あなたの隣に立つために
空の黄昏が、真っ白な城壁をも染め上げている。太陽より柔らかいオレンジ色がまた綺麗だ。
後にした城から視線を戻せば、少し歩みが遅くなったあたしをエースが待っていてくれた。それだけのことがうれしくて、だけど近づきすぎたら遠のくとわかっているから。駆け寄らずに今一番近い距離をとる。
「……君はよく、色んなものをじっと見てるよね」
「うん。綺麗なものには、つい見とれちゃうかな」
「……レのこと……、よく……るけど」
小さい声だったということと、後ろを歩いていたせいでほとんど聞こえなかった。
「エース? 今何て?」
「別に……」
ついっと顔を背けられた。紫の髪もいつもより青く冷たく見える。なんだろう、夕陽のせいかな。それとも、あたしがそう見てるだけ?
「あの、エース……」
次の瞬間、何かを感じた。知識としてだけ知っていて、実践では触れたことのない感覚だ。
そちらに顔を向けて、エースを背にかばうように立つ。
「そこっ!」
すぐに張り巡らした蔦が、刺客の存在を伝えてくる。だって、いきなり地面から跳び上がってこっちに襲い掛かってくるのは、どう考えても普通の人じゃない。
地中から草の蔓が敵を捕らえる。でも、きっとまだいる。
「エース、下がってて」
数は六人。実戦をしたことはないから、あたし一人で何人を相手にできるかはわからない。
だけど、ここで退くわけにはいかない。あたしは先生の弟子で、エースの護衛だ。それを抜きにしたって、エースに手を出すなんて許せない。
「来るなら来なよ。このあたしを相手にする自信があるならね」
エースという名のある貴族の跡取りを護衛していることと、先生の弟子であるということ。この二つのおかげで、あたしの名はそこそこ知られているし、脅しにもなる。
評価ほどではないが実力だってある。
さて、さっきの攻撃であたしが敵の位置を把握していることには気づかれた。そうなれば、正面から数で押される可能性が高い。
「……っ!」
斬りかかってきた一人の剣を、風の魔法で受け流す。半円を描くように右手を振れば、雷の魔法が飛んでいく。それが敵二人を弾き飛ばした。
残りは三人。たぶん単純な戦闘力は五分五分だ。でも経験の差を考えれば、あたしの方が不利だろう。
どうしよう、どうしよう。
あたしがエースを護らなきゃいけないのに。
「なんて顔してるのさ、明日花」
「え……」
ぽん、と肩に軽く手が置かれる。かけられたのは、エースの声だった。
「なんでオレが護衛の人がいなくなっても困らないのか、見せてあげるよ」
光が舞った。次いでどさりと、何か重いものが崩れ落ちる音がしたかと思うと敵の一人が倒れ、そこにエースが立っていた。
細身の剣がいつの間にか抜かれていたが、どうやら峰打ちらしい。それよりも、軌跡がほとんど見えなかった。
「この……っ、クソガキ共!」
騒ぎになると面倒だからか、黙っていた敵もついに声を上げた。もうなりふり構うつもりはないようだ。
「明日花」
エースがあたしを呼ぶ。今が戦闘中だなんて思わせないような、いつもと変わりない声で。
「うん!」
だからその一言だけで、あたしはエースが言葉にしなかった部分をも理解する。
無駄に一緒にいたわけじゃない。何を言いたいかくらい、ちゃんとわかるくらい見てきた。
左手に力を込め、剣へとそれを放つ。水をまとった剣が、横一文字に大きく振られる。水流が敵を押し流した。
「エース、すごい……」
自分のものではない魔法をまとった剣を、あんなにも簡単に扱ってしまうなんて。そうそうできることじゃない。
「明日花もなかなかだったよ。さすが大魔法使いファージェルさんの弟子って感じ」
「ありがと。でもまだまだだから、もっとがんばらなきゃ」
エースは、本当は護衛なんていらないくらい強いのに、あたしをそばに置いてくれてるんだ。それなら、役に立てるようになりたい。隣に立つのに、ふさわしくなれるように。
「もっと魔法、強くなりたいなぁ。先生に鍛えてもらうのもいいかも……エース?」
なぜかぼうっとして突っ立ったままのエースに声をかける。急にどうしたんだろう?
「ん、なあに?」
「ううん。帰ろう」
「……うん」
エースと繋げない手は、やけに冷たく感じられた。