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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち4

「──かくして英雄は竜を従え、悪しき術師を葬った……とここまでが誰もが知っている竜騎王のお話です。実はこの話、英雄と術師がすり代わっているんですよ。術で竜を縛り、英雄を殺し、自らはその骸の上に玉座を打ち立てた」


 呪縛によって動きを封じられた軍勢を前に、ヒューリは笑みをまじえながら、自身の知るおとぎ話の裏の話を聞かせてやっていた。


「ここに教訓があるのです。そう、いつの世も真の正義は悪によって身を滅ぼし、真の悪人は身も蓋もない計略によって正義の仮面をかぶる。どうです? 貴方も好きなお話でしょう? 」


 ねえ、とヒューリは顔中を怒りで歪めた宮廷法術師に視線を投げた。


「どうでもいい。それにしても、さっきからペラペラとよく回る舌だ。貴様の言い残す言葉は随分と長くなりそうだな」


「貴方はどっちなんでしょうねえ、シャルマン・ロゼ」


 シャルマンの言葉をあっさりと聞き流し、ヒューリは笑う。


「……なに?」


「正義の仮面をかぶった悪か。それとも真の正義か。どっちだと思います?」


「くだらんな。貴様が正義を語るか《厄種》」


 吐き捨てるシャルマン。

 そろそろ呪縛の効果も切れる。それを薄々、感じ取っているのだろう。シャルマンの表情に刻まれた怒りが、幾分か和らいでいる。


「お、おい! なんだあれ!?」


 軍勢から怯えたような声が上がった。

 帝国騎士の一人が蒼い顔でヒューリの背後へと畏怖の視線を向けている。

 視線を追って振り向くヒューリ。

 ヒューリたちが先ほど出てきた森の奥から、それは現れた。

 白眼を剥いた、元人間。

 一人、また一人と森の奥から姿を現し、ふらふらと身体を揺らしながらこちらに向かってくる。


「おやおや。すっかり忘れていました」


 疲れたように笑い、ヒューリはすぐさま呪詛返しにより迎撃する。

 動けない帝国軍の面々は恐怖のあまり絶叫していた。それだけが最大限の抵抗といわんばかりに。

 一方、ヒューリは死霊を次々と倒していきながら、冷静に状況を観察していた。

 てっきり、シャルマンの計略だろうと思っていた。聖域と帝国による挟撃。確実に捕らえることが可能な上に、無理なら殺すこともできる。しかし、状況を見るに帝国側は無関係なようだ。

 わざわざ聖域に大量の死霊人形を作り出した人間。その正体と意図は気になるところだが、これはこれで嬉しい誤算である。


「素晴らしい。土壇場でツキが回ってきたようですね。では、ごきげんようシャルマン」


 柔和な笑みで颯爽と立ち去ろうとするヒューリ。


「ふざけるな! 呪縛を解け下郎めがっ!」


 ありとあらゆる罵声の言葉を並べ立てるシャルマンに、ヒューリは朗らかに手を振ってやる。

 じきに呪縛は解けるだろうし、わざわざこちらから解いてやるつもりなど毛頭ない。

 恐怖のあまり失禁してしまっている哀れな騎士を馬上から突き落とし、代わりに鞍に跨がると、馬の首筋を撫でてやる。


「お願いしますよ、お馬さん。馬術は得意ではないので、お手柔らかに」


 馬の耳許で囁くヒューリ。その言葉を理解したのか、馬は高く前足を蹴り上げ、(いなな)く。


「では皆さん、さようなら。長い間、お世話になりました」


 死霊共に蹂躙され始め、阿鼻叫喚に包まれる軍勢に笑顔で別れを告げ、ヒューリは馬の横っ腹を蹴った。






 街道を南下し、帝国まで道半ばといったところで、ヒューリは馬を止めた。

 あれだけの軍勢。それでもまだ、帝国の保有する手駒の一割にも満たない。とすれば、残りは帝都か。


「困りましたねえ」


 誰にでもなく呟く。

 街道を進めば、自ずと帝都にぶつかる。そのまま直進し、帝都を抜ければ国境まで五日といったところだが、ことはそう簡単な話ではない。

 帝都に入ればその瞬間、牢獄行きである。

 あの、暗く冷たい奈落の底が脳裏に浮かぶ。思わず身震いする。見に覚えのない罪であそこに放り込まれるのだけはごめんである。死んだ方がマシとさえ思えた。


「馬鹿正直に行く必要もないですね」


 帝都手前で迂回するのが良策か。

 方針を固め、再び馬を進めたヒューリ。しかし、その脳裏にふと、ある疑問が浮上した。

 呪魂を用いた死霊。それを作り出した張本人についてである。

 あれが帝国の、ひいてはシャルマン・ロゼの預かり知らぬことなのだとすれば、事態は思った以上に悪い。

 ヒューリとリベルカがシャルマンにとって邪魔な存在であることは、想像に固くない。ヒューリが宮廷法術師よりも厚遇されているのは誰の目から見ても明らかだったし、リベルカにいたっては独断行動を許された聖騎士である。

 シャルマンが成そうとしていることが、ヒューリの想像通りなのだとすれば、二人はシャルマンにとって最も邪魔な存在であるはずだ。

 しかし、ここでシロという存在がヒューリの想像に横槍を入れる。

 彼女は確かに稀少な白死病の生き残りだが、邪魔にはならない。

 罪人を連れ出した、というもっともな罪をかぶせるためだったとしても、疑問は残る。

 果たして本当に彼女でなければならなかったのか。罪人なら、あそこには腐るほどいる。いくら計画のためとはいえ、わざわざ稀少な研究対象を手放すだろうか。

 そこに、呪魂の術師の思惑があるようにヒューリには思えた。


「とてつもなく面倒なことになりそうですね、これは」


 そう呟くも、ヒューリは内心ではそう悲観していなかった。

 もとより、帝国にはたまたま訪れたにすぎない。皇帝陛下の身が気がかりではあるが、それも残りの聖騎士がなんとかするだろう。

 実のところヒューリには、あの呪魂の術師の方が気になった。

 と、ヒューリの思考はそこで断絶された。

 唐突に馬が足を止め、かと思えば前に後ろにと脚を跳ね上げ、暴れ出したのだ。


「うおっ! ちょっと! 落ち着きなさい!」


 ヒューリが制止するも、馬は聞こえていない様子で暴れ狂う。その背に必死でしがみつくヒューリ。

 やがて、馬は大人しくなり、それと同時に地に転がった。そしてそれっきり動かなくなった。

 馬と共に地に投げ出されたヒューリは、ゆっくりと起き上がり、馬の首筋に手を添える。


「……ひどいことを」


 見るまでもなく、馬は息絶えていた。死の間際まで苦しんでいたのだろう。目は充血し、開いた口からだらりと垂れ下がった長い舌先からは、赤黒い血が滴っている。

 添えた手のひらからは、強烈な呪詛を感じ取れた。

 どうあっても、ヒューリを逃がさないつもりのようだ。


「出てきなさい。私はここにいますよ」


 ヒューリが告げると、すぐ側の木陰からそれは姿を表した。

 漆黒の法衣に身を包み、頭巾で顔を隠した術師らしき者。

 何をいうでもなく、ただ静かにヒューリに指先を向けている。


「見慣れない法衣ですね。どこの術師ですか?」


 術師は答えない。指先を向けたまま微動だにしない術師に向かって、ヒューリは笑う。


「無駄ですよ。私の真名をご存知ないでしょう? 貴方も呪術師なら、名を明かすことがどれだけ愚かなことかお分かりのはずです」


 高位呪術。それも相手を死に至らしめるほどの強力なものは、対象の名を知って初めて成される。

 つまり、眼前の術師はヒューリと対峙した瞬間から、ヒューリを殺そうとしていた。


「物騒ですね。そんなに私が邪魔ですか。ならさっさと消えますので、邪魔しないでいただけますかね」


 呆れたように口にするヒューリに、今度は両手を組む術師。組んだ両手が次々とその形を変えていく。

 ヒューリは咄嗟にその場を跳び退いた。

 直後、術師の両手から拳ほどの炎球が放出される。炎球はヒューリが立っていた地面に激突し、黒煙を上げた。地を焦がすその様を見て、ヒューリの表情から笑みが消えた。


「浮気性ですね。呪術だけでは飽きたらず、法術にまで手を出しましたか」


 術師は答えない。再び両手を組み合わせていく。

 法術の基本。印を結び、術と成す。数ある術の中で、最も習得が容易であり、また最も強力な術でもある。


「させませんよ」


 ヒューリが指先を向ける。

 ──呪をもって縛とする。

 しかし、術師の動きは止まらない。

 印は完成し、再び炎球が放たれる。


「…………そんな。なぜ?」


 呆然とするヒューリに、炎球が襲いかかる。

 迫りくる炎球に、ヒューリは目蓋を閉じた。

 ここまでか、と襲いくる熱に身構える。

 が、いつまで立っても熱さはない。

 恐る恐る目を開けると、そこには見覚えのある茶色の髪。

 ヒューリを庇うように術師との間に入ったその人物は、ゆっくりと振り返り、笑みを向けた。


「危ないところでしたね、ヒューリ・クロフ様」


 死んだはずの人間が、笑顔でそこにいた。


「あ、アレスさん!? そんな……てっきり」


「殺された、と? なんだかとんでもないことになっているようですね」


 そこには、純朴そうな笑顔を浮かべたアレス・ルインオーラの姿があった。


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