王子さまと吾輩ねこ
「お口をあけて、メロン」
「ニャ~~ン♪」
もう待てません。
いい匂いのあれを食べるためならば、いまこの瞬間だけでも雌猫として媚びてみせよう。
「可愛いなぁ、でも、もうダメだよ」
「ニャオン(ご主人のケチ)」
カップラーメンの麺を短く切ったものを、吾輩は食む。
これはこれで美味であるが、いかんせん少なすぎる。
もっとくれとばかりにご主人に襲い掛かるが、ご主人の手の中から小田先輩に移動した。
目をギラつかせた吾輩が小田先輩に飛びかかった瞬間、空中でキャッチしたご主人に腕の中に閉じ込められる。いかにも冷静を装ったご主人と吾輩。これならいつ誰が来ても対処できる。しかし、施設の諜報部からえらい剣幕で乗り込んできたときは度肝を抜かれた。
「お前たち、これ見てみろ」
「ん……メ、メ、メロン!」
「ニャオン(これ吾輩だ!)」
夕日を背にして瓦礫の上でたたずむミケネコ。
被害者がここにいると知らせるために、上を向いてひと鳴きしている可憐な姿。そんな吾輩の姿が人々の胸を突いたらしい。全国ネットで放映されれば、救急施設に電話が殺到した。いわく――
――やらせじゃないですよね?
――動物虐待しないでください!
――そちらのメロンちゃんとうちの子を、お見合いさせたいんです!
テレビでは奇跡や神のご意思と象徴され。
やっかみねとゴシップは週刊誌で陰口のように囁かれ。
吾輩ではなく、ご主人が中傷されるようになると表立って救助ねことして働けなくなってしまった。
施設の中では皆が一丸となっているころ。
吾輩はご主人たちに迷惑をかけていることに気が付いた。
「メロンは俺が守ります」
「俺も明人と同じく、メロンちゃんを守ります」
「ニャー……(ご主人……小田先輩)」
誰かを助けたいと思うのに、吾輩が邪魔をする存在になってしまう。行き場を失いかけたそのとき。日本人とかけ離れた容姿の男が、黒塗りベンツから降りて施設に乗り込んできた。
大股で堂々と足音を響かせるこ奴は、知らない場所でもこんな度胸を出せるものだろうかと、吾輩は胸をドキドキさせながら固唾を飲んで見守り続ける。
「失礼、私はノエル・アンダーソンと言います。ミケネコのメロンちゃんを引き取りにきました」
「あんた、何しに来た」
小田先輩がつかつか大股で歩き、抱き上げられた吾輩を奪い返そうとする。軽やかな足並み運びでそれをかわして、洗練されたお辞儀をした。そのときでも吾輩の毛並みを撫で上げる所作が優しすぎる。
「動物適正委員会を知っておりますか」
なでなでなで、ニャンとも気持ちいい。
ノエルとやらは猫慣れしているのかもしれない。
「貴重な動物を集めている集団とお聞きしました」
「その通りです。こちらでは、メロンちゃんがさらに貴重な存在として保護できるように、安全かつ快適な場所を提供できます。ですので、早急に引き取りたいのです」
吾輩がそんな、尻軽女みたいにほいほいついていくとか思われてるのだとしたら心外だ。ノエルの見目が麗しいからといって、ほだされるわけにはいかぬ。
スーツの上から爪を立ててやると、ノエルとやらは少し傷ついた表情をして離してくれた。吾輩のいるべき場所はご主人の腕の中だ。ぴょんと飛び乗ったら、ご主人に頬ずりされた。
「我々でしたら、メロンちゃんを守ることができます。単刀直入に言いますが、あなたでは無理です」
頭の上で歯ぎしりする音が聞こえた。
「メロンを……渡すことはできません。すでに俺の嫁ですから」
「なんだと……」
紳士の姿勢を崩しかけたノエルは、緑色の瞳を険しくさせてご主人を睨みつけていた。というかこの二人。猫と人間が結婚できるとか、馬鹿正直に信じているのではあるまいな。吾輩は本当に心配になってきた。
「メロンちゃん、私たちのところはいつでも歓迎するからね。また、会おうね」
「なっ……!」
「ニャオー……!(チュウされた!)」
颯爽と去っていった金髪碧眼のノエルは、元来た黒塗りベンツで去っていく。あいつとはまた会えるような、そんな気がするのだ。
ウエットティッシュでご主人に口元をふきふきされて、吾輩は今日一日施設の看板ねことして業務をしていた。
給料はカリカリとペットシーツ、それと最新の猫じゃらしに忍者猫スーツ。これを着てくれと、小田先輩からプレゼントされて帰宅する。
***
疲れた吾輩とご主人はアパートに辿り着いた。
ただいまのひと鳴きをしようかと思い、口を大きく開けたらシッと口を閉ざされる。
「メロン、静かに。誰かいる」
ニャンと。
救急隊員ねこと熟練者のご主人がいるこのお家に、無謀にも泥棒が? 吾輩は毛並みを逆立ててフーッと唸る。
ご主人が車の中にある警棒を瞬時に取り出し、雷にも似た電力でバチバチと鳴らす。対する吾輩は小田先輩にもらった忍者ねこスーツで挑もうとする。
これさえあれば、吾輩百人力である。ちなみに、吾輩を見たご主人は悶えて頬ずりを繰り返し、発破をかけた。
「メロンは俺の後ろに控えて。不審者に第一撃を浴びせたら、メロンの爪で相手の顔目がけて猫パンチしてくれ」
「ニャ!(オー!)」
最新の猫じゃらしで鍛えた吾輩の猫パンチが強力ということを、不審者にも分からせてやらねば。久しぶりの獲物に興奮して尻尾をピンと立ててみた。ストレス発散もかねて大暴れしてやろうと、舌なめずりをする。
扉に鍵は掛かっていない。
ご主人が静かに開けようとしても、年代物の扉は油の切れた鉄の音がしてギィィと鳴った。中を見ると煌びやかな装飾具がそこかしらにあり、少しの間、目が眩む。シャンデリアに、黄金の鳩時計、真紅の絨毯を見て、吾輩はさらに興奮した。
爪とぎできるじゃん!
ご主人を押しのけて我先にと、ガリガリガリガリ爪とぎをしちゃった。だって、吾輩の爪を柱に向けてやると傷つくことを知っている。今まですんごく我慢を重ねていただけに、吾輩の行為はヒートアップ。すると、蒼白気味なご主人に抱き上げられた。
「メロン! お願いだから静かにしてくれ!」
「ニャニャ~ン(はっ! しまった!)」
「おや、家主が帰ってきたようだね。おかえり、メロン。それと羽賀明人」
「俺の名前を……」
「連日テレビで放映されてる有名人を、知らない日本人はいないよ。ね、メロンちゃん」
吾輩に向かって手を伸ばすノエルに、思わず毛並みが逆立った。
「まだ警戒されてるか。しょうがない。では、羽賀明人」
「な、なんだ……」
「しばらくやっかいになるよ。メロンちゃんを、手に入れるまでね」
「はぁ……?」
「よろしく、メロンちゃん。おいで、たっぷり遊んであげるから」
「にゃにゃ~!(変態が増えた!)」
我が家に家族が増えました。
この日、吾輩がどちらのベッドで眠るか二人でケンカしてるのを横目に、自分のソファで眠りに落ちた吾輩だった。