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ねこが暮らすこの世界  作者: キョロボール
第二部 新緑の章
9/10

白魔女ラミア(i)

 ノエルと手つなぎで街を歩くアリーシャは思った。

 デートなんて初めてじゃね? と。


 そこへ、お城お抱えの白魔女ラミアと出くわした。

 ラミアときたらフリフリドレスを着込んでいる。

 笑顔を振りまき、こちらに向けて歩を進めてくる。

 しっとりと長くて白い丈が彼女の肢体を艶めかしく彩り、高位貴族が纏うような甘ったるい香りがアリーシャの元まで届いた。

 

 ぽこぽこぽこぽこ。


 ラミアの周りを白いエスプーマが浮遊する。それをある者は幻想的、またある者は彼女を神に見出すものがいて、付近の住民らは恐れおののいている。


「あ~ら、誰かと思ったら黒魔女アリーシャじゃないの。今日も黒鳥カラスみたいで真っ黒ね」


 ひらひら漂う美しい黒蝶は、紫色に輝く鱗粉をまき散らす。アリーシャの魔力の恩恵を、この街にも届けるためだ。


「黒蝶だっつの……あ~ら、そこにいるのは白魔女ラミアだったのね。白過ぎお化けみたいて見えなかったわ」

「おおお、お化け? これはエスプーマですわよぉ……視力の落ちた年寄りはこれだからダメですわ」

「あんたも私も大概じゃないのよ」


 何ですってとお互い火花を散らす魔女二人。

 当然仲は悪いのに、ラミアがいつも目ざとくアリーシャを見つけるのだ。


「あー、ラミア嬢。僕……俺はアリーシャを洋裁店へ連れていきたいんだが」

「まぁまぁまぁ、おデートですの! それならわたくし、ちょうどいいお店を知っているのですわ(´∀`*)ウフフ」


 ラミアが嬉しそうにしゃべるから、ピンと来た。


「ラミアとノエルが行けば?」

「「何でこいつと」」


 二人同時に睨まれる。


「へ?」

「わたくしにお任せあれですわ。さぁ、ノエルさま、ついでにアリーシャも行きますわよ」

「この私をついでみたいに言うな。私はグリューセル国一の黒魔女――むがむが(; ・`д・´)」

「アリーシャ、大人しくついてこい!」


 左右の手をがっしりと掴まれて引きずられる。

 アリーシャが二人を窺うと、仲良さげに頷いていた。

 二人は恋仲じゃないのか――いまいち腑に落ちないアリーシャだった。





***



 広場に位置する魔水晶がくるくる回るさまを見て、アリーシャはふむ、と頷いた。山のてっぺんから流れ出る水が水晶を伝い画期的に流れて、尚且つ適度に冷やされる。水は使いたい放題で、節水とは縁遠い。

 住民らに充分に行きわたる整備に、グリューセル国が蛹から蝶へと羽化するような成長を垣間見た。


 初代から頼まれてこの国を見守ってきたアリーシャとしては、共に育ちつつあるこの国に親の心情を持つ。

 二代目国王の御代が始まり、三代目の治政は白魔女のラミアも加わったなら、あとはこの国次第だ。


 アリーシャはそろそろ、この国から手を引こうと考える。いつまでも年寄りがここにいるのは、今代国王もやりにくいだろう。なにより、ノエルがアリーシャの傍にいることが、この国では頭の痛い問題ではないだろうか。


(――新天地を探すかな)


 氷甘露ひょうかんろをペロリと舐めて瞼を閉じる。


 グリューセルには後ろ盾が魔女しかいない。

 騎士たちはあくまで物理に特化し、魔力に精通した者をアリーシャは見たことがない。


 他国や竜族・魔族達の大軍から攻められれば、大いなる力を司る魔女の力がものをいう。

 

 黒魔女の自分は攻撃魔法を唱えることはさほど難しくもない。なおかつ永遠を司るものとしては、魔力減退などあり得ない。


 白魔女のラミアだってアリーシャと同じだ。

 特化したのは防御魔法で、この国を覆いつくす白い繭がラミアの力を物語る。


 ラミアのおかげで魔法使い達が学べる宿舎ができたと聞く。未来の子供たちを育てる力があるのはアリーシャではない。白魔女のラミアだ。彼女はいつだって広い視野を持っていた。


 ラミアは不死であるがアリーシャと同じく永遠を持たない。それはつまり不確定な要素でもあり、不慮の事故に遭遇するとどうなるか。


 問題はまだまだ山積みだと眉をしかめていると、目の前にノエルの顔があった。


「な、な、な……」

「一人で難しい顔をして、アリーシャの悪い癖だ」

「ですわね。アリーシャの眉間にしわができておりますわ」

「……わ、わたしだって、悩みだってある……って、それは私の!」


 手にしていた氷甘露を取られてしまった。

 器を手にしたノエルがスプーンで甘味を掬いとる。パクリと口に運んだことに気付いているのだろうか。間接チューである。


「ノ、ノエル?」

「アリーシャが違うことを考えてるから」

「うん?」

「俺にも、背負わせてほしいのに」



 白魔女と黒魔女像が並び立つ、黒色と白色のコンツェルトに彩られたこの街で。アリーシャだけが時を止めたように胸に手を当てていた。


***




「まぁまぁ、これは素敵だこと。ほらほら、アリーシャ。これなんてあなたに似合うわよ」

「待ちなさいよラミア。こんなのわたし、着たことない!」


 何年分の薬を売りさばかなければ手にすることだって叶わない、ふわふわドレスをアリーシャは店員に押し返そうとして失敗した。試着室にノエルとラミアがこれでもかと突っ込んでくるからである。


「さぁさぁさぁ、これとこれも捨てがたいですわ! ほら殿下。もたもたしてるとわたくしの好みを押し付けちゃいますわよ!」

「アリーシャ! アリーシャはもっと際どいのも似合うと思うんだ!」


 雪崩なだれのように衣服を持ち込むこの二人に、アリーシャは黒蝶と共に悲鳴を上げそうになった。

 黒蝶なんてよろよろと力なくパタリと倒れ、アリーシャの身体に隠れ込む。


 一掴み掴んだこの衣服はなんだろう。

 ピンク色の可愛い下着だ。しかも紐パンツ込み。

 顔が一気に沸騰してラミアに突き返せば、神妙に頷いてかごに入れられた。返品の意味わかってくれると嬉しいのだけれど。


「つつつ、疲れたぁ~~」

「腹ごしらえしたのですから、余力がまだ余ってるでしょう。これがグリューセル国一の黒魔女とは情けなくてよ」


 ラミアに滾々と説教されて、口から魂を出しかけたアリーシャは笑い声に気が付いた。ノエルがこちらを見て、腹を抱えて笑っている。


「ちょっと、笑いすぎ。何がおかしいのよ」

「いや、だって……白魔女と黒魔女がこんなに仲がいいなんて」

「「どこが「ですのっ!」」

「タイミングもぴったりで……ふははっ」


 ノエルとラミアの二人はおかしい。

 アリーシャのために衣服をたんねんに選び抜き、尚且つ代金まで負担した。返すといっても聞き入れてくれない。なにが彼らを太っ腹にしているのかアリーシャにはわからなかった。


「こんなに笑ったのはいつぶりだろう。なぁ、ラミア嬢」

「そうですわね。わたくしも、町娘みたいで楽しかったのですわ」

「ふ、ふーん」


 アリーシャが小石を蹴って水たまりにはまった。

 波紋が広がり、やがて止まる。


「アリーシャ。わたくしのエスプーマを付けてお行きなさい」

「へ?」

「どこにいても、わたくしはあなたの居場所を探し出せるのですわ。さぁ……」


 白魔女ラミアからふわふわとエスプーマが飛んできた。

 黒蝶とエスプーマが仲良く飛び交う。


「これって……」

「わたくし、あなたと対等でいたいのですわ。いいですわね、アリーシャ。誰とあなたが一緒にいても、わたくしの存在を忘れることは許さないのですわ!」


 黄金色の瞳が、アリーシャだけを写す。

 その意気込みに圧倒され、息も飲めずに頷いていた。


「では殿下。お先に失礼いたします」

「あぁ、またな。ラミア嬢」

「さ、さよなら、ラミア」

「アリーシャも。ごきげんよう」


 数多あまたエスプーマを引き連れて、ふわふわと彼女は消え去った。白魔女ラミアの魔力はたしかに、アリーシャのもとに留まっている。きらきらと輝くエスプーマをタダで貸すなんて――


「あの子は不思議だわ」

「あぁ。だがアリーシャと同じ、この国をよくしようとしてくれる由緒正しき白き魔女……」

「えぇ。だからこそ、グリューセルにはラミアが必要なのよね」

「……アリーシャも必要だからな」


 夕焼けの中、ノエルと影がかさなった。

 熱くて蕩けそうな感触だけが唇に残る。


 アリーシャとノエルはその日初めて、口づけをした。

 その日アリーシャは、どうやって自分の小屋に帰ってこれたのか、これっぽっちも記憶に残っていなかった。

 





挿絵(By みてみん)

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