第24話 恐怖
最近、善次郎の住む町内で、野良猫が惨殺されるという事件が相次いでいる。
ここ二ケ月の間に、十匹以上の野良猫が殺されていた。
ある猫は毒入りの餌を食べて、ある猫は頭をブロックで潰されて、また、ある猫は首を掻き切られて、無残な屍を路上に晒していた。
その事件が起こる前にはあちこちにいた野良猫も、今ではすっかり数が減ってしまい、ほとんど見かけることがなくなった。
ずっと以前に、野良猫の首を切ることから始まり、最後には少年の首を切るという事件が、神戸で発生した。
それを恐れてか、警察も事態を重視して、ここ最近は町内を頻繁に巡回している。
一説には、事件が起こりだして直ぐに、猫好きな人達が警察に陳情に行ったのだが相手にされず、業を煮やした一人が、その事件のことをを持ち出して、警察を脅した。
それで警察も、重い腰を上げたという噂もある。
その噂の真偽はわからないが、確かに、猫が殺されたくらいでは、警察も動かないだろうが、頻繁に何匹もとなると、さすがに放っておけなくなったのだろう。
警察が動く前に、テレビ局が取材にきて、夕方のニュースで十分くらい特番を組まれたということも、思い腰を上げた理由の一つかもしれない。
しかし、未だ犯人は挙がっていない。
町内の住民は、猫好きはもちろん、そうでない者も恐怖に怯え、一刻も早く犯人が捕まることを願っていた。
町内のあちこちで、犯人に対する噂が乱れ飛んでいた。
その中で、もっとも、真しやかに流れていたのは二つだ。
一つは、町内のマンションに住む三十代の男。
この男のマンションの周りには、野良猫が住み着いており、よくマンションの入口脇にも佇んでいた。
その男の彼女が猫嫌いで、よく入口に猫がいるので、男の家に遊びに行くのを嫌がった。
男は、彼女のために、猫を殺して回ったというものだ。
もう一つは、後ろに籠を付けた、古ぼけた自転車に乗った中年の男。
毒入りの餌を食べさせて、殺す手口だということである。
あくまで噂であって、事実かどうかはわからない。
しかし、自転車の男の方は、その男が猫に餌を与えようとしたところを、何人か目撃している。
その者たちが言うには、目撃者たちの姿を見るなり、そそくさと逃げるように立ち去ってしまったそうだ。
この町の住人ではないのか、あまり見かけない顔だということと、人が来ると逃げるように去っていったということで、犯人として、かなり有力視されている。
これらの噂が流れだした頃、例のマンションに住む男が引っ越してしまった。
偶然か、噂のせいで居たたまれなくなったのか、或いは噂通り犯人で、やばいと思って逃げ出したのか、真偽のほどはわからない。
ただ、その男が引っ越した後、野良猫が殺されることはなくなった。
自転車の男の目撃証言も、ぷっつりと途絶えてしまった。
もしかしたら、二人とも犯人だった可能性もある。
殺され方がばらばらだったから、あり得ないことではない。
毒殺は自転車の男で、惨殺はマンションの男。
あるいは、その二人はまったくの無実で、たんに野良猫が少なくなったから、犯人が別の場所に移っただけかもしれない。
いずれにせよ、犯人は逮捕されず、犯人の目星もついていないので、住民が不安に怯える日々は続いていた。
善次郎も同じだ。
近所に、菊池さんという、初老の男が住んでいる。
帰宅途中に声を掛けられたのがきっかけで、道端で会えば話すようになった。
菊池さんも黒猫を飼っていて、散歩中に、窓枠に乗っている活と、その後ろに佇む善次郎を、何度か見かけたのだと言った。
同じ黒猫ということで、善次郎に親近感を抱いたらしい。
菊池さんの飼っていた猫は、自由に外へ出ていた。
昼は縄張りを巡り、夜には、家に帰って寝ていたらしい。
不幸なことに、その黒猫も犠牲になった。
菊池さんの家の前で首と脚を切られて、血溜まりの中で冷たくなっていたのだ。
なんとも、やりきれない話である。
普段は温厚な人だが、その話を善次郎にした時の菊池さんの目付は、善次郎の背筋が凍ったほど、激しい怒りで満ちていた。
菊池さんは、自分の手で犯人を捕まえるべく、毎日、早朝と夕方、たま深夜にも、町内を巡回している。
犯人を見つけたら、殺してしまいかねない。
事実、ただではおかないと言っていた。
そんな菊池さんのことを、善次郎は他人事には思えなかった。
自分だったら、どうするだろうか?
活が殺されたとしたら?
多分、同じことをするだろう。
活が殺される。
それを思っただけでも、善次郎の心は怒りに燃えてくるのだ。
なににせよ、今の善次郎にできることは、早く犯人が捕まってほしいと願うことだけだ。




