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絆・猫が変えてくれた人生  作者: 冬月やまと
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第54話 静かな怒り

 翌日の夜、善次郎が帰宅すると、部屋に木島さんと菊池さんがいた。

 二人は、美千代と洋平と向い合せに座り、四人とも無言だった。

 活は、美千代の膝で丸くなっている。

「どうしたんだ?」

 善次郎が、怪訝な顔で尋ねる。

「ちょっと菊池さんと飲んでいてな、久しぶりに善ちゃんとも飲みたいということになって、悪いとは思ったが、寄らしてもらった」

 答える木島さんの顔は赤らんでいた。

 善次郎は、酒のせいではないような気がした。

「今、美千代さんから、話は聞いたよ」

 くぐもった声で、木島さんが言う。

 悲しみを帯びているが、怒りにも満ちている。

 善次郎は美千代の隣に座り、二人と向き合った。

「善ちゃん、殴らなかったんだってな」

 善次郎に向けられた木島さんの目には、非難の色が浮かんでいる。

「殴ったところで、夏の元気が取り戻せるわけじゃないだろ」

 木島さんの怒りを受け流して、善次郎が答える。

「そんなこと言ってるから、舐められるのよ。あんな奴、殴っちゃえばいいのに」

 木島さんが口を開くより早く、美千代が声を出した。

 美千代の怒りは、まだ収まらないみたいだ。

「だいたい、あんな無責任な奴が、命を預かるなんてことをしちゃいけないのよ」

 善次郎に向けられた、美千代のまなじりは吊り上っている。

「その通り」

 初めて、菊池さんが口を開いた。

「聞けば、夏ちゃんの容体なんて、一切尋ねようともしなかったらしいじゃないか。そんな、動物の命を軽く見てるような無責任な奴に、医者なんてやる資格はないな」

 日頃温厚な菊池さんも、いつになく感情を露わにしている。

 今の菊池さんは、自分の飼い猫を殺した犯人を見つけるために巡回していた頃のような、剣呑な目付になっている。

 洋平は、そんな大人の会話に入ることができず、ずっとうつむいていた。

「美千代さんの気持ちは、よくわかる。俺が、明日乗り込んで行ってやるよ」

 さすが、元ヤクザの貫禄だ。

 木島さんの全身から、凄まじい殺気が放たれている。

「俺も、一緒に行くよ」

 菊池さんが、木島さんに同調した。

 もしかしたら、犯人を見つけられなかった恨みが、あの医者に向いたのかもしれない。

 今まで怒っていた美千代も、木島さんと菊池さんのの迫力に、目を伏せた。

「やめてくれ」

 二人の怒りを受け止めても、善次郎は冷静だった。

 静かな声で言って、木島さんと菊池さんに目を据えた。

「木島さん、あんたの気持ちは嬉しい。だけどな、そんなことをすれば、せっかく見つけた職も棒に振るぜ。それに、あんたは、ヤクザから足を洗ったんだろ」

「そんなことはどうだっていい。俺はな、命を軽く見るような医者は許せないんだよ」

 木島さんが、声を荒げた。

 今にも、善次郎に掴みかからんばかりの勢いだ。

「木島さんの言う通り。そんな医者は、ぎゃふんという目に遭わせてやらなくちゃ、また、夏ちゃんと同じような目に遭う動物が出てくるぞ」

 善次郎には、二人の気持ちは、わかり過ぎるくらいわかっている。

 美千代の気持ちもだ。

 しかし、一番怒りを覚えているのは、他ならぬ善次郎だった。

 死にかけていた夏を拾い、元気になるまで夜通し付き添い、ずっと一緒に暮らしてきたのは、善次郎だ。三人とは、夏に対する思い入れが、まったく違う。

 今でも、気を緩めれば、自制を失くしてしまいそうだった。

 善次郎は、三人を怒鳴りつけたい気持ちを、最大限の努力を振り絞って我慢した。

 善次郎が静かな目で、三人を順番に見ていった。

 その目には、言い知れぬ迫力があった。

 木島さんも目を逸らすくらい、善次郎の目には、静かな怒りが青白い炎となって宿っていた。

 そんな空気を察知しているのかいないのか。

 活は美千代の膝で、安らかな顔をして、身体を丸めていた。



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