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ねこが暮らすこの世界  作者: キョロボール
第一部 芽吹くとき
1/10

雨音の鎮魂歌

 吾輩は雨が嫌いだ。

 毛並みが濡れると痩せっぽちに見え、吾輩の貴重な体温を奪い取る。全身を震わせると水滴は落ちるけど、止まない雨にキリがないことくらい、吾輩にもわかる。


 雨特有の匂いだって嫌いだ。

 まとわりつく匂いのせいで、毛づくろいにも精が出る。きっと、落ち着かせるために舐めあげて、吾輩だけの世界テリトリーを作り上げたいのだろう。


 心細いのは今に始まったことではないが、こんなとき人肌とやらが恋しいのかもしれない。ご主人愛用のスリッパを噛みつつ、ごろんと寝返りを打った。そしてうつらうつらと、考える。


 捨て猫だった吾輩はすぐに死ぬはずだった。でも先輩猫が母乳を与えてくれたので、かろうじて生き残れることができたんだろう。


『あたしがあんたを一人前にしてあげる』

『ミー……』

『猫の根性見せてみなさい。死ぬのは許さないわよ』


 母と思って甘えると叱られるけれど、乳だけはしっかりと飲ませてもらえたし、排せつを促すように舌で器用にお尻を舐められる。よちよちと前足と後ろ足で歩けるようになると、満足げに微笑む先輩猫に誇らしい気持ちになった。 

 母じゃない先輩猫に、吾輩は愛情を見出すのはしょうがないことだと思う。おかーさんとは呼ばせてもらえないけれど、先輩猫のお尻を追ってどこまでもついていった気がする。


 物事の善悪を知らずのほほんと生きていた吾輩は、車の存在をしらなくて歩道を歩いていた。先輩猫からは口を酸っぱくして、横切るときは車や自転車、人間に気を付けろと言われていたのに。

 気づいた時には車のタイヤが迫ってきていた。時間が一瞬止まったかと思うと、体が強引に外へと押し出されていた。


『くそっ、動物轢いちまった!』

『ニャー、ニャー!』

『なんだ、猫かよ。人じゃなくて助かったぜ』


(――猫で助かった?)


『動物病院に連れて行こうよ!』

『知るか、ほら、行くぞ』


(何があったの? あ――……)


 道路脇に転げたあと振り返ってみると絶句した。

 大好きな先輩猫の、ぐったりと横たわる姿がそこにあったからだ。


『ニャー、ニャー……』


 もうあのツンツンした声で喋ってはくれない。

 ボールで遊んでもらうことも叶わなくなった。

 吾輩は、このときから人間が大嫌いになった。

 







 ザァァァー……






 あの時も雨が降っていた。

 何の因果か、吾輩は救急隊員の男の手により溺愛されて、メロンという名前まで拝命された。


 少しのくすぐったさを感じる。

 人間を好きになりかけた吾輩を、先輩猫は恨むだろうか。それとも、死ぬのは許さないと……ついでに幸せになれと激励するだろうか。


 吾輩はいま、心身ともに苦しいのである。

 

「メロン~~、ただいま~~!」 

「!」


 夕方の決まった時間になるとご主人が帰ってくる。いつもはお出迎えするんだけど、今日は無理だ。雨音が吾輩のテンションを下げまくっているのだ。


 キャットタワーの横にある吾輩専用のクッションにて、体を丸めて縮こまる。

 

 今日だけは静かにさせてほしい。

 そんな気持ちを込めて吾輩は、ご主人に背を向けた。


「メロン、メロン……! 具合が悪いのか、どうした、大丈夫か!」

「にゃ~」

「熱は、寒気は、それとも食あたりか。メロン、動物病院に行こう!」


 ニャンと! 

 それはご免こうむりたいのである。

 栄養剤と銘打ってお注射されるのはもっとイヤだ。

 吾輩はシャキンと体を動かして、元気さをアピールした。


「メロン、もしかして」


 なんだ


「さみしかったんだな!」


 ニャンともおめでたい頭をしておる。

 でも、そうか。それなら図星かもしれないと、吾輩はない頭でせいいっぱい考えた。恐る恐る、前足をご主人の膝へと肉球を押し当ててみる。ご主人の顔が恍惚として瞳が潤みだした。ご主人はもしや、オトメンか。


「ぐは~~、メ、メ、メロン! 一人にしてごめんよ! 俺が、俺が悪かった!」

「ニャ~オ!」


 激しく抱き上げられて頬ずり頬ずり、ご主人は狂ったように泣き出した。どうしたらこんなに泣く要素があるのだろう。吾輩が泣くならまだしも、ご主人が泣くのはおかしすぎる。


「一緒に寝ような、メロン……」

「ミャオン……」


 今夜だけは優しくしてあげよう。

 明日になったら吾輩は、またツンツンするのだ。そういうわけで、おやすみご主人。 


***


 あったかい。

 このぬくもりはなんだろう。

 とんでもなく気持ちが良いから頬ずりした。


「ふふっ」

「ニャー……?」


 硬いけど大きい何かに毛並みを撫でられる。

 とってもとっても心地いい。

 

 眠たいけどその何かが知りたくて、目を開けた。

 ご主人の優しい漆黒の瞳と目が合う。こんなに目元を緩めて、だれを見つめているのだ――吾輩が、ご主人をそうさせているのか。ニャンとも照れくさいではないか。


 顔を逸らすも、魔法の指が吾輩を捉えて離さない。おでこや頭、下あごを撫でられて気持ちいい。そうそう、吾輩にとって下あごは気持ちいいポイントだ。ご主人わかってるぅ。

 

「おはようメロン」

「ごろごろごろ……」

「メロン可愛いなぁ……」 

 

 下あごを触られながらチャリンと音がした。

 なんだこれ。

 おや、ご主人の目が若干血走ってるように見える。


「首輪だよ。メロンがさらに可愛くなる魔法のアイテム。さ、大人しくしてね」

「フシャー!」


 ベッドから飛び上がって逃げ惑うも、体力が尽きた吾輩はご主人の魔の手により、首輪なるものを装着させられたのである。


 吾輩はペットではない。

 メロンである。






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