魔法使いの弟子
空が好きだ。夜も昼も、晴れていても曇っていても、雨が降っていてもだ。いつ見たって新しい模様を見せてくれる。いつまで見ていたって飽きない。
そんな空想からあたしを現実に引き戻したのは、あたしの名前を呼ぶ声だった。
「明日花、ちょっとおいで」
「はーい」
寝転がっていた芝生から起き上がって、あたしは駆け出す。といっても、たいして離れていない家の中へだけど。
「なんですか? 先生」
「明日花、あんた明日からあそこの家行って。あの有力貴族の」
「へあ? え~と、それはどういう……?」
昔からあたしは突然の事態に弱い。事情を飲み込むのに時間がかかるせいだ。
「あんたの仕事先。護衛兼話し相手、住み込み可。けっこういい条件だろう?」
「ええええっ!? 先生~」
偉大な魔法使い。最強と名高いその人は、外からの評判がとてもいい。魔法使いとして護衛をさせれば依頼主をほぼ完璧に護りきるその実力は、前線から退いた今となっては広い人脈になっている。
依頼があれば育て上げた弟子を送り、現在でも評価を高めている。
そんな彼女の弟子という立場は、見習い魔法使いたちのあこがれの的なのだが、弟子たちは口をそろえて言う。「確かにいい先生だけど、あれほど人を振り回す人は初めてだ」と。
あたしは彼女の、今唯一の弟子だ。だから、いつかこの日が来ることはわかっていたけれど。でも。
「あたしまだ修行中ですよ!?」
「だーいじょうぶだって。あんたは、このあたしの弟子なんだから。それも十年近くな。そこらの魔法使いより強いって。あたしが信じられないか?」
「うわーん。先生が男前の無駄遣いするー」
先生は女ながら、風当りの厳しい護衛魔法使いとしての名を馳せた。そこで身に付いたものか、はたまた元からのものか。男言葉をよく使い、さらにここぞと言うときは男前でもあるのだった。
「お、褒めてくれてんのか? ありがとな」
「どういたしまして! 違いますよ!」
ん? と先生が首をかしげてあたしを見る。きょとんとしたその表情はその男勝りな性格に似合わず、可愛らしいものだった。
「あんな立派な家に住む貴族の方の護衛なんて、あたしじゃ力不足もいいとこですよ!」
この国は実力制。実力さえあれば、かなり上の立場を手に入れることができる。
よって王家や貴族はあくまでも象徴や代表であるが、彼ら自身に実力がある場合には、彼らはより多くの権力を持ち支持を受ける。
だから護衛という職業に需要があるのだ。
「だーから大丈夫だって。もう話もつけたし」
「本人抜きで!?」
「いいや。お相手の方はいらっしゃってたけど」
そういう問題じゃない。でも話は決まったみたいだし、何より先生が決めたことを引っくり返すのは困難だ。よーくわかっている。
反論をあきらめてうなだれたあたしの頭を、先生がぽんぽんと軽く叩いた。
「あたしが問題ないって判断したんだ。大丈夫、あんたはあたしの自慢の娘なんだからな」
「……! はいっ」
あたしは先生の本当の娘じゃない。だけど先生は娘だと言い切ってくれるから、あたしは先生の娘だ。