思い出させるから。


 ――今のわたくしは王族なのですわ。あんな汚いところ、もうわたくしの居場所ではありません。


「皆で王都をめぐりましょう」


 黒地に青い薔薇が施されたドレスの裾をなびかせ、オリヴィアは部屋の出入り口に向かうと、グレイの方へ、くるり、と花びらが舞うように振り返った。


 そして、彼に向かって右手を差し出し、


「グレイさん、わたくしをエスコートしてくださいな」


 精一杯の笑みを浮かべ、高貴な淑女レディを自己演出した。


 デモがようやく終わったのか、

 外からはもう、彼女らを不愉快にさせるシュプレヒコールは聞こえなくなっていた。

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