目を奪われる昼下がりの夜色
いつも通りの昼下がり。日差しが暖かくて、風が心地いい。空ではもこもこした羊雲がゆったりと散歩している。
一つ珍しいことがあるとすれば、それは隣にエースが座っていることくらいだった。
彼はいつものように逃げもせず、ただあたしの隣にいる。時間から考えると、今日するべき勉強などの雑務を終えてから来たらしい。
あたしたちは護衛と守られる者の関係だが、四六時中一緒にいるわけではないけれど、エースの予定はきちんと覚えてある。
「……何、明日花。どうかした? そんなにオレのことじっと見て」
「別に……」
明るい風景の中では、彼の宵の空に似た色の髪はよく映える。それなのに風と戯れているその長めの髪は、そのまま空気に溶けて消えてしまいそうなほど風に馴染んでいる。
まるで絵のように、あたしにはそれがどこか遠く感じられた。
おかしいな。エースは今逃げているわけじゃないのに。
「明日花。明日花?」
黄の瞳は、真昼の空で輝く太陽のよう。宝石みたいで、とても綺麗だ。
「ちょっと、明日花ってば」
「あ……ごめん。何?」
あたしはよく色んなものに見とれるけど、話している最中はよくない。
でもやっぱり、貴族という人たちは顔が整っている。この国の王子も、ここ数年姿を見せないけれど、絵に描かれたのを見たことがあった。月光のような美しさの人だったはずだ。
「急にぼんやりされるからさ。オレがいるの、嫌?」
「それはないっ。あたしは、嫌いな人といられるほどお人好しじゃないから」
例えば、あたしのことを嫌いな人たちがいたとする。そんな人たちならあたしだって嫌いになるし、中に交ざるなんて絶対に嫌だ。
あたしは、隣にいる人すら選ぶくらいわがままなのだ。
「そ。なら、いいや」
穏やかな時間。ちょっとだけいつもと違う空気。
だから、だと思う。この時ああ言ったのは。
「ねえ、エース。話をしよっか?」
「話って?」
子供みたいにおうむ返しをしつつ首をかしげるエースの髪が、ほんの少しさらりと流れた。
「色々。好きなもののこととか、嫌なこと。とにかくなんでもいいの。だってあたしたち、こうして話すことなんてこれまでなかったでしょ」
「そうかも。じゃあ、オレから質問。明日花は――」
*
空を見上げながら。風を感じながら。時々は目を合わせたりして。あたしたちはお互いに質問をしたりもして、色んな話をした。
今は一段落して、ただぼんやりと座っている。この中庭にあるベンチは、ずいぶんいい場所にある。屋敷は街中にあるのに、ここは自然が感じられる。
「ん……?」
ぼすんと音がして、肩に重みが加わる。さらりとあたしの胸元にこぼれ落ちたのは、エースの黒みがかった紫色の髪。聞こえるのは、穏やかな寝息だった。
「!? エース?」
声を落として問いかけてみても、返答はなかった。本当に眠ってしまっているらしい。貴族の仕事は、子供ができる範囲のものだけでも楽じゃない。エースだって疲れているのだろう。
できるだけ起こさないように、あたしは動かないようにする。
でも、なんだろう。頬が熱くなってくるし、心音は耳の近くで鳴っているように大きい。聞こえて、エースが起きたりしないかな。そんなふうに心配になるくらいだった。
「んん……」
「!」
一瞬ひやりとしたけど、エースはわずかに身じろぎしただけだった。やはり肩に頭を預けているだけではあまり安定しないからか、もぞもぞ動く。やがて落ち着いたのは、あたしの膝の上に寝転がった時だった。
近い……!
あ、そうか。こんなに他人と近づいたことがないから、緊張してどきどきするんだ。そのはず、だよね?
そんな時間が、あと数十分も続くのだった。




