永遠を司る魔女アリーシャ(i)
結局、二つのベッドをくっくけたまま一夜を過ごしたらしい。ソファで寝ていたはずの吾輩が、二人の男に挟まれて川の字になって寝ていたのである。
毛並みに顔をうずめてくるご主人とノエルにはこそばくて身じろぎした。くんくんと匂いを嗅がれても、吾輩の匂いはお日様の匂いしかしないと思う。あっちにいけばご主人、こっちにいけばノエルと、男くさいことこの上ない。
こんなとき何ていうのだろうか。
吾輩にもモテ期が到来、そんな予感が脳裏をかすめる。
パチパチパチ……と赤色が瞼の中を駆け巡る。
一瞬のできごとで何が起こったのか、すぐに赤色は無くなったけれどあれが何だったのか、今の吾輩にはわからない。
***
「あぁ、そこそこ、気持ちがいいよ。メロンちゃんは上手だね」
「ニャー!(筋肉が固すぎる。何食べたらこんなになるんだ)」
甘く蕩けるようなノエルの声に、吾輩の毛並みがぼわわと逆立つ。
「メロン、俺にもしてくれ。くぅ、気持ちいい……あぁ、メロン、愛してる」
「ニャォ~……(むむ、こっちも固い。ご主人のもほぐしてやらねば)」
恍惚とした表情のご主人の目元が潤んでいる。
吾輩の手管は完璧だ。もはや男二人、手玉に取るのは簡単である。
変態二人がやらしい声を出してもなんのその。
それらを無視して吾輩は、自慢の肉球でニャンキュッパしていた。
ニャンキュッパとは何か。
宇宙の真理を飛び越えた先に到達するもので、ただのマッサージではなく萌と癒しを兼ね添えた素晴らしい幻想郷に辿り着くための儀式である。
肉球あらば天国という格言は、ご主人によって作られた。それこそが、猫好き達に悟られた境地ともいえよう。
吾輩メロンは救急隊員ねことは別に、あらたな復職をゲットしたのである。それは猫として幸せなことなのかもしれない。野良では味わうことができなかった気持ちを感慨深く味わうことができた。
「気持ちの悪い声を出さないでくれ、羽賀明人。あぁ、メロンちゃん、気持ちいいよ」
もみもみもみ
「メロンは俺の嫁なんだから、お前に居座られるこっちの身になれ! はっきり言って邪魔なんだよ……くぅ、メロン、上手すぎる」
もみもみもみ
「羽賀明人、メロンちゃんを賭けて勝負だ!」
「ノエル・アンダーソン。望むところだ。さぁ、メロン!」
「ニャオ~(変態二人は元気になったことだし、そろそろご飯にしよっと!)」
恍惚とした表情の男二人をほっといて、吾輩メロンはカリカリを食べることにした。今日も美味である。
ところで二人の勝負とは。
猫じゃらしでどちらが優勢か、吾輩に勝敗をゆだねたいと言われても困るのである。あっちにほいほい、こっちにほいほい猫じゃらしが揺らされれば、ハンターな吾輩はどちらも狩らなくてはならないからだ。
お尻をゆらゆら揺らして飛び掛かると、ノエルの勝ち誇った顔が。はたまたご主人の方へ向かうと、ご主人がそら見たことかと勝ち誇る。
勝敗なんてつくわけなかろう。
吾輩が楽しければそれでいい。
というわけで引き分けにした。
***
「今日こそは我ら本国へメロンちゃんを招きたい」
「バカは休み休み言ってくれ。ほらメロン、出勤だ」
「ニャオ~ン!」
忍者スーツに着替えて鏡の前でキメネコする。
ポッキー動画で極めたものを吾輩なりに、あのダンスで遊んでたらご主人に見られてカメラで動画にアップされてしまった。
猫好きたちにはたまらないのだろう。
今では百万回数の閲覧を数字を叩きだし、小遣いも荒稼ぎされていた。テレビでも吾輩の動画を取り出したいらしく、数百万もの札束をもらったらしい。
茫然とするご主人を横目に、吾輩はアゲマンならぬ上げネコだと、知らしめることができて大いに満足だ。
ポッキー両手にしてシャキンと決めポーズをすると、両脇からご主人とノエルがぱくりとポッキーに噛みついていた。
「俺のポッキーだぞ。ノエルはすっこんでろ」
ぽりぽりぽり
「メロンちゃんのポッキーにあやかりたいんだ。それくらい良いだろう、羽賀明人。醜い嫉妬はやめたらどうだ」
ぽりぽりぽり
忍者ねこな吾輩は、そのままご主人の車に乗せられた。そしてレスキュー隊の施設に辿り着くと、すぐに出動を命じられる。
「全隊員に告ぐ。○○市の○○丁目18番地の木造校舎一階のアパートで火事発生。被害者らを救助に迎え!」
「「「了解!」」」
忍者猫な吾輩を見た上の人は何も発することもなく、吾輩の頭を撫でていった。言葉を発しなくてもわかる。吾輩はこのとき、重みを感じた。
「メロン行くぞ……ノエル、お前も行くのか」
「メロンちゃんに危機が迫るといけないからね」
「俺がメロンを守るんだ。ノエルになぞ任せることなどできない」
救急隊員の服を着こみ、吾輩とご主人、小田先輩とノエルが車に乗り込む。ファンファンと警告音を出しながら市街地を通ると、すでに人だかりができていた。それらを掻い潜り、前へと進む。熱くて呼吸が難しくなってきた。遠巻きにみているのに息苦しい。
眼下に広がるのは黒煙と炎舞い散る火花との饗宴。
消防車が懸命に放水を出して懸命に消化活動に専念している。
吾輩たちのできることは被害者を素早く外に連れ出すことだが、こんな状態で中に入ることなど難しいだろう。
どうにもうだつが上がらないとき、吾輩の耳に子供の声が聞こえた。助けを呼ぶ声はご主人とノエル、小田先輩には聞こえない。
炎は最初のときよりかは勢いが小さくなっている。でもあの煙を吸うといくらなんでも吾輩だって危ない。どうすればいいのか。吾輩はご主人を見上げると、頷いてくれた。
水を含んだ忍者服。
耐火性を備えた救護服で、ご主人と吾輩は周りの静止を振り切って建物の中へと突入した。
吾輩の嗅覚はいまあてにならない。ならば聞こえる聴覚で、人間の元までたどり着く。奥から二番目の部屋から子供の声がする。扉を開けろと吾輩がせっついた。
ドアノブに触れたご主人が息を詰まらせ、首を振って開けることを断念した。助けられる命が扉の向こうにあるのになぜ――
吾輩を抱き上げながら一旦外へ避難する。
ご主人に言われたことは、バックドラフト現象――ドアを開けると勢いに乗った炎により、吾輩たちが危険になるらしい。爆発現象に遭遇すれば、耐火性を持ったご主人でも吹き飛ばされてしまうと言われる。
外に回ったご主人と吾輩により、気絶していた一階の子供らは批難ができたが屋上に取り残された人たちの救助に難色を示した。
「高いところが苦手な住民か……」
ハシゴを使って降りなければ助からない。
周りは雑居ビルで空からの救助は絶望的だ。
吾輩はご主人の胸元に潜って3階を目指す。
ハシゴの下が見えても、ご主人の腕がしっかりと守ってくれている。恐怖はなかった。あとは猫として、どれだけ相手の恐怖心を拭えるか。
上に辿り着くと、女性二人と男性三人が恐怖で身を寄せ合っていた。ハシゴがあるから降りてこいとご主人がいうと、五人とも無理だと言われる。とてもじゃないが、三階から降りるのは怖いとのこと。
忍者猫ならぬ吾輩がニャー! と吠えると、五人ともハッとして泣き喚くのをやめた。このチャンスを逃すなら、この五人は死ぬ運命にある。ついてこいと、吾輩はご主人の服の中に再びもぐりこんだ。
「じゃぁ、順番に、ゆっくりと足を下ろして。では、最初に男性から」
男性が下にいることを意識してくれれば、もし落ちたとしても多少なりとも受け止めてもらえると心理を働かせたものだ。すくみ足だった女性二人もそろそろと足をハシゴに下ろして、地上へと向かう。
吾輩とご主人も地上へと足をつけたとたん、窓ガラスが割れて爆発した。あのまま手をこまねいていたら、ハシゴで下ることもできずにいたはずだ。
気絶した彼らをストレッチャーに乗せて、すぐに救急車で搬送した。
***
「メロンちゃんの可愛い顔が黒くなってるよ。きれいにふきふきしようね」
「ニャオ~ン」
ご主人をほっぽって、ノエルが優しく布でふき取ってくれる。
「メロンちゃんは、炎が怖くなかったの?」
「ウニャン?」
「君たちが建物の中に入っていくのを見て、僕もとはいかなかった……」
まぁ、ノエルは部外者であるし当然のことだと吾輩は思う。
心配するなと舐めつけた。
「メロンちゃん、ごめん、ごめんね……」
「ウニャオォ~(大丈夫だから)」
「僕はまた、メロンちゃんを見殺しにするところだった」
「ニャ?(へ?)」
「謝り足りないのはわかってる。でも言わずには、いられないんだ……」
吾輩の体を抱きしめて、静かに涙するノエルに吾輩は目がテンになった。ノエルは、吾輩に以前も会ったことがあるのだろうか。
「森深くに住む魔女アリーシャは、内緒の友達だったんだ」
中二病設定か
「ある日、僕は魔女に唆されていると、家臣が父上に真言されたんだ。第一王子をそそのかす悪い魔女を、火あぶりの刑に処すと、父上がおっしゃった」
はぁ
「アリーシャは呪文を唱えて猫の姿となり、火あぶりを逃れる。そのさい、こう言った」
ん
「“お前らの時をここで止めてやろう”と。そのときから、僕らの時が昼で止まってしまった」
それで?
「眠らない国グリューセルは、アリーシャという魔女を千年ほど探している。それが君の確立が高いということ」
吾輩はメロンである
「君を育てた猫がいたろう?」
ノエルは先輩猫を知っている?
「役目を終えた彼女・ラミアはグリューセルに戻っているよ。メロンちゃんを死なせるわけにはいかなかったと。また幾千年さまよって探すのは嫌だと言っていた」
体の中から力が湧き出る
「“千年探し出したのち、姿を変えたアリーシャを見つけ出して謝罪することができたなら、時を刻むことを許してやろう”と言っていた」
死ぬことも許されぬまま、魔術は進歩した。地球との軸を結びつけることに成功し、アリーシャの魂を持つメロンを特定する。
「僕の初恋はアリーシャ、君だったんだよ」
光が体を渦巻いてゆく
アリーシャという言葉の羅列――それが。吾輩の魔法を解くカギだったのだろう。吾輩メロンは漆黒の長い髪を振りかざし、目の前で膝をつくノエルの手の甲に口づけされていた。
「約束どおり、グリューセル国の呪いを解く。それでいいか」
「はい、永遠を司る魔女アリーシャ。ですが、私だけは解かないでください」
「なぜ」
「あなたのお傍に居たいのです」
アリーシャは眉をしかめる。
「私の隣にはすでに、羽賀明人がいる」
「それでもかまいません」
「わたしは奴を裏切ることはできん」
そのとき、二人の静寂を破ったものがいた。
愛猫メロンの飼い主、羽賀明人。
二人のやり取りをずっと隠れ見ていて、我慢ができずに体を前に押し出す。
「ご、主人……いや、あきと」
「メロンは、君なんだな」
ずきんと胸を突く。
メロンは私であり、アリーシャはメロンである。
「メロンでもあり、アリーシャでもある。あきとは、こんな私が、そばにいてもいいのか?」
あきとを真っすぐ見ることはできない。
楽しかった日々が、アリーシャの瞼の裏に垣間見る。
「愚問だな。メロンは俺の嫁だと言ったろ。アリーシャがメロンなら同じだ。俺の、俺だけの嫁――」
火あぶりにされそうになったときに、ノエルにアリーシャを抱きしめる力さえあったなら――アリーシャはノエルを選び、呪いなどかけることも無かったのに。
「あきとの、お嫁さん……」
あの時も誰かに抱きしめて欲しかったんだ。
だから、アリーシャはぬくもりを求めて彷徨うことを止めなかったのかもしれない。