黒魔女アリーシャ(i)
過去編
トカゲや緑草を鍋の中に敷き詰めてぐつぐつと煮る。
グリューセル国で一番似合いそうな女は誰だと問われれば、黒ローブで完全防備した魔女・アリーシャだと誰もがそう答えるだろう。
「ひっひっひ」
「似合わない笑い方だよね。それにしてもくしゃい」
金髪色を持つ少年の鼻を、アリーシャがつまむ。
「うるさいわね。ノエルも手伝いなさいよ。底を焦がさないようにね」
「わひゃった……」
「そうそう、いい感じだわ。板についてきたじゃない」
「そ、そうかな」
「弟子にってことよ~」
ワシャワシャ頭を撫でる。
振り払わないから、嫌がってるわけでもなさそうだ。
「弟子……でもいいか」
「なんか言った?」
「何でもない!」
将来は国一番の美形に育つであろうノエル王子をこき下ろし、アリーシャは内心でだいじょぶだよなと、別の意味でドキドキしていた。
「ところでノエル王子さま」
媚びるなら今か。
成長して大きくなったノエルに、不敬罪だと罵られ牢屋行きだなんてシャレにならん。
「とつぜん改まってなに」
「ご婚約おめでとうございます(∩´∀`)∩」
ひっくり返りそうになった鍋をアリーシャが慌てて抑えて、代わりに王子が床に膝をついていた。
「それをどこで……?」
「女の情報網を舐めんなさんな。街に決まってんでしょ~。この、年端もいかない頃からもう婚約か……憎いね、このこの」
アリーシャが含み笑いをする。
それを見たノエルが、ぷうと頬を膨らませた。
まだまだうぶな少年よのと、つやつやほっぺをぐりぐり押しつつ観察する。
「ノエルがグリューセルを束ねる頃には、この国ももっと栄えるんでしょうね。んでもって魔女の待遇も少しは緩和してくれるとあり難いかな~なんて……」
「僕は……婚約したくない。好きな人がいるんだ」
初耳だった。
アリーシャはへぇ、と声を上げる。
「もしかして初恋なのかな。おねえさんに話してごらん。もしかすると、応援できちゃうかもよ( *´艸`)」
人が立ち入らぬこの深き森で、色恋沙汰はアリーシャには程遠いモノなのだ。街で目にする絵物語や詩人らが紡ぐ恋唄ぐらいしか知らなくて、未知の世界に興味心身だった。
「おねえさんがもう少し若かったらな~……て、永遠を生きるわたしにとっちゃ、無関係だけどね」
「無関係なんかじゃ、ない……が、いい。他には、いらない」
ひどく傷ついた顔をしたノエルは、それ以上は話してくれない。無言で小屋を出ていく背を、アリーシャは黙って見つめることしかできなかった。
****
コンコンコンと、扉を叩く音がする。
アリーシャは扉に取り付けた小さな窓からこっそりと覗いてみた。いつもの生意気少年、ノエルの姿が見える。
早く開けろとせっつかれた。
「ノエル今日も来たの?|д゜)」
ノエルはずかずかとアリーシャの小屋の中へ入ってくる。
肩にかけていたマントを椅子にひっかけて、ゆったりと腰かけた。
「来ちゃ悪い? 僕は毎日ここへ来るって言ったじゃないか」
「そうだけど」
グリューセル国の端に位置するこの森は、魔獣も普通に存在するので人は滅多に足を踏み入れることなどしない。
アリーシャは例外だった。永遠を生きる魔女は稀有な存在だから。先代とそのまた先代にお世話になったことがあり、特例を貰っている。それらをひっくるめて禁猟区として国が定めたものでもあるから、ノエルが知らないはずはない。
それとも、自分の力がどこまで通用するか、この森で試しているのだろうか。年端のいかないノエルは魔獣など手に取らない存在だっただろうか――なんとも冒険心に溢れた少年心よと、アリーシャは感嘆するが。
野兎とオオトカゲに魔植物や野狼もいるけど、ノエルが狩ってるところを生で見たことなどない。帯剣はしているけれど、つまるところノエルが強いのか弱いのか、アリーシャが知るすべもなく勝手に脳内変換している。どれも納得のいく答えを見出せないまま、アリーシャは首をゆるく振ってみた。
「グリューセル国の王子さまでしょ。色々勉強することあるんじゃないの?」
「終わらせてるよ」
「あら、生意気」
「アリーシャにだけね」
よけい生意気だと憤慨するも、アリーシャはそれ以上は追及することをしなかった。興味のあることといえば、他人の色恋沙汰くらいなのだ。
「あたたかいミルク飲む?」
「もらう」
背の低いノエルの頭をポンポンと叩くと、悔しそうにするノエル王子にくすりと笑った。初めてヤギのミルクをだしたときこんなのいらないと言われたけれど、早く背が伸びるんだよと教えてあげれば毎日飲むようになった。
だからだろうか、ノエルは小さいながらも骨太そうだ。
二階の階段から足を踏み外した時も骨折しなかったし。
「あんた丈夫になったよね~。ここに来た当初は細っこい女の子みたいだったのに」
「うるさいな。僕だって強くなるさ」
碧色の瞳をうるうると潤ませて上目遣いするノエルに、アリーシャはうぅとたじろいだ。もしかして内心では傷ついてるやもしれない。
アリーシャははぁ、とため息を零しながら自分専用のマントを手に取ると扉へ向かう。
「どこかへ行くのか」
「街に薬を売ってくるわ~。そんでお買い物よ('◇')ゞ」
永遠を生きるにしても、アリーシャはけっこうなお洒落好きだ。
せめて小屋内だけでも女子なる恰好をしたい。
ノエルが来るようになってからは黒のローブしか着こんでないから、そろそろ我慢も限界だ。
街に出るとお洋服買いたい衝動が出る。
でも、こんな魔女に服を売ってくれるだろうか。
アリーシャはそれだけが気がかりで、うんうん唸るとポンと手を叩く。
美形な奴を連れてくべきか――いや、こいつはその前に王子である。
顔が割れてない少年王子とはいえ、これだけ美形なら女の子がほっとかない。
「……どこかに便利で使えるやついないかな(;´Д`)はぁ~……」
「俺がいるだろ!」
ノエルが僕から俺と自己主張してきた。
いやはや、身長はアリーシャと同じくらいになったとはいえまだまだ少年のノエルに頼ってもいいものかどうか。
「アリーシャは俺と街に行く! 決定だ!」
「ん~~、ん~~」
ノエルが渋るアリーシャの手を取って、二人は森をでた。