永遠なる禊
永遠を司る、疎ましくも懐かしいこの力。
数千年もの長い年月の間、魔法も何も使わなくて心配だったが、ちゃんと発動したことに安堵した。
時は刻み、眠らない国グリューセルに夕焼けが訪れ、夜は瞬き朝日がめぐる。動物適正委員会の本部に鎮座した、異世界へと通じる陣にて魔力を送るかたわら、魔女アリーシャはついと思考を巡らせた。
『私をアリーシャさまのお傍に』
『私は……』
ノエルは永遠と呼ばれる牢獄から解き放たれるはずなのに、いまだにアリーシャとの関係を断とうとしない。アリーシャが戸惑うのも無理はなかった。
『待て、それなら俺はどうなる。メロン……今はアリーシャだったな。俺はお前の夫だ。俺も不死にした方が都合がよくないか?』
ノエルとアリーシャは言葉を詰まらせる。
永遠をもつことがどんな意味を持つのか、羽賀明人はわかっていないのか。
『私の傍に生きるということは不死を貫くということ。その苦痛、あきとにわかるはずがない!』
手の甲にすり……と頬ずりするノエルに、アリーシャはほんの少しだけ頬を染め上げる。代わりにノエルがアリーシャの前に立った。
『私は千年もの間、アリーシャさまを探すため生きながらえてきた。幾日たりとも、アリーシャさまを忘れたことはない。この積年の思いを羽賀明人、お前に持つことができるのか』
『俺は死というものを知らない。千年という気の長くなるような日々を送ったとしても……メロンが、アリーシャが傍にいてくれるんだろ? それなら未来永劫、俺の命が永らえたとしても恨みつらみも起こるわけない』
猫のメロンのときだって、あれだけ恥ずかしい嫁と連発されていた。明人はブレていないし、まったく変わっていない。
アリーシャとなって一番変わったのは自分だ。
与えられる愛情が無くなってしまうのではないかと疑ってしまっている。
『では、まずノエルは解呪の範囲から外します。良いですね?』
『ありがたき幸せ……私の忠誠は、永遠にアリーシャさまの為に』
『……!』
唇が震える。
『羽賀明人、あなたは、『俺も不死を望む。未来永劫、アリーシャの傍に!』……!』
真面目で堅実、いつでもメロンを優先としていた羽賀明人を、自分の眷属にするということはつまり。アリーシャの伴侶が二人になるということ。常に夫が二人傍にいることに、アリーシャは頭の中がぐるぐる回る思いがした。
『永遠を司る魔女アリーシャの名に集え、永遠を戒める楔よ』
赤褐色した鎖がありとあらゆる空間から出現する。
『アリーシャが告げる。ノエル以外の永遠を解き放て。眷属として、我が身の内に時を刻み、伴侶とする。楔をこれに――』
全ての赤褐色色した鎖がアリーシャの体を包み始める。
『アリーシャが告げる。我が伴侶にして夫・羽賀明人を……』
シャラシャラシャラ、明人の体を包み始める。
言葉を発しないアリーシャに向けて、力強く頷いてみせた。
『永遠の楔により今、不死なる肉体を刻み込む。我が肉体が滅ぶまで盟約は続くなり……時はすべて、我が身の内にあり』
明人の心臓に向けて戒めの鎖がまかれ始めた。
永遠を司るアリーシャの手の内に時が集まり始める。
これまで通り季節が廻り一年が過ぎようとも、ノエルと明人は年を取ることが無くなった。アリーシャはこれでよかったのかと、虚ろな瞳で二人を見る。
『これからたくさん愛してやるから覚悟しろよ! メロンとアリーシャ、どっちもな!』
明人の大きな体で抱きしめられる。
『私も、今まで溜まっていたぶん、たくさん愛したいです。ご覚悟を、アリーシャさま……』
ノエルのうっとりした表情で、頬に何回ものキスを送られる。
『わたし、わたしも、二人が好き……』
アリーシャとして初めて、異性を意識した瞬間だった。
***
動物適正委員会の会議室にノエルとアリーシャ、明人が入室した。
「ノエル! お手柄だったじゃないか」
大柄な本部長がノエルの背中をバンバン叩く。
嬉しそうに微笑むノエルの隣にアリーシャと、明人が居心地悪そうにしてたたずんでいた。
「え~と、報告してくれ」
「了解。永遠を司る魔女アリーシャの力により、我が国グリューセルに時が流れます。もちろん、私以外の人たちですが」
「は?」
「私はアリーシャさまの伴侶の一人になりました。長年の夢をかなえることができたので、委員会から脱退したいと存じます」
「ちょっと待て! どうしてお前は、永遠を生きることにした!」
間近で喋る本部長のタスウェルに、正直に話した。
「アリーシャさまと共に生きるためですよ。忠誠もすべて、伴侶のために」
「伴侶て……じゃぁ、こいつは?」
「あぁ。俺もだ。アリーシャとメロンの二人を、愛情いっぱい注がせてもらう」
委員会の数名がため息をこぼしていた。
「うーんと、ノエルはやはり、解呪した方が良いのでは? 幸いにも私は解呪できるから――」
「イヤです! 幾らアリーシャさまでも、下手な冗談はやめてください!」
いつもの余裕なノエルではない。
どこか必死さが見える。
「私はアリーシャさまを幸せにすることしか考えておりません」
「おい、この適正委員会とやらは、けっこうな額の賃金がもらえてるんじゃないのか?」
明人に抱き寄せられながら、アリーシャは耳を傾ける。
「この現代じゃ、アリーシャもメロンも、金が発生するんだよ。甲斐性なしじゃ、アリーシャが可愛そうじゃないか」
「ぐっ……」
「かくいう俺もしばらくは救急隊員は辞めないし、お前もそーしろ。無職じゃ恰好つかんだろ。な、アリーシャ」
「えぇっ? うぅん、そ、そうですね」
少しショックを受けたノエルが、アリーシャの一声で続けることを表明した。
「恨むぞ、羽賀明人」
「なんとでも。アリーシャを守りたいなら、今の地位を捨てるな」
「な……」
「世間の中傷から守ってくれるんだろ? 頼りにしてる、ノエル」
肩をぽんと叩き、アリーシャ越しに二人は牽制しあう。
アリーシャは乾いた笑いを出しながら、猫のメロンに化けた。こうなったら寝るフリでもしてやろうと決め込んでみた。
初夜もこれで無くなるだろうと思っていただけに、メロンは身悶える。ベッドの上に寝かされてこれでもかと体を触られるのだ。メロンの大好物であるかつおぶしまで持ってこられて、アリーシャの体に戻ってしまう。
メロンの状態でかつおぶし――麻薬のように蕩かされ、二人の夫から多大なる愛情をいただいた。溜まっていた分の愛情が、アリーシャの体ひとつに注がれる。二人も伴侶にしたのを間違えたかもと、アリーシャは半泣きになりながら熱帯夜を終える。
しかもこれには終わりがない。
アリーシャはこれから、体力作りに勤しまなければならなかった。
第一部終わりました。第二部は未定です