救急隊員ねこ
吾輩はここ最近、視線を感じるのである。
あくびをしてるときや、おトイレで用足ししてるとき、はたまた日向ぼっこをしてるとき。
みくびられては困るので背後を振り返ってみるけれど、いつだって誰かがいたような痕跡があるのだ。でも犯人は見つからない、それでは、いたずらに心配してるみたいで自分自身が嫌になる。
「ミャ~オ……」
「ん? どうしたメロン。お腹空いたのかな~?」
しょっちゅうお腹が減っていると思われておる。
吾輩はそんな食い意地張ってはおりませぬと、ツンとそっぽを向くも、猫まっしぐらなカリカリを与えられては向かうしかないだろう。
「はぁはぁ……メロンが可愛い……」
「……」
変態なご主人のおかげで、奇妙な視線のことをすっかり忘れていたのである。
*****
ご主人の家族として板につき、さらに一月後。吾輩は救急ねこ隊員として活躍していた。最初は吾輩みたいな新米ねこなんて、救急隊員に向いてないとご主人の同僚にやっかまれたものの、今では何のそのである。
「メロン! 瓦礫の下に生存者がいるはずなんだ。どこにいるか、分かるか」
「ミャオ~ン!(任せろご主人!)」
吾輩の栄えあるひと鳴きで、ご主人を含めた周りの人間が悶えている。惨劇にして癒しを見出そうとするこの気構えこそ、救急隊員ねこである吾輩を引き立たせる魅力の一つである。誰にも邪魔させない、ここは吾輩の独壇場だ。
「なんだこの可愛いねこ……くそ、明人……メロンちゃんを危険に晒しても大丈夫なのか!」
「メロンは大丈夫だ。俺の家で訓練しているからな!」
「なにぃ~~! う、羨ましいぞ、俺にもメロンちゃんをくれ!」
「やらん! メロンは俺の嫁!」
「お兄様! メロンちゃんを幸せにしますから!」
「だれがお兄様だ! きもいっ! 俺より年上のくせしてど厚かましい! それにメロンは俺が、毎日幸せにしている! 小田先輩になんてやらん!」
男たちの怒号が飛び交う中、吾輩は忙しく鼻をくんくんと動かしていた。救助犬ならぬ救助ねこ。ご主人の役に立ちたい思いで、吾輩は必至で嗅覚を研ぎ澄ます。
「!」
微かな呼吸と呼び声に、吾輩はご主人を呼びつけた。
「ニャ~、ニャニャ~~!」
吾輩の可愛い鳴き声を聞きつけたご主人と小田先輩が、疾風のごとく駆けつけてきた。
「ここに人間がいるんだな。でかしたメロン! 小田先輩、重点的にここ探るぞ」
「よっしゃ、わかった」
土砂崩れで生き埋めにされた人間たちを素早く救助できた。
吾輩は、ご主人を少しでも助けることができたので誇らしい。
被害者がストレッチャーに運ばれて、吾輩も一緒に救急車に乗りこんだ。
***
手術室の扉の前で、小田先輩とご主人はお医者さんに被害者を託していた。
「明人、どうだった」
「もう少し遅かったら命は無かったって……本当に助かったよ」
鼻をすする音が聞こえる。
小田先輩が涙声を出していた。
近寄って足元にすり寄ると、両脇に手を入れられて抱き上げられる。
「メロンちゃんもありがとうな」
「みゃ~お」
「可愛いな、メロンちゃん……救急隊員ねこをバカにして悪かったよ」
吾輩に一番に突っかかってきた人間が熱血救急隊員の小田だった。ねこの急所である首根っこを掴まれて外に放り出されそうになったときに、吾輩はご主人に助けを求めたのである。
『ミャ~~、ミャ~~!(ご主人、助けてぇ)』
『メロン! メロンを離せっ!」
施設の中で大乱闘になるときに、吾輩は吠えた。
『フシャーーッ!(ケンカするな!)』
『メロン?』
『な、なんだよ』
『フウゥゥゥ~~~(救助犬や警察犬は良いのに、救急ねこはダメなのか! なら、能力で示してやる)』
レスキュー隊員たちの施設の並びに、警察署がある。自動扉が開き、受付へ吾輩が乗り込むと、目を点にした警察所員と瞳があった。
『ミャオ~ン!(たのもー!)』
目を逸らした方が負けである。
『ん? なんだ、猫か。あっちいけ、しっし!』
どいつもこいつも吾輩をバカにして。
せめて嗅覚は犬並みだとわからせるために、警察犬が住まう場所までトコトコ走る。
後ろでは小田先輩とご主人がハラハラしながら吾輩を捕まえようとするが、あいにく吾輩はご主人との特訓で動きもしなやかに素早く動けるようになったのだ。そんじょそこらの変態から素早く逃げるのはお手の物で、日頃の訓練の賜物といえよう。
キャットタワーにトランポリンを買ってくれたご主人を褒めたいくらいだ。救急ねこならぬ忍者ねこでも通用するだろう。
吾輩の実力はいかばかりか。
訓練させてくれと、犬のトレーナーをしている人に近づいた。とはいっても吾輩ができるのは、白い粉を持った容疑者や場所を特定できるかくらいだが。
ぽかんとしている訓練士の人が、大慌てでやってきたご主人に覚せい剤がどこに隠れているかなどをテストしてほしいと頼んでくれた。
半信半疑で頷いてみせた訓練士が、吾輩に覚せい剤の粉が入った袋の匂いをかがせてくれたのだ。
警察犬たちと混ざった吾輩は、警察所内の訓練施設でみごとに探し当てたのである。
***
一日の仕事が終わり、小田先輩とご主人、それプラス吾輩は居酒屋で一杯飲みにきた。小田先輩とご主人はノンアルコールで、吾輩はお水。お仕事したあとは格別である。
「なぁ、メロンちゃんが来てからお前、変わったよな」
「そう、ですかね」
「堅物な明人から嫁の言葉を聞けるとは思わなかった……それもメロンちゃんに。恋は人を変えるんだなって」
お水を飲んだ吾輩にご主人がおいでおいでするから、お膝の上にぴょんと飛び乗った。
「不思議なんです。メロンがいないときの方が心にぽっかり穴が開いたみたいでさみしくなる。おかしいですかね?」
「おかしくねーさ。女がいてこその男だろう。堂々としてろ」
「はい……」
「だが気を付けろよ。メロンちゃんが活躍すればするほど、欲しがる輩も出てくることを」
ごくりと唾を飲み込むご主人の手の平を、ザラリと舐めつけてみた。くすぐったそうに、目元を細めて撫でられる。
「動物適正委員会には気を付けろ」
「何ですかそれ」
「貴重な動物を集める集団だ。可愛いメロンちゃんが狙われる恐れがある」
「メロンは俺の嫁なのに」
吾輩の耳がおかしいのか。
ご主人が吾輩のことを嫁と言う。
首を傾げてニャー? と言うと、二人とも悶えていた。
「ぜったい、奴らに渡すなよ! お前が守れ」
「メロンは俺の嫁なので渡すわけありません。なー、メロン?」
人間二人にぞわわと毛並みが膨れ上がる。
吾輩、なにか選択を誤ったのだろうか。