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呪術師と桎梏の病  作者: たーく
第一章【逃亡】
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逃亡者たち3

 切りつけるような風の中、リベルカ・リインフォードは走っていた。

 陽光はすでになく、真冬の冷たさを孕む大気が幾度も口腔へと流れ込み、肺を冷気で満たす。

 日頃の鍛練で馴らした健脚である。この程度で疲れることなどあり得ない。それなのに愛用の甲冑は酷く重く感じられ、脚は鉛のようだった。

 流れる景色からすると、もう随分と南下している。

 帝国から聖域へと走る街道を行けば、迷うこともないだろう。しかし現状、それは許されない。容易く発見されるであろう道は選択肢にない。

 無実が証明されるまで、そう時間はかからない。リベルカは確信していた。

 故に、街道を僅かに逸れる道を選んだ。大回りになれば、時間がかかりすぎる。それにもし発見されたとて、その頃には冤罪が確定しているだろう。

 一番の問題は先に飛び出したシロである。幼いのはもちろんだが、なによりもあの少女には一般的教養がない。皆無といっていい。

 おまけに、異様な狂暴性を秘めている。いや、素で狂暴だといった方が正しい。

 千年塔から出てきた彼女を、当初こそ可愛らしいと思ったものだが、少しでも気に障ると、ただをこねる子供の代わりに暴れ出す始末。まるで獣である。

 あの狂暴性は見過ごせない。

 いくら謂れなき罪を着せられようとも、リベルカ・リインフォードの愛国心が曇ることはない。

 民に仇なす前に、説得する必要がある。それが容易かどうかは別にして。

 ──と、その時だった。

 誰かの悲鳴がリベルカの鼓膜を打った。次いで、絶叫。


「……街道の方からか」


 急いだ方がよさそうである。

 リベルカは自身の耳を頼りに、街道へ戻る道を選択。

 おそらく、シロの仕業だろう。

 何も考えずの正面突破。シロならあり得る話だ。

 街道に出ると、数名の騎士が地に伏していた。一撃で昏倒させられたのだろう。争った形跡はなく、剣を抜く暇もなく殴り倒されたようだった。


「う、動かないでください!」


 と、リベルカの眼前で叫ぶ者が一人。

 帝国の騎士だった。若い。まだ十代半ばといったところか。

 正面に剣を構えてはいるものの、隙だらけである。入団したての騎士見習いだろう。

 見逃したのか、それとも相手にしていなかったのか。シロの手から逃れた幸運の持ち主のようだった。


「退きなさい。君に私は止められない」


 相手をしている時間さえ惜しい。

 リベルカは抜く素振りすら見せず、素通りしようと踏み出す。


「リインフォード様! どうしてですかっ! 聖騎士のアナタがどうして!?」


 若い騎士の叫びは、悲痛な響きに満ちていた。

 リベルカを英雄視している人間の一人なのだろう。裏切られた、といわんばかりに瞳に涙をためている。


「何を聞いたかは知らない。それが真実だと思うならそれでもいい。だが、今は通らせてもらう。同志とて容赦はしない」


 告げるリベルカの瞳から、僅かな殺気が浮上する。

 それだけで、若い騎士はガタガタと震えだした。立っているのがやっとの有り様で、それでも気丈に剣を構えるその姿は、実に微笑ましい。

 こんな状況にも関わらず、リベルカの胸の奥底は歓喜に溢れていた。

 頼もしく、また力強さもある。将来は立派な騎士になるだろう。

 僅かとはいえ、聖騎士の殺気を正面から受けたのだ。常人なら腰を抜かしていてもおかしくはない。それが見習いの騎士となれば、なおさらである。


「退かない、か。いいだろう」


 さらなる殺気をぶつけて素通りすることもできた。本来なら、それが正しいのだろう。

 しかし、リベルカは勝負を選んだ。それが騎士として、若葉の騎士に対する礼儀であろう。

 腰の長剣を抜く。

 と同時に地を蹴った。


「──っ!?」


 驚愕に目を見開く騎士。

 反応できたのは、それだけだった。

 リベルカの剣速に、騎士は棒立ちのまま一切の反応を許されない。目を見開いた時にはすでに、騎士の手から剣はこぼれていた。

 リベルカの重く鋭い一撃は、見習いの身で耐え切れるはずもなく、あっさり弾き飛ばされた。

 決着。

 一瞬にして、騎士の小さな信念は吹き飛ばされた。


「忘れるな。騎士たる者、決して折れてはならない。たとえ己が剣を叩き折られようとも」


 呆然と立ち尽くす騎士を見据えるリベルカ。

 鞘に長剣を納め、騎士の脇を通りすぎようとして、ふと問いかけてみる。


「少女を見たか? 白髪の──とんでもなく狂暴な少女なんだが」


 リベルカが訪ねる。

 と、途端にガタガタと震えだす騎士。よほど恐ろしい目に合ったのか。瞳は恐怖一色に彩られ、表情を蒼くして怯えているようだった。

 思いだそうとするだけでも、相当な労力を使っているのか。なかなか答えようとしない。


「……いや、もういい。悪いことを聞いた。許してほしい」


 騎士の反応を見れば、シロと遭遇したのであろうことは容易に想像がつく。

 この修羅場を作り出した張本人である。さぞかし暴れたのだろう。経験の浅い者にとって、それが以下に畏怖すべき存在なのかはいうまでもない。

 思い出させては、あまりに酷というものだろう。


「私はいくよ。また会おう、小さな英雄君」


 未だ震え続ける騎士に背を向け、リベルカは再び走り出した。

 このまま街道を進めばおそらく、シロに殴り倒された帝国兵が転がっているだろう。それを目印に進めばいい。






 街道を進むと案の定、リベルカは倒れた何人かの帝国騎士と出くわした。いずれも、地べたに転がされた情けない姿である。

 先ほどの騎士のような幸運に恵まれたものはいない。発見した者の全てが、見事に昏倒させられていた。

 そして、走ること数十分。

 ──いた。

 剣を構える帝国兵を相手に素手で暴れ狂い、あろうことか甲冑ごと相手を殴り飛ばす獣が。


「ま、待つんだ! シロ!」


 リベルカの制止の叫びに、ぴくり、と僅かに肩を跳ねさせる小柄な背中。

 しかし、聞こえているにも関わらず、シロは止まらない。一人、また一人と騎士を沈めていく。


「よせ! もういい!」


 小柄な身体を背後から羽交い締めにし、声を張り上げるリベルカ。

 しかし、止まったのは僅か数秒。ふっと足が地を離れたかと思うと、次の瞬間には背負い投げの要領で宙に放り出されていた。

 背中から地に衝突し、甲冑の重さも相まって、強烈な衝撃が背中から全身に駆け巡る。

 呼吸は断絶。肺を満たす空気が一挙に外へと吐き出され、その息苦しさにリベルカはぐっと呻き声を上げた。

 続いて、激しく咳き込む。失った空気を取り戻そうと、肺が暴れまわっているかのようだ。

 立ち上がろうとするも、胸にのし掛かってきた重みがそれを許さない。


「ヒューリはどこ」


 拳を振り上げた姿勢のまま、シロは問う。

 問いに背けば、握りしめられた小さな拳はすぐにでも、リベルカの顔面に打ち落とされるだろう。


「し、知らない。先に飛び出してきたからな。でも、彼ならきっと大丈夫だ。だから、今は」


 逃げよう、とは口にしたくなかった。それを口にすれば、罪を認めたようなものだったから。

 沈黙するリベルカ。


「どこって聞いてる。答えてリベルカ」


 瞳孔までもを白く変色させたシロの瞳が、リベルカを射抜く。

 その双眸から逃れようと、リベルカは周囲に視線を巡らせた。

 いつの間にやら、騎士たちの姿がない。逃げたのか、それとも一時的な撤退か。どちらにせよ、シロの化物じみた力を恐れてのことだろう。


「お前は嫌いだ」


 シロの拳が迫る。

 それと同時に、リベルカも動いていた。

 馬乗りになったシロの身体を跳ね退け、距離を取る。いくら化物じみた力を持っていようとも、身体は少女そのもの。そう易々と転がされはしない。

 敵意一色の視線をぶつけてくるシロ。問答無用といったところか。リベルカを完全に敵と認識しているようだった。


「私は君が嫌いじゃない。今は何も言わず、共に行動しよう。それがヒューリ・クロフの望みでもある」


「……わかった。それならいい。早くいこ」


 ヒューリの名前を出した途端、シロの全身から吹き出ていた殺気は霧散する。

 同時に、腹の辺りから大きな音が聞こえてきた。


「ついてきて。まずは腹の虫をなんとかしよう」


 リベルカの提案に、こくこくと頷くシロ。

 相当に腹が減っているのだろう。先ほどから、腹の音は鳴り止まない。


「なるべく街道を避けて進む。ああ……馬がいるな。それもなんとかするとして、ところでシロ」


 リベルカに名を呼ばれ、シロは小首を傾げるのみで反応を示す。


「馬に乗ったことは?」


 首を振って否定する。

 どれだけの力があったとしても、その実態は幼い少女である。判ってはいたが、改めて本人の口から聞かされると安堵する。少し変わった少女、という認識を曲げずに済みそうだ、と。


「私の後ろにしがみついていればいい。国境付近まで駆け、その辺りでヒューリ・クロフを待とう」


 これには、激しく首を縦に振るシロ。

 なんとも判りやすい反応だった。

 少女の瞳に写るヒューリ・クロフは、暗闇から自身を救い出してくれた英雄なのだろう。

 一方、侮辱や差別をことごとく受け入れる軟弱者、とはリベルカの瞳に写るヒューリ・クロフの姿である。


「いこう。夜明けが近い」


 今はただ闇に紛れて少しでも進んでおきたい。

 聖騎士と獣は行く。


















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