ミリア王国 一
北方大陸の中西部に位置する小国、ミリア王国。
王都の東側。馬の背状に伸びた崖の上に立つ王城は、
赤褐色の煉瓦で組み建てられた美しい城壁を持つ。
城の名はハウンド城。
その内部。
赤絨毯が敷かれた廊下を、今、二人のレベル憑きが歩いていた。
「ひとつ聞きたいんだが」
「なんですの?」
「俺がここにいる理由はなんだ?」
グレイとオリヴィアだ。
「いまさらですわね」
「国王への成果報告ならお前だけで十分だろ」
「あなたを王都に放っておきたくありませんの」
「監視か」
「そうともいえますわ」
「クソほども信用されてないんだな」
「どの口がおっしゃいますか。ミリア王国に帰ってくる度に、貴方は必ず王都の人間とトラブルを起こすじゃありませんか。その後処理でわたくしがどれだけ苦労しているか……」
小言を漏らすオリヴィアとそれを聞き流すグレイ。
二人が先を進んでいると、廊下の先に豪奢な両開きの扉が見えた。
使いの騎士が扉を開け、両名を中へと誘う。
通された部屋は王の間であった。
玉座に座るはミリアの国王――ヨハン・エアバッハ。
後ろに撫で付けた黒髪。温和な顔つき。王のローブは着用せず黒い燕尾服を好んで着ている。
彼は、オリヴィアの養父でもあった。
「やあ、オリヴィア」
「お父様!」
オリヴィアは弾んだ声を上げ、久方ぶりに再開した父に対して愛娘が行うもっとも理にかなったリアクションを行った。
父に駆け寄り、その胸に飛び込む、というやつだ。
「はは、お転婆さんだね。でも、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
「わたくしも、お父様やお母様に元気な姿をお見せすることができて嬉しいですわ!」
次にオリヴィアは、ヨハンのそばに控えていた王妃とも抱擁を交わした。
「うふふ、おかえりなさい、オリヴィア」
彼女は腕の中のオリヴィアに優しく声をかけ、その艷やかな金髪をしとやかに撫でる。
王妃の名は、マリア・エアバッハ。
彼女はまだ十九歳であり、
三七歳のヨハン王とは歳が十八も離れていた。
元は隣国《ムル王国》の第三王女だったが、八年前、彼女が十一歳の時にヨハンの元へ嫁いできた。
オリヴィアとは養母と養子の関係だが、隣に立つと姉妹にしか見えない。
マリアの故国は、魔物の襲撃によって東方大陸から追われた民族の末裔が建てたもので、彼女にも東の民の血が流れている。
北方の人間に比べて色白で小柄。瞳は濃褐色で宝玉のように大きい。
彼女はスカーフのような藍色の布を頭から被り、それで全身を覆っていた。
ムル王国出身の女性は家族以外の人間に素肌を晒してはならないというしきたりがある。
その神秘的な民族衣装も含めて、彼女の美貌はミリア人たちを忽ちのうちに虜にした。
「見て、貴方」
マリアが優しい声で夫を呼ぶ。
「オリヴィア、出かける前より背が伸びたみたい」
「はは、ほんとだ。前はこれくらい小さかったのに。子どもの成長は早いね」
そう言ってヨハンは人差し指と親指で小豆を挟みこむような動作を行う。
「お、お父様。旅立つ前のわたくしも、そ、そんなに小さくはありませんでしたわよ」
「もう、貴方ったら」
「はは、冗談だよ。ごめんごめん」
茶目っ気のある口調で謝罪しながら、ヨハンは妻の肩を抱き寄せ、その頬に顔を擦り寄せた。そこが王の間ではなく、寝室ならば、そのまま唇を奪っていたであろう。
ヨハンはマリアのことを心底から愛していた。
元々、ヨハンがマリアを嫁に迎えたのは当時の政治状況を鑑みた結果だ。
つまり、政略結婚である。
だが、初めてマリアと対面した時。
それまで婚姻に乗り気ではなかったヨハンの考えは百八十度転換した。
ムル王国と戦争をしてでも、この人を貰い受ける、と。
「おい」
エアバッハ家の親子三人の会話は、一人の空気が読めない(読まない)レベル憑きによって中断された。
「家族団欒は後にして、さっさと報告会をはじめろ」
グレイはヨハン王を急かした。
「ちょ、ちょっと! グレイさん!」
大慌てでグレイへの抗議を行おうとするオリヴィア。
相手は国王。その無礼な態度は本来ならば極刑に値する。即、首をはねられても文句は言えない。
周囲にいた近衛兵はグレイに殺意の眼差しを向ける。
腰に下げたサーベルを抜こうとするものも多数見受けられた。
が、当のヨハンは怒りもせず、オリヴィアと近衛兵たちを手で制しながら、柔和な微笑をグレイに向けた。
「君がグレイくんだね。その武勇は僕の耳にも届いているよ。魔物の討伐数は団内でもトップクラスなんだってね。さすがだ」
「耳に届く? 団の実質的な管理者なのにまるで他人事だな」
「言い方が気に障ったのなら謝るよ。すまない」
「どうでもいいことですぐに謝罪する輩ほど、本当に必要な場面では謝罪をしたがらない」
「直接顔を合わせるのはこれが初めてだけど、ふふ、噂通り正直な若者だね。好感が持てるよ」
「あんたの娘は俺をここに連れてきたことをめちゃくちゃ後悔してそうだがな」
当たりである。当のオリヴィアの顔は羞恥と怒りで青ざめ、全身を大量の汗で濡らしていた。
『ばか、ばか、ばか、ばか』
ついには念話でグレイに罵倒の連射を行う始末。
そんなオリヴィアにヨハンは声をかけた。
「オリヴィア、今回の遠征の報告を頼むよ。ノアの繭の活躍を僕らに聞かせておくれ」
◇◆◇
《レベル憑き収集制度》と《レベル憑きの傭兵輸出稼業》。
前王ルドヴィゴ・エアバッハが五十年前に始めたこの二つの産業が、小国であるミリア王国の経済を大陸でも十指に入るほどに発展させた。
《レベル憑き収集制度》とは、
文字通り、他国で生まれたレベル憑きを、ゴミの収集と処分を生業とするキャラバンのごとく、ミリア王国で引き取る制度である。
ミリア王国には収容区がある。
そこは引き取ったレベル憑きを収容するための区画だ。
五百人ものレベル憑きがそこで暮らしており、彼らは皆、他国から流れてきた。
自分たちのコミュティに呪われた子であるレベル憑きが生まれてしまった。いやはや、困ったぞ。うちの国(村)に置いてなどおけるか。殺すか。いや、自分たちの手を汚すのはいやだ。
だから、大金を払ってゴミを引き取ってもらう。
ミリア王国は外貨を稼げる。需要と供給。
だが別に収容区でほったらかすわけではない。
前王のルドヴィゴはレベル憑きに対する知識が豊富にあった。
レベル1で二十歳になりそうな者(かつ、魔物と戦うだけの強度を持たない者)は事前に国軍の騎士団に処分させたが、それ以外のレベル憑きは、選別し、使えるものを傭兵に仕立て上げた。
収容区内で適正のある者を集め、傭兵団を作ったルドヴィゴは、
その内の一人を魔の山脈から発掘した自走する監獄と契約させた。
レベル憑き収集制度に続くもう一つの産業――
《レベル憑きの傭兵輸出稼業》の誕生である。
五十年前、北方大陸に進行した魔物の被害が大陸中に広がりつつあった。
だが、中西部のミリア王国は地理上の理由から魔物の被害はいまに至るまで受けたことがない。
そんな安全地帯に建つこの国から、魔物の脅威に晒されている他国にルドヴィゴは傭兵団を派遣した。
自走する監獄に乗せて。
その傭兵団こそが《ノアの繭》であった。
魔物を殺せるのはレベル憑きだけ。
奴らに魔物を狩ってもらい、多額の報酬を頂戴する。
傭兵が現地で死んだり魔物化したりしても心配はいらない。また収容区から補充すればいい。
レベル憑きを収集して金をもらい、
収集したレベル憑きを派遣して金をもらう。
その両輪でこの国は発展してきた。
生前、ルドヴィゴは配下の者にこう言ったことがある。
『レベル憑きは爆弾だ。使い道を誤れば爆死するが、有用に利用すれば我らに益をもたらす』
ルドヴィゴの死後、ノアの繭の管理運営を受け継いだのが、現王のヨハンである。
「ラクマ村での戦死者は九名。持ち帰った強化素材は二十匹――」
王の間にて、オリヴィアは派遣されたラクマ村での成果や損害を報告する。
「そうか……九人も……」
ヨハンは目頭を押さえて頭を振った。
「亡くなった九人の戦士に黙祷を捧げよう。彼らは我が国のために戦ってくれたのだから」
その言葉に応じて皆が目を閉じる。
黙祷を終えるとヨハンは部屋にいる臣下等を見渡した。
「国内には僕の政策を快く思わない者も多い。でもね、僕らの国はレベル憑きのおかげで発展したんだ。そんな彼らを不平等に扱うのは間違いだ。彼らも立派なミリアの国民なのだからね」
レベル憑きによって国力を増大させたミリア王国だったが、
国内のミリア人がレベル憑きに友好的かというと必ずしもそうではない。
ミリア人は露骨にレベル憑きを差別した。
前王ですらレベル憑きを使い勝手の良い道具としてしか見ておらず、彼らと王都の人間は別物として扱った。
ヨハンは前王と違い、開明的な人物であった。レベル憑きに対して融和的であり、彼らへの差別を無くすために様々な法律や制度を作った。
レベル憑きとミリア人は平等だとするヨハンの主張に、反対する者は多かった。
とある大臣が「では、王の一族にレベル憑きが生まれたらどうするのです? 王はその子どもを愛することができますかな?」と質問すると、
後日、彼は収容区から一人の少女を養子にもらった。
それがオリヴィアだった。
国民は猛反発。臣下たちも猛反発。
王はレベル憑きに魂を売った悪魔だと非難された。
しかし、ヨハンと妻のマリアはオリヴィアを養子に取る決定を最後まで撤回しなかった。
それが、大臣の質問に対するヨハンの答えだったわけだ。
「次の派遣先への出発は二日後。それまで団員みんなの分のホテルはとってあるから、ゆっくり休んでくれ。外国の要人も泊まる最高級ホテルだ。きっと気に入ると思うよ」
「ご厚意、痛み入りますわ、お父様」
オリヴィアはドレスの裾を持って父に恭しく頭を下げる。
「グレイさん」
マリアがグレイの名を呼んだ。
「オリヴィアを頼みますね。彼女を守ってあげてください」
「こいつのレベルは俺より十二も高い。心配しなくとも俺なんかよりよっぽど長生きするよ」
「そうですわお母様。むしろわたくしが彼を守って差し上げます」
傭兵団が魔物狩りに遠征へ出ている間、マリアはいつもオリヴィアの無事を祈っている。
「本当に無理はしないで。替えなんて無いの。あなたは世界で唯一の私の大切な娘なんだから」




