13:本場
空は曇天模様で、今にも降り出しそうな天気だった。
ゴロゴロと転がすスーツケースを握る右手が僅かばかりべたつきを覚え、一度離してみてはスカートでゴシゴシと拭ってからまた持つという作業を、ここロンドン・ヒースロー空港で行っていた。
利用者数世界一と言われるこの空港は、当たり前だが人の数が尋常ではない。
夏も終わりとだけあって、恐らく観光客は少ない方ではあるだろうが、私が出発した中部国際空港とは比べものにならなかった。
入国手続きだけで約一時間をとられ、待っていた間の退屈と飛行機による長旅の疲れで、すぐにでもベッドへ駆け込みたかった。
「休憩しよっと」
空港内をうろつき、どこか喫茶店のような店を探す。案内図を見ながら歩いていると意外と早く見つけられた。
そうして私は、本場の喫茶店とやらに入っていった。
さすがは、本場。雰囲気が日本のものとは違っている。
ゆったりとした開放感に落ち着きのある木製の家具。空港内の施設でこれだけのクオリティなら、イギリス中にはもっと素晴らしい喫茶店があるに違いない。
そんな内装に魅了されつつ、私は片言な英語と身振り手振りで注文をした。
・・・英語をもっと勉強しておくべきだった。
今頃になって高校、大学の生活に後悔していると、一杯の紅茶はすぐにやってきた。
「っ⁉︎美味しい!!」
これぞ本場の紅茶。という感じがした。言っちゃ悪いけど、夏木さんの紅茶とは全然違う!
これ夏木さんの目の前で言ったらどんな反応するかな〜。なんて考えて、想像した反応は面白かったけれど、今はどこにいるんだろう何をしているんだろう。そもそも本当にここにいるのだろうか。
そんなたくさんの不安要素から、私はちょっぴり悲しくなる。
でもっ、と。腰掛ける椅子の横に置かれたスーツケース。その中にはケースに入れられた原稿用紙がしまってある。あのメッセージと共に。
そんな原稿用紙を思い出して、ふっと笑って。そうすると元気が出てくる気がする。
いや、出てくる。
残っているまだ熱い紅茶を一口で飲み干す。本当は優雅に可憐に上品にいきたいところだが、そんな事してられない。
舌がヒリヒリするのを我慢しながら。
「待ってろ、夏木〜!」
心の中で叫んで立ち上がった。
空港から電車に乗り、まずはロンドン市内へ向かう。あまり英語は得意じゃないけど、なんとかホームまで辿りつき、二十分ほどイギリスの電車に揺られ、ついにロンドンへついた。
「うわぁ〜〜!ここが、ロンドン!」
写真でしか見た事がない、あのロンドンの街並み。
曇り空が広がる今日のような天気でも、いやこんな天気だからこそ美しく見える石造りでシンメトリーな建物の数々。
まさに中世ヨーロッパを物語る場所。世界主要国の一つ、イギリスだ。
イギリスは雨が多い。けれど日本のようにジメジメしていないので、過ごしやすい。
「ーーーってそんな事より、探さなきゃ!」
あまりにも美しく街並みに見惚れ、ついつい観光気分に浸っていたが違う。
私は、あのアホ男を探しに来たのだ。
「有名どこの喫茶店とかそこから探そうかな」
インターネットによって世界中が繋がるグローバルな環境で、歩きまわってなにも頼りもないまま人を探すなんて・・・。
「はぁ〜」
ため息しかでない。
「はぁ〜」
三時間ほどの歩け歩け大会による夏木さん探しは不発。手がかりすら掴めなかった。
さすがに足にも限界がきて、今は公園のベンチに座っている。
足を伸ばしてふくらはぎを揉む。明日筋肉痛になりそう・・・。
ポッケから携帯を取り出す、イギリスの時計を調べると午後五時半を回っていた。
太陽は沈みかけてはいるが、まだ明るかった。そういえば、何も食べていない事に気付き、コンビニかなんかないかを探しに、私はまた歩くことになる。
「まさか、ここまでコンビニがないとは・・・」
とりあえず、なんとかコンビニを探し公園へ戻ってきた。
ロンドンは日本に比べ、圧倒的にコンビニの数が少ない上に・・・。
「まずっ!」
食べ物がまずかった。サンドイッチを購入したものの、びっくりするほど口に合わない。なんだか日本の安くて美味しい食べ物が誇らしく思えた。
悪い事は続くもので。
「ホテルとかなんも、予約してない・・・」
もう!どうすんの!野宿⁉︎
夏木さん見つける前に死にそう・・・。
本日何度目か分からないため息をついた。今すぐにでも日本へ帰りたい気分だった。行きはあんなに凄んでたくせにね・・・。
またため息をついて、さきほどのコンビニで買った紅茶を飲む。皮肉にもその紅茶は美味しかった。
「あーもう、どうしよう!」
そう嘆いた時。
「あなたは日本人ですか?」
ベンチ座る私の前にたっていたのは、見た事ない男の人だった。
あー、なんとか助かるかも。
そう、気が抜けた瞬間私は気を失った。




