④
川のほとりでは、権助が顔を見せるのを睦が心待ちしています。
水面に姿を映し、髪を結い直し、歌を歌ってです。
けれどどうしたことでしょう、約束の日が過ぎても、権助は現れないではありませんか。
あくる日もあくる日も、睦は待ち続けました。
ひと月が過ぎても、権助はとうとうやって来ませんでした。
淡い恋の終わりを知った睦は、後ろ髪を引かれながらも日常に戻って行ったのです。
やがて夏がやって来ました。
その年の夏は酷い日照りで、草花は枯れ、ついに小川の水までちょろちょろと流れるだけになってしまったのです。
村では、何かの障りではないかと大騒ぎです。
心を痛めた睦が、山に祭られている祠にお参りをしていますと、何やら光るものが見え、そっと中を覗き見ました。
そこには小さな鏡と剣が置いてあるではありませんか。
「睦、そんなところで何をしておる?」
急に声を掛けられ、睦は飛び上がりました。
この村で一番の長老である、睦の爺様です。
爺様は睦が手にしている物を見て、眉を顰めました。
「睦、お主がその鏡を手にするということは、何を意味をしていおるか分かるか?」
目を見張る睦を見て、爺様は首を振ります。
「恐ろしいことじゃ。それが現れるということは、山で何かが起こっておる証拠じゃ。そして、お主がそれを手にしておるということは、お主自身の身か、大切な誰かの身が案じられることを意味しとる」
睦は、ハッとなり息を飲みます。
「爺様、私……」
爺様は、悲しい目で睦のことを見、頷きます。
「行くがよい。それがお主の運命。生きて帰れよ」
睦は懐に鏡と剣を仕舞い、山を駆け下り枯れ果てた小川を渡り、権助に聞かされた道を駆けて行きます。
陽はとっくに暮れてしまい、山たちが恐い形相で、帰れと言ってきます。
睦は耳を塞ぎ、足を緩めることなくそれらを振り払いようやくたどり着いた頃には、山にうっすらと明かりが灯り始めていました。
息を整え、そっと戸口を開けた睦は、驚きと恐怖で言葉を失ってしまいました。
母親は布団の上で、見る影もなく朽ち果てているではありませんか。