美人薄明?うちの子可愛いですから[side明人]
通販で購入したトランポリンをメロンに使わせてみる。
瞳をキラキラ輝かせたミケネコが、喜々としてびょんびょん飛び跳ねる姿に忍者を彷彿とさせた。
貰ったものを活用しない手はない。赤色の忍者服をメロンに装着させながら、メロンはモモンガのように飛び跳ねた。バカな子ほど可愛いというが、これは秘密だ。
ベッドからトランポリン、スチールラック制の棚へと、もはや俺の部屋はメロンのアスレチック場のよう。そんなお転婆ぶりだから、俺の目覚まし時計を三つくらい壊したけれど怒れるわけない。決まった時間にメロンが起こしてくれるようになったから。
そして思う。
カメラ買っといて良かったと。
俺のメロンメモリアルのために、シャッターチャンスを逃してはならない。この子は、俺に隠れてポッキーダンスに夢中になっている。
ターンしてシャキンとして、ステップまでキメてるぞ。そしてたまに、芸能人らのおもしろダンスまで真似ている。ダ○ゴとか言ったか、胸に手を当てて横向きにフンフンと体を揺らしているではないか。
その事実に俺の瞼から涙がツウゥと、ひと滴零れ落ちる。可愛いとカッコいいを兼ね備えた猫なんてどこにもいないだろう。彼女に出会えて良かった。
涙を滲ませながら、本棚の中に隠しカメラを再びセットした。俺は俺の欲望のために、メロン動画をこれからも撮り続けるだろう。
****
『失礼、私はノエル・アンダーソンと言います。ミケネコのメロンちゃんを引き取りにきました』
週刊誌がテレビに連日報道されたのが迂闊だったのかもしれない。多くの人間にメロンの存在を知られ、あまつ俺がアップしたメロン動画までも見られるようにしてあるのだから、誰が見てもおかしくない状況だったのだ。
そんな奴が俺のアパートに居座るだと。却下だ。メロンもきっと嫌がっているはず――て、何で二人してメロンのマッサージを受けているんだ。
「あぁ、そこそこ、気持ちがいいよ。メロンちゃんは上手だね」
「ニャー!」
勘違いするような気色の悪い声を出すな。
俺のメロンが穢れる。
「メロン、俺にもしてくれ。くぅ、気持ちいい……あぁ、メロン、愛してる」
「ニャォ~……」
分かってなんだろうな、俺の告白。
でも、俺の気持ちがメロンに届くまで何度でも届けてやろう。
守れないことなんてない。
俺はいつでもメロンを見守り、助けていくことを心に決めているのだから。
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メロンは火を極端に嫌う。
同僚らがタバコに火をつけるのも、猫パンチでライターを弾き飛ばした。
可愛くてカッコいいメロンに、誰が咎めることができよう。諜報部の人間らさえも虜にしたのだ。メロンは魔性の才能があるかもしれない。
まぁ、それとこれとは別として。
今回も共に出動したのは良いが、ノエルも一緒だ。俺は内心面白くなくて、極力視界に写さぬようにする。
強すぎる火炎が轟々と燃え盛り、煙は辺り一帯を包み込む。遠く離れたこの場所でも、防護スーツを着ていないと暑さを防げなかった。
「メロン――!」
自ら水を被せてもらい、俺と一緒に行くことを決意していた。救急隊員ねこのメロンを危険にさらす――ならば、俺がひたすら守れば良いだけのこと。
俺の腕の中に包み込み、煙が立ち込める部屋にきたなら、防護服の中へとメロンを突っ込んだ。若干苦しそうだが我慢してほしい。そうでもしなくては、メロンは呼吸ができないはずだ。
案の定、アパートの通路は煙だらけ。
背を低くして煙を吸い込まないように、素早く移動する。メロンが目星をつけた扉まで来たが、この部屋に人が居るとは信じがたい。だがメロンだけは、扉に向けてニャアニャア鳴いているのだ。
そっとドアノブに近づくと、熱くて火傷しそうだった。扉を開けるまえに気づいて良かった。俺とメロンはその場をすぐ後にして、外からの救出に向かう。
まだここは一階だったから、助けようと思えば助けられた。窓ガラスを割って住人を確保。あとは屋上に逃げ込んだ五人の若者だ。
空からの救出は無理だ。
電線が多く、入り組んだ大小の建物に阻まれてヘリでは近づけない。最悪の方向で緻密に計算され尽されたと思わざるを得ない。非常階段もないこの狭い密閉空間で、俺とメロンはハシゴで三階まで登った。
絶望的に持っていきがちな住民らの気持ちに発破をかけた。あんなに激しく鳴くメロンを見たのはいつだったか。そうだ――トラネコが逝った、あの大雨の日以来だと思い至った。
***
無事に救助してノエルのもとへ向かうも、何やら様子がおかしい。何か話すべきことがあるらしく、他人が接触できない場所の移動を願ってきた。
心配する小田先輩に挨拶をし、俺とメロン、ノエルは急きょ施設の会議室に乗り込んだ。扉に鍵をかけて人払いまでしているので、誰もこの部屋にはこないだろう。
メロンの顔を拭いながら、ノエルが放つ言葉に俺は反応が遅れた。
『僕はまた、メロンちゃんを見殺しにするところだった』
まさかとは思うが、メロンを捨てた飼い主だとでも言うんじゃないだろうな。もしそうなら俺は絶対にこいつを許す気はない。ただ、話す内容についていけなくて狼狽えてしまった。
『森深くに住む魔女アリーシャは、内緒の友達だったんだ』
なんだ、その設定は
『ある日、僕は魔女に唆されていると、家臣が父上に真言されたんだ。第一王子をそそのかす悪い魔女を、火あぶりの刑に処すと、父上がおっしゃった』
冗談にしては真剣に話しているノエルに、俺は詰め寄ることができなかった。その代わり、メロンに変化が訪れる。
『役目を終えた彼女・ラミアはグリューセルに戻っているよ。メロンちゃんを死なせるわけにはいかなかったと。また幾千年さまよって探すのは嫌だと言っていた』
やめろ。
『“千年探し出したのち、姿を変えたアリーシャを見つけ出して謝罪することができたなら、時を刻むことを許してやろう”と言っていた』
メロンには関係ない。
『僕の初恋はアリーシャ、君だったんだよ』
メロンの体がヒト型になる。
メロンは、俺の知らないメロンになった。
腰まである漆黒の髪。
黒色のアゲハ蝶を思わすローブからすらりと見える華奢な手足。
肌が白くてまつ毛は長く、開いた小さな唇は桃色で。メロンが人間になったらとんでもなく可愛い少女だろうなと夢想して。
『約束どおり、グリューセル国の呪いを解く。それでいいか』
誰にも侮られないように無理して低く出しているかのように俺には聴こえる。
『私の隣にはすでに、羽賀明人がいる』
あぁ、この子はメロンの記憶を消したわけではないんだな。
『メロンは、君なんだな』
確かめるように髪をすくいとる。
わずかに瞳を潤ませて、少女はこくりと頷いた。
『メロンでもあり、アリーシャでもある。あきとは、こんな私が、そばにいてもいいのか』
今すぐ不安を吹き飛ばしたい。
『愚問だな。メロンは俺の嫁だと言ったろ。アリーシャがメロンなら同じだ。俺の、俺だけの嫁――』
『あきとの、お嫁さん……』
俺は二回も、君に恋をした。