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勇者と、女。

勇者を愛する女。

作者: 鵠居士

身勝手過ぎる話となっておりますので、御注意下さい。

嬉しい。

嬉しい、嬉しい、嬉しい!


 ニールの全身が歓喜に震える。

 彼女は今、温かなもので心が満ち溢れていた。


会える。

会える、あの人に。

ようやく、あの人が私に会いに来てくれる!


 ニールは永い間、ただ一人の人を、今か今かと待ち続けていた。

 その人は、ニールが愛するただ一人の人。彼と会える、その日の為に、ニールは出来る限りの準備を整え、その日を思って夢を見続けてきた。


「早く、早く、いらして」


 溢れ出ていく悦びに身を包み、彼女は白く輝く空に向かって両手を広げる。まだ彼女からは遠い場所に居る、愛しい勇者かれに届けと言わんばかりに語り掛ける。

 本心から言えば、自分から彼に会いに行きたい。今すぐにでも、彼の下に駆け付けていきたいという思いにニールは支配されている。

 でも、それは出来ない。

 それは永い時間、彼と出会い、彼に恋し続けてきた中で、ニールが自身に定めている戒めなのだ。

 

 この戒めを守れば守る程、彼との出会いは彼女が永く夢見る物語に相応しい感動、喜びに満ち溢れたものとなる。

 そう、彼女の、彼を想う心を知った者が教えてくれたのだ。

 ニールはそういった想いに疎かった。自分が抱いたその想いに戸惑い、狂う程に訳が分からなくなった程に、恋心に振り回されていた。そんなニールに呆れ、教えてくれたのは、人間についてニールよりも詳しく、そして頭の回る男だった。

 

 彼を待って夢を見続けているこの日々は、ニールにとって幸せであり、そして辛い日々だった。

 彼を想い、彼が迎えに来てくれた後の日々を想えば幸せで、歓喜に満ち溢れた。だが、その一方でこれまで抱いたことのない、待つという考えがニールの心を冴えなんだ。

 何より、彼の姿、彼の声、彼の存在を騙ってニールの居る場所へと近づき、そして喜びに包まれたニールを嘲笑うように背を向けていった、彼の偽物達という憎らしい存在が何度も何度も現れ、ニールを絶望に追いやってきた。

 何度、涙を流したことだろうか。

 何度、この恋心を捨て去り、彼を待つことを止めようかと思ったことだろうか。

 でも、彼の為に、彼を想ってしてきた事を思い返せば、それと同時にまた彼への恋心がとめどなく、激流となって心の奥底から湧き上がってきたのだ。

 ニールは思った。彼への恋心はもう、彼女自身の一部となって溶け込んでいるのだと。

 そんな心を捨て去るなんて、出来る訳がない。捨てようと考えるだけで、身を引き裂かれそうな痛みに襲われる。


 ニールは感じた。

 彼が、今度こそ本当に彼が、ニールが想いを馳せる事の出来る場所にまで来てくれた、と。

 惜しむのは、彼がニールに会いに来てくれるまで、まだ時間があるということだろうか。それは一年、二年、といったところだろうか。

 だが、それがどうしたというのか。これまでの彼を待つ時間を思えば、なんとも短い時間だろう。真白の、何も無い、ただニールの想いだけを流す空間に横たわるだけのニールにとっては、微睡一つ。


 微睡の中で彼をまた、待とう。ほんの少しだけ。幸せな夢を包まれながら、その時を夢見ることにして、ニールは再び瞼を閉じた。





 ニールは、この世界を創り上げている神の一柱。

 それも大きな権能を誇り、神々にさえも畏怖される力と地位を持った、世界の理において大きな役割を果たす高位の神だった。

 神々も、そして人間達にも、その名を知られ、崇められていたニール。

 人間達はニールへの供物を欠かさなかったし、神々も事ある毎に自分への供物をニールへと捧げてきた。

 誰一人として、ニールをないがしろにはしなかった。


 だが、ニールは孤独だった。


 誰も彼もがニールをないがしろにはしなかったが、その権能を恐れ、差し迫った理由がなければ近づかないようにしていた。 

 それも仕方ない、とニールは思っていたのだ。

 ニールがその役目を果たす為に常に居た領域は、人間が暮らしている地上からも、神々が居を構えている天界からも遠い。そして、何よりニールの権能をあますことなく発揮しているその領域には、神々でさえも逃れえないニールの権能の気配が満ちている。

 神々がおいそれと近づこうとしてこないのも仕方ない事だと、ニールは思っていた。


 だが、それでも寂しいと思う事は止められなかった。


 神々とも、人間達とも、他の神々のように語り合うことが出来ない。感情の赴くままに顔を向き合わせることも出来ない。それは、とてもとても、悲しいことだった。


 だからといって、ニールは神々や人間にそれを訴えることは無かった。

 知っていたからだ。彼女を恐れることは神々の、人間達の本能であると。その本能に逆らうような、不条理を強いることなど考えもしなかった。


 ニールはその孤独を紛らわそうと、旅に出ることにした

 旅といっても、長く自分の役割から離れることではない。少しだけ、本当に少しだけ、ニールが知らない世界を見てみたいと思ったのだ。


 ニールが司る権能は、数多ある世界の何処にでも存在してる概念、理だった。

 その為、他の世界に目を飛ばす程度ならば、ニールには簡単なことだった。


 そして、ニールは運命と出会った。

 その時の衝撃は計り知れない。今、思い出しただけでも全身を衝撃が駆け巡る様子を身をもって知ることが出来る。

 後に聞いた言葉で言い表すのなら、それは一目惚れというのだそうだ。

 それ以来、ニールは彼から目が離せなかった。彼を想わずにはいられなかった。

 それは、ニールの初めての恋だった。


 だが、ニールにはそれをどうしたらいいのかが分からない。

 恋心という言葉さえも初めて知ったニールには、その恋心をどう昇華したらいいのかも、彼をどうしたらいいのかも、何もかもが初めてで知らぬことばかりだった。

 何よりも重んじていた役割にさえも、身が入らない日々。

 ずっと、ずっと、彼を見ていた。

 

 そして、ある日、彼の夢をニールは知った。


 勇者になりたい、異世界で剣を振るい、魔法を操り、そして世界の敵を倒して英雄になりたい!冒険がしたい!伝説になりたい!


 彼の夢を、ニールは微笑ましいと思った。そして、恋しい彼の夢を叶えてあげたいと考えた。


 ニールは学ぶことにした。

 恋しい彼の夢を叶える為に、彼が望んでいる夢がどういったものなのか、どうやったらそれを彼に与えてあげれるのか。

 幸いなことに。

 ニールが司っている領域には、経験豊かな人間がたくさん揃っていた。老若男女、貴族から奴隷、真面目なものから奔放なもの。その誰もが、領域を支配しているニールに逆らうことなど考えつかない、純情で、ニールが望む答えを与えてくれる者達ばかりだった。


 彼の夢を叶えてあげること。

 それはニールにとっても少しだけ大変なことではあったが、やろうと思って出来ないことではなかった。


「まずは敵となる魔族が必要ね」


 彼が夢見る英雄は、魔族という人間を脅かす敵を倒していった。

 だからニールは、地上に人間と勢力を二分して存在して魔族に、その役割を果たさせようと考えた。

「大地の女神、貴女の可愛い養い子を返してあげましょうか?」

 人間の子供を我が子のように可愛がっていた過去のある『大地の女神』にそう申し出て、魔族が住んでいる大地に最低限にしか恵みを配分しないように約束させた。

 それによって、魔族達は恵みを求めて人間達が暮らす領域へとその手を伸ばさずにはいられなくなった。

「誕生の女神、」

 誕生の女神には少し無理やりではあったけれど、大国の智将であったという人間からの助言を借り、魔族の子供にその慈愛を分けぬように囁いた。

 それによって、魔族達は自分達の子を残す為に人間の女、男を連れ去らねばならなくなった。


 神々を動かし、勇者が活躍するのに適した環境を作り出していく。

 愛しい彼のことを想うニールには、その根気のいる作業もなんの苦労でも無かった。


「敵が強くなければ、勇者は伝説にならないのね」


 魔族を率いている魔王に、ニールは自分の持つ権能を一部を貸し与えた。

 神々が恐れる権能を手にした魔王は、神々や人間達の大いなる脅威になる。

「神々が魔王に手を出さないようにしないと」

 

 ニールは努力した。

 彼の夢を叶えてあげられる世界を作る為に、ニールは自分の出来うる限りに動いたのだ。


 そして、彼の為の世界が出来上がった時、ニールは異世界に住む彼を招くことにした。

「それじゃあ、貴女の恋は成就しないよ?」

 彼の魂を招き、それを宿らせる体を運命の神に探させている時、ニールにそう囁いたのは、争いの神だった。神々に叱られてばかりの騒動の種である神ではあったが、ニールにしてみればその騒がしさは賑わいとして、思えばニールをあまり怖がっていない珍しい神であったかも知れない。

「私は彼が満足してくれれば、その姿を見るだけで満足よ?」

「その為にここまでの事をしたと?」

「そうよ?そして、これが終わりじゃないの。彼が望む全てを叶える為に、私は動くつもりなの」

 そう、彼の為になんでもしてあげることをニールは決めていた。

 彼が苦難したいと思うのなら、敵を仕立て上げてあげようと思っている。彼が師が欲しいというのなら、自分の領域に居るものでさえも蘇らせて遣わそう。彼が欲しいというのなら、神々や人間を動かして何でも与えてあげよう。

 彼の創り上げていく伝説の為ならば、ニールはなんでもしてあげようと決めていた。


「その為の道なら、もう貴女が整えて出来ているじゃない。その上で、貴女の恋心が成就する方法を、俺は知っているよ?」


 それはニールにとって、甘い囁きだった。


「どうやるの?」


 興奮のあまり、自分の声が震えていることをニールは自覚していた。



 争いの神ロキが提示した方法。

 それは勇者の伝説の目的を、ニールを救い出す為とすることだった。

 彼の世界であふれた英雄の伝説は全て、囚われの姫君を救い出して結ばれる、という結末を迎えるのだという。その姫君の役割を、ニールが担えばいいとロキは言った。

 ニールは恐れを振りまく神だ。だが、ニールが居なくなってしまえば世界の理が崩れてしまう、いなくてはならない神だった。

 そのニールが囚われるの身となり、権能を果たせないとなれば、世界は混乱し、勇者の活躍する大いなる理由となる。

 それは甘美なる争いの神の誘惑だった。

 だが、彼への恋心に支配されているニールには抗おうとも思えないものだった。


 神々の多くが、ニールに協力してくれた。

 ニールの恋心を応援し、勇者を助けてくれるとニールに約束した。


 そしてニールは、夢の女神による優しい夢に包まれて、勇者が助けに来てくれるその時を待って、眠ることになった。


「冥府の女神ニブルヘイム、貴女が目覚めるのは勇者の口づけによって。その時をまって、大人しく夢の世界をお楽しみ下さい」


 そして、ニールは眠りについた。

 愛しい彼が口づけを送ってくれるその時を待って、永い永い時間を待ち続ける。




 




「という訳で、この世界における勇者と魔王の戦いは始まったんだ。そして、今でも冥府の女神ニブルヘイムは勇者が来るのを待っている。夢の女神が与えた夢の揺り籠の中でな」


「…つまり、あんたが全部悪いってことね」


 この世界における何人目かの、今代の勇者としての運命が与えられていた少年イースが、目の前でろうろうと昔話を語り終わった争いの神ロキを、半眼で睨みあげる。

「余計な事言わずに、女神を止めとけばよかったんじゃねぇの?」


「無理無理。邪魔する奴は馬に蹴られて死ねっていう名言がお前らの世界にもあるだろ?そういう状態だったんだよ、あの時のあの女神は。全く免疫の無い奴が一目惚れした上に暴走すると性質が悪いって、よぉく分かったよ。人の話は聞かないわ、迷惑も顧みないわ、自分のいいような事しか耳に知れない、目に入れない。おかげで、当時の世界はめちゃくちゃになったんだぜ?」


 それなりにうまくいっていた世界が、勇者が降臨して伝説を築くのに適した環境に作り替えられてしまった。

 多くの人間も魔族も、神でさえも死んでしまう、混沌と混乱、悲劇に溢れる、そんな世界になってしまったのだ。


「じゃあ、神達が止めれば良かったんじゃないの?」


「そうは言ってもな。相手は死を司る冥府の女神。神達だって死にたくない訳で、自分が愛している人間達や司る権能だけが神達には基本大事なものな訳で。勇者一人、別に加護を与えている訳でもない魔族や魔王くらいで、あの女神が何もせずに大人しくしてくれてるなら、いいんじゃねって思ったってことなんだよ」


「じゃあ、何。俺は、そのはた迷惑な女神をキスして起こして、恋人にでもならないといけないって事?」


「いや?あいつが一目惚れしたの、お前じゃないから、そこまではしなくていいんじゃないの?」


 はぁ?


 強い脱力感がイースを襲う。

 じゃあ、自分は何なのか、と。自意識過剰みたいだが、自分は勇者、つまり女神が恋をして世界を作り替えてまで呼び寄せた男なのではないかと。


「まぁ、はっきり言えば、寝ぼけてんだよ、あいつ。流石に力のある神だったせいで、姉さんの夢でも封じ込めておけなくてさ、次から次へと、似たような奴を向こうの世界から死なせて連れてくるってことを繰り返しやがる。夢うつつでやるから、眉毛が似てるから、とかのレベルでの話になるんだよ。そんでもって、夢うつつに手を伸ばして、勇者に余計な力を与えたり、困難を与えたりもする」


「…迷惑!!」


「しかも、一部の神どもは勇者があいつの所に行けば、はた迷惑な出来事が全部終わって万々歳だと思ってるから、せっせも勇者の後押しをする」


 特に運命の神。

 死を司る女神が夢の中で眠っているせいで、その役割を代行するという苦労を押し付けられている。そんな運命の神が一番、女神が目覚めて役割に戻ることを望んでいる。



「ちなみに、本物の人は?」

「普通に活躍して、普通に死んでいったぜ?あの頃はまだ、眠りたてで変な介入は無かったしな」


 本当に迷惑だ。

 イースは頭を痛める。


「母さんに感謝しよう。勇者をしてたら、そこまで連れてかれてたかも、なんだろ?」

「そうだな。お前なら、いいところまでいってたかもな」

「無理、俺には無理だった。ていうか、その人じゃないってバレたら冥府の女神が何をするか分かったもんじゃないよな?」


「俺達にとっては、多少の被害は構わないもんなんだよ。一部の神どもは被害がどうなろうと、目覚めさせたい派。俺はこのまま眠っておけよ派。まぁ、お前はもう勇者は降りたんだ。この先は知らなくてもいい話ってことだな」

「そうする。ただ、一つだけ。こっちの世界のごたごたに、あっちの世界の人間を巻き来むんじゃねぇよ」



「女神によって呼ばれてくる奴等の、一番の共通点はなんだと思う?」


 にやり、と争いの神ロキが笑みを浮かべた。

「異世界で勇者になりたいって、そんな夢物語を本気で抱いてるってことなんだよ」


 見に覚えがあるだろう?


「うっ」


「現実に本気で向き合いもせずに、異世界に行きたいなんて本気で考える」


「うぅっ」


 ニヤニヤとロキの笑みが深まっていく。

「最近、勇者が現れる頻度が増えたんだよなぁ。まぁ、その方が俺としては楽しいからいいんだけど?」

 どうせ誰も女神には辿り着けないだろうからな、とロキは本当に全てを楽しむ気でいるようだった。







 冥府の女神、死を司り、死者を支配するニブルヘイムは幸せの夢に包まれながら、愛しい勇者を待つ微睡みに身を任せる。

 その目覚めを望む、その眠るの継続を望む、神々の思惑なども知らず、彼女はただ愛しい愛しい、彼女がこの世界に作り出した勇者を想う。


 あの人はこの世界に満足してくれてだろうか。

 あの人は夢を叶えたのだろうか。

 あの人は英雄になった?伝説となった?


 さぁ、来て。愛する勇者よ。


 私を目覚めさせて。


 私を愛して?


 貴方の為なら、私、何でもしてあげる。




 夢から溢れた女神の意思と力は、世界に英雄単を必要とさせる。

 人も神も魔も巻き込んだ、勇者の活躍だけを必要とする物語の舞台を、恐るべき大神は造り上げるのだった。



 愛しているの、貴方を。貴方だけをよ、私の勇者様。

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[一言] 思わずストーカーの話かと思ってしまいました。 どちらにせよ、お母さん思わぬファインプレーだったんですね。 母の愛に拍手です。
[一言] ……序盤では女魔王の殺し愛ストーリーかと推測し、続けて女神と判明すれば「あぁ、純情な神様(ヒト)なんだなぁ…」と微笑ましげに見つめて、最後に『まずは敵となる魔族が必要ね』からは「く、狂ってや…
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