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夜と朝の交わる場所

 エースは逃げるだけでなく、隠れもする。しなければならない最低限のことだけこなすと、ふっとどこかへ姿を消すのだ。

 そのたびにあたしは屋敷中を走り回って、時には使用人の誰かから目撃証言を集めたりしながら、彼を探すはめになる。

 だけど、それも悪くないかもしれない。最近はそう思うようになってきていた。

 

「やっほー、明日花。今日はオレのことみつけられなかったね?」

 

 一応あたしたちの追いかけっこには時間制限がある――それが終わると、ひょっこりとどこからともなくエースが現れるのだ――。だからなんとなく勝ち負けがある。やっぱり負けるとちょっと悔しい。

 

「オレが勝ったんだからさ、なんかご褒美が欲しいなー」

「ずるい!」

 

 そんなルール、聞いたことない。前にあたしがエースに追いついた時だって、特に何もなかった。

 じっと正面からエースを睨む。といっても、人を睨んだ経験なんてほとんどないからきっと迫力なんてものはない。

 

「前みたいに、話をしようよ。オレ、あれけっこう楽しかったんだ」

 

 前みたいに。

 肩に触れたエースのぬくもりが思い出される。いつもは遠かったはずのエースが、これまでにないほど近くにいて。他人とあれだけ近づいたことはなかったから、やけにどきどきした。

 

「どしたの? 明日花。顔赤いよ?」

 

 からかうように言ったエースが、近づいてきてあたしの顔を覗き込もうとする。あたしは慌てて隠すようにうつむいた。

 

「明日花?」

 

 ダメだ。今何か言ったら、どきどきしてるのに気づかれてしまいそうな気がする。

 エースは護衛対象で、先生に任された相手。けして変な意味はないけど、緊張しているのが伝わるのは、あんまりいいことじゃないと思う。

 

「ダメ……だった?」

 

 何も言えずにいるあたしが、怒っているとでも思ったのか。エースはわずかに首をかしげてさっきより小さい声で問いかけてくる。

 

「明日花? ねえ、何か言ってよ……。怒ったならそう言ってくれないと、わかんないよ」

「……怒ってない」

 

 たぶんあたしの顔はまだ赤い。だけどエースを見つめ返して、もう一度はっきり告げる。

 

「怒ってなんかない。いいよ。話、しよう」

「……うん」

 

 子供みたいに、エースは素直にうなずいた。動きに合わせて夜色の綺麗な髪が揺れる。

 少年にしては長めの、一部が肩に届くほどの髪をエースはいつも一つに束ねている。そこから余った分が、よく動きと共にさらさらと揺れるのだ。

 

「今日は何話そっか。……そうだ。エース『あのこと』知りたがってたよね。それにする?」

「え……いいの? 君のことが知れるのはうれしいけど、無理に話すことないよ?」

 

 ふといつもの調子に戻ったエースはちょっといたずらっぽく、からかうように確認してきた。だけどその瞳は真剣で、きっとあたしが気を遣わないようにそういうふうに言ってくれたんだなとわかった。

 それを無駄にしちゃうみたいで少しためらいはあるけど、エースには知ってもらいたい。

 

「嫌だったら、話そうとも思わないよ」

 

 日光は入らない、屋敷の隅の廊下。あたしは空の明るさが好きだけど、今はこれぐらい暗い方がちょうどいい。誰も通らないのをいいことに、行儀は悪いけどそこに座る。

 

「あたしは、『朝陽の迷子』。この世界の子供と取り替えられて、別の世界から来たの」

 

 知っておいた方がいいからと、いつか先生が教えてくれた。

 朝陽の迷子は、魔法のない世界に生まれてしまった魔力を持つ子供。そんな場所で魔法を使えば混乱が起きるかもしれないと、こちらの世界の子供と取り替えられる。

 入れ替わった子供――たいていは、生まれてまもなくだという――はこちらの世界では「朝陽の迷子」、あちらでは「宵闇の迷子」と呼ばれている。

 二つの存在は対照的だと先生は言っていた。あたしは知らないけれど、優秀な魔法使いである先生はあちらの世界に行くこともできる。きっとそこで見たことがあるのだろう。

 

「あたしが知ってる違いは、目の色だけ。宵闇の人たちは濃い紫で、朝陽の人たちは水色なんだって」

 

 二つの存在が出会うことはまずない。世界を渡れるだけの力を持つ人はあまりいないからだ。あたしも、自分と入れ替わりになった人のことを知らない。

 

「それで、その後どうなるの?」

 

 緊張しているのか硬い声で、エースはそれだけ口にする。知識として知っていても、実際に朝陽の迷子に会うのは初めてだからだろう。

 あたしとしては、別世界生まれだけど他の人との違いはそれだけって感じ。それに、この話はたぶん「重い」ってやつなんだろうなぁと思う。

 

「自分の子供との引き換えだから、中には親がいない人もいるね。あたしもそうだし」

 

 瞬間エースの表情が凍りついて、罪悪感を浮かべる。せっかくの綺麗な顔には似合わない。そんな顔、させたくない。

 

「大丈夫。魔法使いの素質があるから、先生みたいな人たちが弟子として面倒みてくれるんだ」

「そっか……」

「それにね、本当の家族じゃないのに大切にしてもらえるって、すごいことじゃない? あたしは先生が好きだし、エースとも会えてよかったって思ってる」

 

 全部、あたしが朝陽の迷子だったからだ。そこに他人から「可哀想」なんて言われるものはない。だってあたし自身がそうは思わないから。

 

「明日花は強いなぁ……。付き合ってくれてありがと。じゃ」

「ちょ、エース!?」

 

 すっくと立ち上がったかと思うと、エースの姿はあっというまに見えなくなった。驚いていたせいで遅れたあたしは、その場に残される。

 いつもは反射的に追いかけるはずの足が、まったく動かない。どうしてか、今は追いつけても遠いままの気がした。

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