魔女の気まぐれ(i)
ぐつぐつぐつ。
大鍋の中の青汁を焦がさない程度に魔力で火力を弱くして、アリーシャは休憩することにした。
もろ手は天秤、平和を願うは天の意思。
汝、利き手で盃を持つや、あいた片手は魔女の芯。
万里を覆いつくすトール神にて、世を束ねたるは栄華を誇るか衰退か。
水理の槍でほふりし禍神の、後に残るは序の世界。
――銀の聖書より
古ぼけた本を軽く閉じ、瞼を閉じる。
魔女の核心を突く本なんて、ボロボロに破いて捨ててしまいたい。ただ、それをすると間違いなく王家の書庫官から苦情がきて遊びに行けなくなってしまう。
自分のわがままで首を絞めたくない。変なこだわりがあるから長生きはしたくないものだ。それを他人に言われた日にはさらに落ち込む――いや、忘れるのも早いよなぁと思いながらも、作業はサクサクと進んだ。
滅菌された容器を用意し、煮詰めた緑色の液体を瓶に詰める。野菜嫌いなお子様にぴったりな栄養満点の青汁のできあがり。
遠出用のカバンにせっつめていけば、玄関に取り付けた鈴がリンリンと鳴った。来訪者だ。木製の古びた扉を、アリーシャの魔力で開け放つ。
「はいどなた~」
「聖騎士ノードです、黒魔女殿」
パタン
「黒魔女殿、黒魔女殿!」
「わかったわよぉ……で、何の用?」
アリーシャの黒色ローブから白くきめ細やかな肌色の脚を組み替えて、わざと見せつける。
男の喉元から、唾をゴクリと飲み込む音がした。
「タバサシェリア様の要求なのです。私がどうにかできるわけないじゃないですか!」
「うるさいわよノード。あんたがなんとかしなさい」
アリーシャは足を掴んできた男を蹴り飛ばす。
「黒魔女殿、そこをなんとか!」
ゴツい体の聖騎士がじりじりと迫ってくる。
「ノエルも大概わがままだったでしょ。それをだ~れが更生させたと思ってるの。国一番の黒魔女アリーシャ様でしょうが。それに王族ってのはワガママばっかりだからやだ( `д´)ノ」
「黒魔女殿の偏見かと」
「うるさいな。まぁ、どちらにしても初代との約束もあるしなぁ」
ノード神官が食いついてきた。
肩に置かれた手が地味に食い込んでくる。
「賢王グルタス様のことですね。グルタス様はなんと?」
「三代目までは、このグリューセルを見守ってくれとおっしゃられてたわね」
三代目が関わっている――この事実がアリーシャを繋ぎ止めていた。それならば王位継承を持つ息子のノエルまで恩恵を与えねばならない。
ノエルは友達として好きだ。
けれど、それとこれは別。
黒魔女としての範疇でのことなのか。
色々考えると面倒になる。
自分のことや、ノエルのことも。
アリーシャは知らないうちに爪を噛んでいた。
「何か誓約でもおありで?」
「べーっつに。ただ、何にも考えないで私が頷いちゃっただけなのよ。でもそろそろ、約束を反故にしてもかまわないよね?」
「だだだ、ダメです、止めてください。黒魔女殿~~!」
長い髪がボサボサで、手入れもしていない黒魔女アリーシャは考えた。
「そーね、実際会って見たら気も変わるからしら。ノエルの弟って見たいもんね(*´エ`)」
「は、はぁ……」
「じゃ、了承ってことで」
実に気まぐれ。興味が勝った瞬間である。
アリーシャはころりと意見を変えて身支度する。
黒蝶がアリーシャの汚れを吹き飛ばす。
紫色の鱗粉で、肌色と髪につやが出てきた。
「いつ見ても鮮やかなお手前で」
「そ? ありがと~」
文字で囲まれた丸い球体を宙に作る。
同じ型の星形を二つ別に作り、それぞれ上下に飛ばした。
星形と星形が回転しながら作動する。
しかし、術者の意図する場所へと飛べなければ宝の持ち腐れとも呼ぶ。
「アリーシャが告げる――んじゃノエルんとこ行っきまーす('◇')ゞ ノード、わたしの手を離さないでね」
「は、はひ」
「体が真っ二つにならないためには私の体の一部に触れていること~」
涙目になった聖騎士をアリーシャは連れて行った。
真顔のノエルとご対面である。
「な、な、な、アリーシャ!」
革椅子に座っているノエルが慌てて立ち上がる。
机の上にぽとりと羽ペンを落とすと、書類の上にインクがじわりと広がって、黒くぼやけてしまった。
アリーシャは思った。
我ながら悪いことしたかもしれない。すかさず謝罪することにした。
「アリーシャでっす……ノエルごめんね!('エ')ノ」
「いまどうやってきた! それに神官まで! これはいったい……あぁっ、書類が! またやり直し……?」
アリーシャの元に書類が飛ぶように渡る。
黒蝶がはたはたと忙しなく羽を動かすと、紫色の鱗粉でインクの汚れが無くなった。
ふぅ……と息を吹きかけてぴらぴらと紙を遊ばせるとノエルに渡す。元通りになった紙を見て心底不思議そうに首を傾けていた。
「魔法陣転移とゆーやつでパッと来ただけなの。気にしないで」
「気にするわ! アリーシャってほんとに、すごい魔女だな……」
接待しようと考えたノエルに、アリーシャが手で制す。
「遊びに来たんじゃないのよね」
「え」
「もちろん、ノエルに会いにきたわけでもないのよ」
「……」
明らかにしょぼくれてるノエルに、アリーシャは含み笑いした。
「弟君をしつけにきました('◇')ゞ」
「安直ですな。黒魔女殿」
「何よ。かてきょしてくれって頼んだの、あんたでしょーが」
「あ、アリーシャが、弟をって……」
「さて、弟くんはどこかなっと」
扉を出ると豪華な通路に出た。
その後ろからノエルが走ってやってくる。
「ア、アリーシャ、その」
「ん。ノエルにも苦手な子がいるのね。そっか、分かるよ」
あまり語ることをしないノエルの頭を撫でてやる。
「こっからはおねえさんに任せなさい」
好き嫌いが多すぎなバルトを何とかしてほしいと要請がきたのだ。食べ物に関してだけではない。勉強と運動嫌いが拍車をかける。
そう、第二王子のバルト王子は小さいながらポッチャりしていた。いびると精神的にくるかもしれない。まずは様子見ねと、アリーシャは腹黒さでいっぱいだった。




